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相談事

「勉強、教えて欲しい、か」


 夕暮れで赤に染まった教室。

 外からは校庭で青春を過ごすサッカー部の叫び声。

 風で揺れるカーテン。


 ロマンチックな雰囲気で、藍が言った台詞はロマンスのかけらもない、広瀬香美だったら歌詞にもしなさそうな、そんな面白みに欠けた言葉だった。

 まあ広瀬香美って、社会人のトレンディーロマンスみたいな曲の印象強いし、そもそも学園ロマンスなんて歌わないか。


 そんな偏見まみれな思考の末、行き着いた疑問が一つ。


「君、頭良くなかったっけ?」


 三年間、彼女の尻を追ってきた身として、彼女の頭の良さは良く知っていた。僕は一度だって藍にテストの点数で勝てたためしがなかったのだ。

 そんな藍がしてきた意外な提案。


 僕がそう疑問に抱くのは、至極当然だった。


「なんであんたがあたしの頭の良さを知っているのよ」


 藍に、そう指摘された。


「……なんでって」


 答えようとして、そう言えば今の僕は彼女と出会って、数か月の設定であることを思い出した。


「頭良さそうな顔しているじゃないか、君」


「偏見ね、それ」


「そうだね」


 広瀬香美が学園ロマンスの曲を歌わないと思ったくらい、偏見だ。


 最低だな、僕って。


「それにしても、どっちにしても意外だ」


「何がよ」


「いや、君なら僕なんて頼らず……自分で何とかしようと思いそうだから」


 かつての藍なら、きっとそうしただろう。


「……勝手に決めつけないでよ」


「ごめん」


 これもまた、今の僕では藍には言えない言葉。

 僕は素直に謝罪した。


「……あなたなら頼れるから。そうしようって思っただけ」


「……おおっ」


 突然の藍の嬉しい言葉に、僕は感嘆の声をあげた。


「何よ、その反応」


「い、いや別にぃ?」


 嬉しくてにやけそうになる頬を堪えつつ、僕は言った。声は少し震えていた。

 文字通り、まさか藍から頼られる日が来ようとは。しかも僕だから頼ったんだよ、と言う言葉。

 これほど嬉しい言葉は、なかった。


 ムズムズと心臓が痒いような感覚に襲われた。人間、どうやら嬉しすぎるとまずは心臓が痒くなるらしい。初めて知った。まあ言い伝えられていない辺り、これは僕だけの特異体質なのだろう。

 僕、こんな形で自分の特異体質を知れると思っていなかったヒャッホゥ。


 まあ、僕なら頼れると、そう思うのは無理もないだろう。

 タイムスリップして、再び勉強に取り組むようになって。責任も何もない気楽な時間だからと、僕は家にいる時間はほぼ勉強に当てるようになったのだ。

 最初は、高校時代の学習内容を思い出すところから始めたため、少し停滞気味で学習は進んだが、要領を思い出した辺りからはもうトントン拍子で勉強は進んでいった。


 その結果、中間テストは過去のそれに比べても目覚ましい点数、順位を取れたのだ。


 頑張ったことで成果を得られること程、嬉しいことはないと再確認出来ました。誰宛に言っているかは、定かではない。


「それで、テストの点数はどれくらいだったの?」


 僕は我が物顔で藍に尋ねた。


「……ん」


 一瞬、藍は拒もうとする素振りを見せたが……最終的にはテスト結果の用紙を僕に手渡した。


 ……まあ。

 そこまで酷いことはないだろう。彼女の地頭の良さは、過去の彼女が証明していた。

 だから、楽観的にそれを受け取って……。




「んんんっ!!?」




 僕は目ん玉を飛び出させた。勿論、比喩表現だ。


「なんだこりゃあっ!?」


「悪かったわね、なんだこりゃあの結果で」


 恨み節を藍にされた。

 

「あ、いや……。そう言うわけじゃ。だって君……えぇ……?」


 君、こんな頭悪かったっけ? とは怒られるかヘソを曲げられるかなので、言えなかった。高校時代の僕ならヘソを曲げて自分でやるからもう良いわコンチクショウ、と啖呵を切って、結局同じ点数を取って目を合わせられなかったことだろう。


「……しょうがないじゃん」


 藍は、ぶつくさとそう言った。

 しょうがない。

 何が、しょうがない?


 その後の弁明の言葉は、藍は吐こうとしなかった。結局、自分の頑張りが足りなかっただけなんだと思いとどまったのだろう。


「で、どうなの?」


「え?」


 藍は、ムキになったようだった。言質を取ろうと、ズイッと僕に顔を寄せた。


「勉強っ!」


「……勉強?」


「教えてくれるの? くれないの?」


 ああ、そう言う事。


 ……そんなの、決まっているじゃないか。


「ぼ、僕なんかで本当に良いの」


 正直、少し迷っていた。

 彼女の指導役なんかに、僕がなって良いのか。いつも僕は指導される側だったから、だから臆してしまったのだ。


 多分、藍に良い、と言って欲しかったのだろう。

 情けない自分が、少し嫌になった。


「……別に」


 藍は、呆れたようにため息を吐いて続けた。


「青山じゃなくても、良いんだろうね」


「……そっか」


「……でも、あたしはあんたに教えて欲しい」


「……え?」


「だってあんた、お気楽で楽天家だけど手は抜かないこと、……良く知ってるから」


 胸のこみ上げてくる気持ちがあった。

 これは、嬉しいという感情だ。

 かつてたくさん甘え、一時はそれ故嫌われたのではないか、と疑心暗鬼にすら陥った藍にそう言われることは、あの時の藍とここにいる藍が違うと知っていても、嬉しいものだった。


「ありがとう。是非やらせてくれ」


「……ふんっ」


 嬉しい気持ちになりながら、僕は藍の誘いを受け入れた。しばらくそれから、僕達は特に何も話すことはなかったが、一緒に教室で佇んでいた。


「ねえ青山。もう一つ質問良い?」


 藍がそう聞いてきたのは、昂った僕の気持ちが落ち着いたそんなタイミングだった。


「何? 良いよ、ドシドシ奮って質問してください」




「青山、最近彼女とか出来た?」




「……え?」


 唐突な藍の問いかけに、僕は首を傾げることしか出来なかった。

 藍の顔には、それが本題でした、と書かれているような気がした。

昼も日間ジャンル別は10位でした。皆さんのおかげでなんとか堪らえております。。。

何卒、たくさんの評価、ブクマ、感想宜しくお願いします!

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