天文部
名も知らない少女の誘い。
生憎、特に断る理由もなく、僕は名も知らない少女の後に続き、彼女の言う体験入部募集中の部活へと赴くのだった。
後に続いた先にあった教室は、西棟最奥の滅多に用事もなければ立ち寄りもしない、物理室。二年になると、物理学の授業が始まりそれなりに立ち寄る機会もあるのだが、僕は物理が嫌いだったからなるだけ近寄らないようにしていた。故に、滅多に立ち寄らない教室。完全な個人的解釈だ。
「先輩、一人見つけましたー」
名も知らない少女の、快活な声が教室に響いた。
……一度過ごした学校だったが、物理室で部活動に勤しむ部活を、僕は知らなかった。
「えぇっ、優子ちゃん。本当?」
優子。恐らくそれが、彼女の名前なのだろう。
もう忘れないようにしないと。……それは、一度覚えた奴の言う事である。大変失礼致しました。
「はい。あ、青山君。紹介するね、こちら二年の江頭先輩」
「あ、青山です」
「よろしく。おっちょこちょい青山君」
「誰がおっちょこちょいだ」
思わず突っ込んでしまった。開口一番そんなことを言うだなんて、礼儀がなってない人である。僕も内心で毒づきまくっているし、言えた口ではあるまい。
と言うか、宮本君が言っていたあれ、本当に流行っていたのか。良い迷惑だ。
「いやあ、あれは面白かったよ。あの時の全校集会は」
どうやらこの江頭先輩とやらは、まず先日の話を蒸し返す気らしい。あまり強く拒絶しても向こうの土俵の気がしたので、僕は渋々乗っかることにした。
「先輩を楽しませられたなら良かったです」
「うふふ。あたしだけじゃないよ。ウチのクラスでもその日の放課後は君の話で持ち切りだった」
「微妙にリアリティある日数言うの止めてもらって良いですか?」
「ウチのクラスなんて、未だに青山君にご執心の人もいるくらいだからねー。いやあ、あれは面白かった」
……これ、ゆるキャラと言うより黒歴史として認知されていないだろうか。
「ま、まあ良いじゃないですか。僕の恥ずかしい体験を掘り返したくて呼び出したわけじゃないんでしょう?」
「あ、そうだったね」
「うんうん。そうだったねー。とりあえず青山君、椅子に座ったら?」
「あ、はい」
手頃な椅子に、僕は腰を下ろした。
「結局、ここは何部なんです?」
「あれ、優子ちゃん。言ってなかったの?」
「あれ、あたし言ってなかった?」
「言ってなかった」
「駄目じゃない。ちゃんと一番に言わないとね、優子ちゃん」
「駄目でしたね。ちゃんといの一番に言わないとね、あたし」
なんでこの人、オウム返ししているのだろう。中々癖の強い人みたいだ。
……僕の周り、僕含めてそんな人ばっか。
「で、何部なんです?」
「ああ、……どうせだし、クイズ形式にしてみない?」
「……構いませんが。せめてヒントをください」
「わかった。じゃあまずは一つ目、あたし達の所属する部活の部員数は、あたし達含めて三人しかいません」
「青山君で四人目、だね」
「なんで勝手に入部したことにする。……と言うか、それヒント?」
「十分ヒントだよー。マイナーな部活ってわかるじゃない?」
「なるほど」
納得しながら、マイナーだなんてこと他言するべきじゃないと思うんだけど、と思った。これから入部を考えさせる相手に、マイナス印象を与えてどうする。
「はい、じゃあ二つ目。インドアな部活です」
「まあ部室が物理室なくらいですからね。文科系の部活なんでしょうね」
「うんうん。じゃあ三つ目。よく先生と喧嘩します」
「なんだそりゃあ」
僕は首を傾げた。喧嘩なんて、そりゃあするもんだろう。暴力、誹謗中傷は駄目だが、喧嘩自体は別に悪い事じゃない。
「理由は?」
「下校時間を守らないから」
「いや、守ってくださいよ」
「だって、中々暗くならないから。特にこの時期は」
「……なるほど」
それはつまり、暗くならないと活動にならない部活と言う事。
そして、文科系でマイナーな部活。
「もしかして、天文部?」
暗くなる。つまり夜。学生の身分で夜に活動したいと思うような部活は、それくらいしか思いつかなかった。
「ピンポンピンポーン! 大正解!」
「やったぁ」
「じゃあ青山君、一つご褒美上げるね?」
「なんだろうなぁ。なんだろうなぁ」
「なんだかちょっと稲川淳二っぽいね」
「そうかなあ。そうかなあ」
クスクス、と江頭先輩が笑った。勿体ぶるように、江頭先輩は溜めた。
「はい、これご褒美っ!」
そして江頭先輩は、僕に一枚の紙を手渡した。
紙には、『入部届』と書かれていた。
「やったぁ!」
一先ず、僕は乗った。
「良かったね。あたし達も新しい部員の参入、とても嬉しいよ」
「そうですかー」
「これからよろしくね、青山君」
「はいっ。質問よろしいでしょうか」
「何でしょう」
「ちょっと強引過ぎません?」
ですよね、と言いたげに、二人は苦笑していた。
二人の顔、どうやら初めから僕が素直に入部するとは思っていなかったらしい。
僕はあからさまなため息を吐いた。
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