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スピーチ

 教頭先生から、全校集会での発表許可の吉報をもらったのは、先生との面談の翌日のことだった。

 それから僕は、まずはクラスメイト達へ良い返事をもらえたことを報告し、湧き上がる皆の輪に交じって人一番ようやく進んだ話を喜んだ。


 クラスメイト達は、遂に方針が固まった話にうやむやだった気持ちの方向性が固まったのか、その日の放課後から部活動がない人は意欲的に作業に参加してくれるようになった。

 和気あいあいとした雰囲気で、作業は進んで行って、全校集会をする週の初めには資料も固まり、スピーチ練習も佳境に入っていくのだった。


 まあ、まだ子供である彼らに僕のスピーチの仕方に口出し出来る様子はあまりなかった。


「だから、言っているでしょ。そんなんじゃ人の視線は集まらない。身振り手振り。この辺もキチンと意識してって」


 と思ったが、唯一僕のスピーチに異を唱える人がいた。藍だ。

 もうスピーチ練習はこの二人に任せよう。そう結託したのか放課後に教室に姿を見せなくなったクラスメイト達にうんざりしつつ、僕は藍に文字通り手取り足取り指導頂きながら、スピーチ練習に励んだ。


 藍は、前からとにかくこだわり派な人だった。

 お気楽楽観的野郎な僕とは、真逆な人だった。だから、僕から見て藍の行き過ぎと感じる指導は、少しだけ億劫だった。


 まあ、僕としても社会人として何度もスピーチをこなしてきた実績がある。プライドみたいなものだって持っている。

 だから、口出しされたって、直すとは限らないのだ。


 ……と思いつつ、大概最後には藍の指示通りの様相を呈しそうな気がすることは、遺伝子レベルから彼女に逆らえないとインプットされているのではと邪推してしまいそうな気分だった。


 そうして、迎えた全校集会。

 昼休み、僕は一人早く昼食を食べ終えて、体育館へ向かおうとしていた。これから軽く事前の準備をするよ、と教頭先生に呼ばれていたのだ。


 昼ご飯を食べ終えた頃。


「ねえ」


 僕は、目も合わせてくれない藍に呼び止められた。


「どうしたの?」


 藍は、何も言おうとしなかった。バツが悪そうに、そっぽを向いていた。

 記憶が、語っていた。

 ……こういう時の彼女は、機嫌が悪いと相場が決まっていた。


「ごめん。さっきも言ったけど、僕先生達に呼ばれてるんだ。だから行かないと」


「……そう、ね」


「うん。ごめんね?」


「……うん」


 うやむやなままだが、時間がない現状は変わらない。また後で、聞くとしよう。

 そう思って、僕は椅子から立ち上がった。


「あの」


「ん?」


「……頑張って」


 ……あれ?


 藍との付き合いは、十年にも上る。しかもただの付き合いではない。愛を育み、結ばれ……そして、疑心暗鬼に陥った仲だ。

 そんな過去を以てして、今の藍は機嫌が悪いんだと思っていたが……そうでもなかったのか。


「うん。ありがとう」


 まさか、今更藍の新たな一面を知れる機会に見舞われようとは。

 僕は少しだけ嬉しく思いながら、藍に微笑みかけて、教室を後にした。


 それから少しの事前準備をして、午後の授業も終えて、全校集会の時間はやってきた。

 全校集会の内容は、まもなく始まるゴールデンウィークに向けての心構えだとか、そういう大したこともない内容に終始した。


 初めの言葉。

 校長の話。

 終わりの言葉。


 合計三十分程度のプログラムで、本当に手短な集会になっていた。その集会の、終わりの言葉の前の七分。それが僕に与えられた、スピーチの時間だった。


 目安は、発表五分の質疑応答二分。まあ全校集会の場で、生徒が人目を憚らずに質問してくる気はあまりしないが、もしものための二分だ。

 五分での説明は、丁度先日の教頭に説明して見せた時間とほぼ同じだった。だからまあ、そこら辺はなんとかなるだろう。


 僕はクラスの列には混じらず、舞台袖で自分の出番を待っていた。敢えて、サプライズのような出番を作るんだと、世迷い事が好きな校長先生が提案したそうだ。


 だから、今日の横断歩道の設置のアンケートの話も、全校には秘匿にされてこの場は迎えさせられた。


 そんな状況故に、身を隠せる舞台袖で一人体育館の方を伺いながら時間潰しをしているのだが……一つだけ、懸念がある。


 それは、生徒達の私語の多さだった。

 どこもかしこも、校長先生の話も聞かずに終始世間話に興じていた。それを注意しない校長先生もどうかと思うが、この辺の年頃の子は頭ごなしに言ってもヘソを曲げるだけだったり、色々と難しいんだろうなあ。


