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まさか、ね。

 全校生徒の賛同を得て、たくさんの回答済みアンケート用紙を手に入れて、次のロングホームルームでの僕達の対応は事前に考えていた通りの内容で進められていった。

 まずは、アンケートの集計。事前にこの辺は候補にあがるだろうと思っていた場所は、大きな地図にマーカーを引き、番号を振っていた。

 そこに一票が入れば、カウント。

 それ以外の場所は、その他でカウント。もし多数意見が寄せられているようだったら地図にマーカーを引いて番号を付ける。


 そんな調子で集計していくと、滞りなく作業は進み最初のロングホームルームだけで集計は終えることが出来たのだった。


 そして、その翌週からはしばらくの間課外授業となった。候補地に直接赴き、写真を撮り、所感を得て、それをまとめた。

 大多数の意見であるアンケートは得たものの、それだけで公安委員会に挑み質問責めに遭ってもたまらない。だから、とことん事前準備は万端にしたのだった。


 おおよそ一か月経った頃に、資料は完成し、ようやく僕達は公安委員会への申請にまで漕ぎつけたのだった。


 公安委員会への申請は、思いの外あっさりと進むのだった。

 直接、事前アポを取り、須藤先生と藍と共に、三人で彼らの元に赴いたのだが……正直拍子抜けしそうな程、物事はあっさり進んでいった。


「意外と簡単に済んだなあ」


 帰りの車内。

 運転役を買って出てくれた須藤先生は朗らかに言った。


「まあ、じゃあ検討しますって回答ですけどね」


 僕は斜に構えて言った。まだまだ、申請されると決まったわけではないのだ。


「でも、吉報を皆に伝えられそうで良かった」


「そうですね。……ただ、なるだけ簡単に進んだことは内密に」


「え、なんで?」


「あれだけ一生懸命、時間をかけて準備をしたのに簡単に行きました、だと反感を買いかねないでしょ。ただでさえ、そこまでするのって意見が多かったんだから」


 特に須藤先生は、以前似たようなことをして反感を買ったことがあったから、キチンと言っておかないといけない。


「なるほどね。了解した」


 藍は、車内でずっと静かなままだった。

 窓の外をぼんやり眺めて、何を考えているのか。相変わらずわからなかった。


 車が学校に到着して、僕達は解散となった。


 藍は、少しだけ疲れたように教室に鞄を取りに戻ろうとしていた。


「待ってよ、坂本さん」


「何?」


「僕も、教室に行くんだ。だから一緒に行こう」


 ……そう言えば。

 タイムスリップをしてから僕は、初め藍と距離を置こうと思ったんだっけ。


 それにしては、これだと前の高校生活とあまり距離が変わらない気がする。僕の感情には大きな変化があったのに、不思議なものだ。

 

 廊下。相変わらず藍との会話はなかった。


「じゃあ」


「……うん」


 鞄を掴み、玄関まで辿り着いた。

 藍のお別れの言葉に、不思議な胸騒ぎを覚えたのはどうしてだろう。


 ……ただ。

 ただ、一緒に頑張ってくれた彼女を夜道、一人で帰して良いものか。


 それは僕の、ささやかなお礼の一つだった。


「ねえ、坂本さん?」


「何?」


「もう、すっかりと暗いね」


「ん」


「今日は遅くまで、ごめんね」


「別に」


 僕は、緊張していた。

 前までだったらこんな誘い、しなくても毎日一緒に帰れた。なのにタイムスリップして、誘わないと一緒に帰れなくなった。

 多分、だから緊張していた。


「送ってくよ」


 意を決して、僕は言った。

 校門へ向けて早足で歩いていた藍の足が、ピタリと、止まった。


「……べ、別に。邪な感情があって誘ってるわけじゃない。さっきも言ったけど、もう夜も遅いから。だから、可愛い君一人で帰るのは危ないと思っただけで……。

 だから、駄目かな」


「別に」


「……そっか」


「駄目、じゃない」


 外は、もう暗い。

 と言うのに、なんで僕の心は今、こんなにも明るくなっているのだろう。


「うんっ」


 快活に頷いて、微笑んだ。

 藍は、僕に目を合わせてくれなかった。


 いつも通りの彼女。

 十年経った後でも、変わらなかった彼女の姿。


 十年経った後、変わらない彼女に鬱憤のようなものを覚えた。だから、疑心暗鬼になった。


 でも今、どうして僕はいつも通りの彼女に、こんなに心惹かれているのだろう。


 自分の事さえわからない僕に、答えは出るはずもなかった。

 でも、答えを出せなくて良かったと、そう思う心もあるのだから不思議である。


 夜道、慣れ親しんだ彼女の家までの帰路を僕達は一緒に歩いた。

 会話らしい会話はなかった。

 でも、僕の心は、満たされていた。




 後日。


 僕は須藤先生に呼ばれ、昼休みに一人、職員室へ呼ばれていた。

 自分で言うのもなんだか、僕は不良生徒、と言うわけではなかった。むしろ、中間テストの結果も良かったし、横断歩道設置までの足掛かりも含めてかなりの優良生徒だと自負していた。


