ツンデレ
「青山、放課後予定ある?」
藍にお呼ばれしたのは、宮本君から僕のモテ期の到来を聞いた日の翌日の事だった。
早朝、いつものようにそれなりに早い時間に学校に着くと、教室にはいつも通り藍がいた。見慣れた光景。でもおはようの挨拶はしなかった。返事は返ってこないことは、タイムスリップ後、高校時代の藍が冷たいことを思い出してまもなく悟ったことだった。
だからいつも通り、さっさと自分の席に着いて早朝読書に耽ることにしようと思っていた。最近読み始めたミステリー小説は、学園物の青春の甘酸っぱさを感じつつ、本格的なミステリーになっていて、読んでて引き込まれる物があった。
そして、文庫本を鞄から取り出して、まもなく藍に呼ばれたのだった。
藍は、いつも通り不機嫌そうに見えた。
彼女を不機嫌にさせる何かを、僕はしただろうか。十年来の付き合いで、不機嫌な彼女を見る度、度々抱いた不安、感想。正直どれだけ振り返っても、心当たりはなかった。
だからいつしか、彼女が不機嫌な理由は考えないようになった。まあ多分、僕のせいではないのだろう。
今日も多分……それは同様なのだろうと思ったが、いつにもまして厳しく睨む藍を見て、その考えに疑問を抱かずにはいられなかった。
「何か?」
「良いから」
良いから、さっさと答えろ。
彼女は本来であれば、もう少し人を慮れる人である。それでもここまで辛く当たると言う事は、つまり僕のせいで不機嫌になっている、と言う事なのだろう。
「……ないけど」
「そう」
「どんな用?」
「なんで用がある前提なのよ」
ムッとした藍は、少し子供っぽかった。
「ないの?」
「……あるけど」
「あるんかい」
あるんかい。
……あ、声に出てた。
藍は、僕を睨んでいた。
「悪かったわね、用があって」
「悪い事はないさ。ただ誤魔化す必要はなかったんじゃないかな」
「……以後、気を付ける」
割り切り良く藍は言ったが、すぐに視線は外された。頬は少し、紅くなっているように見えた。
「で、どんな用なの?」
「別に」
別に、なんだろう?
僕は首を傾げた。ここでは言えない話なのだろうか?
「……良いから、放課後教室に残って」
「……わかった」
まあ、元妻の誘い一つ断る程、僕はろくでなしではない。むしろ、元妻相手だから気になる、と言うか……。
本当、どんな話をする気なのだろう。とても気になる。どれくらい気になるかと言えば、アフリカだとか中東とかで十年後でも問題になっていた飢餓問題くらい、とても気になる。
彼ら、折角先進国の団体が集めた募金で井戸を作っても、最終的にはそれを独占しようとして血で血を拭う争いを始めるのだから、救えない。
でも言ってしまえば、王権制度だってかつて領土を独占しようとして成功した連中が我が物顔で我らを崇め奉れって言ったからそうなっているだけなわけで、つまりは人間は皆野蛮ってことなのだ。
おお、怖い怖い。
話が逸れた。
一体、藍の奴は僕にどんな話をするつもりなのだろう。
タイムスリップしてまもなく二か月が経とうとしているが、僕の意思がかつてに比べて藍一直線でない割に、僕達の関係は不思議とかつてと変わらず、持ちつ持たれつの関係でここまで来ていた。
理由はどうしてかわからない。多分、クラス委員長と副委員長であることが大きな要因なのだろうが、彼女がかつてと違う委員会に所属しようと思った理由がわからないから、それ以上の考察は無意味だった。
そんな彼女にして、一体僕にどんな話をするつもりなのだろうか。
思い当たる節は……ない。
そう言えば、数年間夫婦と言う関係を築いていた過去がある僕達だったが……彼女から僕に向けての相談事なんて、滅多になかった。
こっちに戻ってきてからも思ったが、いつだって困っているのは僕で、彼女は甘える僕を助けることに終始していたように思う。
いや、相談事と決めつけるのは早計か。
さっきも僕は言った。彼女が僕に相談することなんて、滅多になかった。それは歴史が語っている事実。
であれば、何だろう。
……気になる。
藍のせいで、今日の授業がまるで身が入らなかった。気付いたら、放課後になっていた。そんな感じだ。
ショートホームルームが終わり、喧騒とする教室。
「じゃあね、青山君」
名も思い出せぬ少女群に、僕は挨拶をされた。宮本君に言われたから自覚したが……確かにかつてに比べて、そういう機会が増えたように思えた。
「ハイ、サヨウナラ」
一先ず無下にするのも気持ち悪いので、地母神のような優しい笑みを意識して、手を振って別れを告げた。
廊下に出た少女群が、キャーキャーと言っていることに気付いたのは、やはり宮本君のおかげ……いや、せいだった。
僕は、教室がもぬけの殻になったことを確認して、あからさまなため息を吐いた。
女子に観察され、黄色い声援を浴びること。
それ自体には、正直悪い気がしていない、と言うのが本音だった。
しかし、ゆるキャラ……そういう扱いをされるのは、肩が凝って嫌だ。
つまり皆は、僕に見どころ……偶像を作り、見ているのだ。
仮に、イケメンが女子に黄色い視線を浴びているとする。すると連中は、イケメンにイケメンらしさを求めるようになるのだ。
イケメンだから、こういう事があればこうするに決まっている。
そういう決めつけの空気が生まれる。
もし、僕もそうなったとするなら……。
それは僕の生き方が制限されるようで、不快なことこの上なかった。
……どうしたものか。
「ちょっと」
「うひゃああっ」
背後から聞き馴染みのある声がして、僕は叫んだ。
慌てて振り返ると、背後には藍が、目を丸くして立っていた。
「あ、あ……坂本さん」
「どうしたのよ」
「……べ、別に」
そう言えば、さっきまでは覚えていたのにすっかり忘れていた。
僕、藍に呼び出されていたんだった。
現状に対してどうしたものか。
悩みは尽きないが、一先ずは藍の話を、先決しよう。
「で、話って?」
「……ぅん」
珍しく、藍は尻込みしていた。
そのまま、何も言わず俯いて……しばらくして、意を決したかのように小さく息を吸った。
「青山、お願いしたいことがあるんだけど」
僕は、少し緊張していた。
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