 まあ、そんなことは置いておいて……僕のスピーチの際には、あれはなんとかしないとなるまい。

 観衆の支持を得る。興味を引く。


 それも、スピーチにおいて必須な条件だった。特に、今回みたいなお願い事では顕著だ。


 ……最早、さっきも言ったようにスピーチの内容に対する心配は一切なかった。

 僕のかつてしていた仕事は、技術職だった。だけど何故だか、スピーチする機会。打ち合わせで取り仕切る機会。そういうのにたくさん恵まれてきた。

 中小だったから、取締役相手に質疑したり、異を唱えたり、本当に色々やってきた。だから目上の人相手だからって、自分が正しいと思ったら物怖じなんて一切しなくなったのだ。


 それは本当に技術職なのか、と思うが……かつて、こんな記事を見たことがあった。

 それは、技術者達の製図技術の劣化、というタイトルの記事だった。見れば、老舗町工場の社長が、あの有名車メーカーの社員の製図技術の劣化を嘆く、という内容だった。

 かつての技術職のスタイルは、利益よりも量仕事をこなすことだった。だから現場を見て加工技術を知って、それから図面を書くから、部品がどのように作られるか。どのくらいの精度で出来るか、それを理解しながら製図出来た。


 でも今は、利益優先になり簡単に現場に行けないような体制になり……結果、現場も知らない、部品加工も知らない人が図面を書くことになった。故に加工技術上成り立たない図面が出来上がる。町工場社長は、見積時に図面の検図を無償でやるところから始まるから、非常に迷惑だと記事では語っていた。

 そして製図技術の劣化の原因は、それ以外にもあると記事には書かれていた。


 曰く、最近の技術者の製図作業は、片手間、だそうだ。

 利益優先の業務スタイルの定着。そして日本の形骸化する承認業務が融合した結果生まれたのが、どんな製品を書くにしてもまずは上司にプレゼンを行い、如何に今設計する製品で利益が生めるか。将来性があるか。そう言うのを、発表して承認をもらわなければならないのだ。

 だから、今の技術職の人は加工技術。製図技術よりもプレゼン技術を問われるのだ。


 長々語ったがつまり、僕がかつて勤めたあの会社も同様、その業務スタイルで仕事を行う会社だった。だから必然的に、僕のスピーチ技術は培われた。

 取締役相手にぴーひゃら言っていた人間が、今更数百の学生相手に緊張なんてするはずもないのだ。


 だから、後の憂い事は、彼らの関心をどう引くか、だ。


 仕事の場では、僕に興味のない人は一人だっていなかった。どれだけ嫌でも、僕の話を聞き、審議を下すのが彼らの仕事だったから。

 でも今から相手取る連中は、僕の話を聞くことが仕事ではない。いいや、仕事ではあるがそれをこなす責任感が伴っていない子供達、なのだ。


 ……そんな子達の興味関心を、どう引くか。




『だから、言っているでしょ。そんなんじゃ人の視線は集まらない。身振り手振り。この辺もキチンと意識してって』



 

