勧誘
藍と僕の勉強会が始まったのは、翌日からの事だった。
休み時間の度、藍はわざわざ教科書を持って僕の隣の席を陣取り、教科書を広げてはわからない問題を聞いていく、という作業を続けていた。
まだ中間テストが終わったばかり、こんなに早い時期から勉強に取り組む必要があるのか。
そんな僕の疑問は、藍に一蹴された。
「直前に詰め込むなんて、失敗例の典型じゃない」
確かに。
こういうのは、キチンと事前にスケジュールを組んで話を進めていくべきであることは、間違いなかった。
断る術を失くした……まあ失くさなくてもやる気を失うことはなかったのだが、とにかく断る必要もなくなった僕は、それからは文句も言わずに藍の勉強を手伝うようになったのだった。
十分休み。
昼休み。
藍は、事あるごとに僕の席に来ては、直前の授業の復習か、もしくは次の授業の予習をして帰っていった。
こうして藍の疑問を解消することを続けて思うのは、やはり藍は地頭は悪くなさそう、と言う事だった。
日に日に理解度を深めていく彼女に、人の成長を垣間見せられているようで内心一人で楽しんでいた。
ただ、であれば尚更前回の中間テストはどうしたのかと思う気持ちもあるのだが、藍には藍なりに失敗した何かがあったのだろうと思って、それ以上の詮索はしないのだった。
そうして藍とささやかな勉強会を取り行って、まもなく一週間が経とうとしている頃の放課後の話だった。
「じゃ」
簡素な挨拶を僕にしたのは、藍だった。
藍との楽しい楽しい勉強会。ただこの時間は、放課後だけは免除されているのだった。
いつか僕は、藍にその理由を聞いてみようとしたことがあった。まあ、と言ってもこの一週間の話であるのだが。
藍は言った。
『放課後まで、あんたの時間を奪えない』
珍しく、彼女にしては下手な言い分だった。
いや別に、彼女がいつだって横暴だとかそう言うことを言いたかったわけではない。覚えている限り、彼女はいつも横暴、と言うか無関心だった。昨今の若者の政治関心くらい、無関心だったのだ。
政治に無関心であれば、コメンテーターによっては危機感を持てとテレビの茶の間の良くも知りもしない人にお節介な文句と叱咤をする内容。
それと同じくらい無関心だなんて、それ別に悪いことでもなんでもないと思わされる始末である。
まあ、だから僕も彼女の夫であった過去がありながら、深く詮索してくれ、みたいなメンヘラ発言はしなくて済んだのだろう。
イマイチ何を今、自分が考えているかわからないが、とにかく僕が言いたいことは、藍は色んなことに無関心な人に、僕は見えていた、と言うことだ。
そんな彼女が僕を気にかける言葉をかけてくれる。それはもう嬉しい限りだった。
そこまで言ってくれるならどこまでも尽くしてあげたいと思ってしまうのだから、ギャップは大事なのである。
あと一歩で僕は、アイドルオタクがアイドルに課金をする具合に盲目的に藍に貢ぎかねなかった。
思いとどまれたのは、藍がキモッ、と言ったから。
つまり、藍が一歩間違えていれば僕は彼女に多額の財産を貢いでいた。よくアイドルオタクを馬鹿に出来たものである。本当、ごめんなさい。
人って、本当に無様。
そんなわけで僕は放課後は一人寂しい時間を送っていた。さっさと家に帰っても良いのだが、社会人時代を経て遅い時間に家に帰るのが日課になっていた都合上、どうにもこの時間に家に帰るのは気が滅入ってしまっていた。これも一種の職業病。
一先ず、教室の窓辺の手すりに寄りかかり、校庭で楽しそうにしているサッカー部の連中を眺めていたが……まもなく、そんな無駄時間にも嫌気が差した。
仕方ない、帰るか。
さすがに、これ以上時間を無駄にするのは気が引けて、僕は家に帰る選択を決断した。
「おっと」
鞄を持ち、廊下に出た瞬間、僕は間抜けな声を出した。
「あ、いたぁ」
廊下で出くわしたのは、恐らく同じクラスの女子。何やら楽しそうな顔で、僕を見ていた。
「……えぇと」
「青山君、今暇?」
ぶしつけな質問に、僕は首を傾げた。
「まあ、暇です」
と言うか、彼女の名前はなんだ?
名前も知らない彼女は、僕の暇をとても嬉しそうにしていた。なんて失礼な人なんだろうか。暇で悪いかい。暇で。
多分、クラスメイトの名前も知らない僕の方が失礼です……。
本当、ごめんなさい。
そんなんだから僕、藍に嫌われるんだな。十年後に。病む。
そんな一人落ち込む僕を他所に、名も知らない少女は提案してきた。
「じゃあさじゃあさ。これから体験入部しない?」
中々10位の壁が破れない。。。
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