 その僕が突然職員室に呼ばれる。


 周囲は湧いた。


 また青山か。

 あいつ、また何かやらかしたのか、と。


 おかしい、こんなことは許されない。

 自己評価と他人の評価が、どうやら僕は乖離していたらしかった。


 とにかくそんなことはともかく、僕は須藤先生に呼ばれたために職員室に一人向かう羽目になっていた。

 何を言われるのか。幾ばくか緊張しながら、職員室に辿り着いていた。


「失礼します」


 須藤先生を見つけて、そちらに歩いた。


「お、来たな」


「はい。来ました」


「おう、じゃあこれ」


 ぶしつけに、須藤先生は僕に封筒を手渡した。


「なんです、これ」


「公安委員会の回答だよ」


「……ああ」


 なるほど。

 納得して、イラっとした。だとしたらなんで、僕を個人的に呼び出したのか。皆の前でさっさと報告してくれれば良かったのに。


「今回の件、一番頑張ったのはお前なんだから……お前の口から結果を発表するべきだと思ってな」


「……あ、そう」


 短いやり取りを終えて、僕は職員室を後にした。

 そのまま、このまま教室に帰るのも嫌で、僕は非常階段の方へと歩いた。


 まもなく、梅雨も明ける。

 この前までの雨が夢だったかのように、外は晴れやかなことこの上なかった。


「暑い……」


 日陰に入り、腰を下ろして……僕は件の封筒を開けた。


 公安委員会からの資料は、まずは定型文が書かれた書面と、地図がプリントされた紙が同封されていた。

 どうやら地図の方に、今回横断歩道設置を承認された場所がマーキングされているようだった。


「……ふむふむ」


 記憶していた位置と比較して……おおよそ主要な場所には横断歩道が設置されることを確認した。

 一部は横断歩道設置を承認されなかったようだが、まあ上々の結果だろう。


 これは、吉報を連絡出来そうだ。


 ホッと安堵しながら、もう一度僕は地図を眺めた。




「……あれ」




 そして、気付いた。


 今回の横断歩道の設置を募った場所は、学校近隣、半径三キロ以内。

 しかし一箇所、随分と遠い地点に横断歩道を設置するマーキングが成されていた。


 その地点は、すぐにどこかわかった。


 僕の家の方向ではない。

 でも、馴染みある場所だった。十年過ごしたあの世界で、馴染みのある場所だった。


 藍の家とは真逆の方角。

 でも、とても馴染みのある場所。




 そこは、僕達の家の傍の道だった。

 藍と暮らし、愛を育んだ家の、傍だったのだ。


 どうしてこんな場所に横断歩道が。

 疑問に思いつつ、記憶を漁った。ここがどこなのか、記憶を漁って……思い出した。




「ここ、僕が接触事故を起こされた場所じゃないか」




 どうして、こんな場所が?


 公安委員会の連絡ミス、だろうか?

 いいや、十年後にもここには横断歩道は設置されていなかった。であれば、ここは公安委員会ないし、近隣住民からもずっとスルーされていた場所だったはず。




 であれば、やはり僕達の誰かの仕業に間違いない。




 ……公安委員会に申請を出す前のロングホームルーム。

 最終確認だと、クラス全体で申請場所と資料の確認をした。


 その時にはここは、申請場所に数えられてはいなかった。


 であれば、その後の申請までの僅かな時間で、誰かが細工したに違いない。


 ……一体、誰が?


 申請までの僅かな時間で細工出来そうな人。

 僕は今、心当たりが三人程あった。


 一人は、僕。

 もう一人は、須藤先生。

 そして……藍だ。


 勿論、僕の仕業ではない。自分の仕業なら、こんなに狼狽えたりしない。

 

 ……であれば。


 須藤先生か……藍か。


 ふと、脳裏に浮かんだ言葉があった。

 受け売りではない、僕の言葉だった。


『でも、横断歩道を設置しておけばもしかしたら将来あるはずだった事故が未然に防げるかもしれない』

 

 あの日。

 全校集会でスピーチした日。


 僕が言った、言葉だった。そう言えば、クラス活動で横断歩道の設置を提案したのは、藍からだった。




「……まさか」




 ……まさか、ね。


 僕は、苦笑して資料を封筒の中に仕舞った。

ようやく1章終わりました。

たくさんの評価、ブクマ、感想宜しくお願いします!

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