 どうするかを考えて、思い出して……僕は苦笑した。

 どうやら僕の予言は、当たったらしい。


 やっぱり僕は、最後には藍の指示通り、役を演じ切ることになるらしい。


「以上で、私の話は終わります。……が、実は今日は、この後皆さんに、一人の男の子の相談を聞いて欲しいです」


 どうやら、出番がやってきたらしい。

 僕は、大きく息を吸って、吐いた。


 舞台袖から校長先生の話を、生徒達がどんな感じで聞いているか覗いた。


 やはり、彼らは興味関心がなさそうに話を聞いていた。いや、話を聞いていなかった。


「では青山君。こっち来て」


「はいっ」


 元気に、腹の奥底から声を出した。

 早歩きに、校長先生の隣まで歩いた。


「それじゃあこれから、青山君に今話した横断歩道の設置の件、説明してもらいます。皆さん、しっかり聞くように」


 校長先生にアイコンタクトをされ、僕は校長と位置を変わった。


 ……ようし。


 この聞く気のない大衆の視線を集める方法。

 藍は、言っていた。身振り手振りを大きくすること。つまり目立つ行動をすることが、大衆の視線を集める方法、だと。


 ……で、あればだ。


「皆しゃん、一年三組青山武ですっ! よろしくお願いしますっ!」


 ごんっ。


 マイクに、僕が檀上卓に頭を打ちつけた音が乗って、体育館中に響いた。


 肌で感じた。


 間抜けなことをした僕に、視線が集める感覚を……少し焼けた肌で、しかと感じた。




 ……何やってんだろ、僕。


 観衆の視線を集めたい。そう思って、勢いに任せて頭をぶつけたが途端に恥ずかしくなってきた。


 頭を上げて、僕は言った。


「ちょっと、緊張してまして……」


 アハハ。

 静寂な体育館で、肌が痛いくらいに集まる視線が本当に痛かった。




 しかししばらくして起き上がったのは、笑い声。

 一つ二つ三つ。もっとたくさん。


 とにかく体育館いっぱいに笑い声が、響いた。


 ……どうやら、藍の指示が上手く嵌ったらしい。彼女は素直にそうだと言わなそうだが。


「皆さん、ごめんなさい。静かにしてください。これから発表しますので」


 演技なのか素なのか。僕でもわからなかったが、とにかく困った風に静かにしてくれと懇願した。

 体育館の人達は、危なげな僕に免じて静かになってくれた。


 と、とにかく周囲の視線は集められた。

 さあさあ、始めようそうしよう。こっからはいつもの僕のペースだ。


 僕は、わざとらしく咳ばらいをした。さっきまで校長が使っていて、今はクラスメイトが傍に待機しているプロジェクターが僕の背後にあるカーテンに資料を投影した。

 僕はプロジェクターから配線が繋がった先にいるクラスメイトに目配せした。


 一枚目、表紙が投影されていた。


 ……余計な恥を掻いて時間を無駄にした。少し巻かないとな。

 ただ、このフランクな環境も大切にしたい。予定していたよりもフランクな感じで話そう。



「皆さん、本日は先ほど校長先生が説明してくれましたように、僕達一年三組がロングホームルームでやろうとしている『横断歩道の設置』について、説明とお願いをさせてください。

 皆さん、僕は兄妹がいないもので、入学したてのこの学校の事はお恥ずかしながらまだあまりわかっていません。

 ただ、この前イケメン担任の須藤先生から、各学年の各クラス毎にロングホームルームでクラス活動をするんだと聞きました。


 皆さんのクラスは、どんなクラス活動をしますか?


 僕達のクラスは、この表紙の通りです。中々難しいことをしようとしているとお思いかもしれませんが、まさしくその通り。今、大変困っているのです。

 ですのでどうか。これからの話を聞いてもらって、ご協力頂きたく、よろしくお願い致します」



 僕はクラスメイトに目配せした。次のスライドに移った。



「さて、皆さん。まず結論から言いますと、今回皆さんに協力頂きたいのは、学校周辺の横断歩道がなくて危ないな、と思う道の選定になります。

 皆さんは経験ありませんか? 路肩が狭いのに真隣を車が猛スピードで駆け抜けていく道とか、通行人が多いのに横断歩道がない道とか。

 私はたくさん見たことがあります。


 あ、失礼。


 私達は、そういう道をたくさん見たことがあったんです」



 クスクスと笑い声が漏れた。



「それで思いました。これだけ危険な道が、この辺にはたくさんあるのに、どうして横断歩道は設置されないんだろう、と。そう思ったら、こうも思いました。

 そうだ、設置されないなら公安委員会に相談して、横断歩道を設置してもらおう。

 ただ、私達のクラスメイト達だけでは、この辺の本当に危険な道、全てをピックアップ出来るのか。そういう疑問の声が次第に上がり始めました。

 そこで今回、皆さんに学校半径三キロの危険な道をピックアップ頂いて、精査した上で公安委員会に申請しようと思ったのです」



 と、言うのは建前の理由。

 本当の理由である大多数の意見に見せて公安委員会の審査を通りやすくする、と言うのは、聞こえがあまり良くないので言わない。


 僕はクラスメイトに目配せした。

 次のスライドに移った。



「これは警視庁のホームページから引用してきたここ数年の事故件数のデータです。見てわかるように、ここ数年は事故件数が年々増加傾向です。死傷者数も増えています。まだ若く輝かしい未来が待っている僕達も、もしかしたらいつか事故に遭うかもしれない。




 でも、横断歩道を設置しておけばもしかしたら将来あるはずだった事故が未然に防げるかもしれない。




 他人事じゃない。だから皆さんにも、自分の身を守る意味でもご協力頂きたいです」



 僕はクラスメイトに目配せした。次のスライドに移った。大きく、張り付けたアンケート用紙の画像が出てきた。



「と、言うわけで。皆さんには本日放課後、各クラスの担任から渡されるこのアンケート用紙に横断歩道を設置して欲しい場所にマークをしてきて欲しいです。わかりやすく、皆さんが日頃立ち寄りそうな場所は大きくマークしているので、あ、ここはコンビニですね。僕、おにぎり好きなんです。だから良く立ち寄ります。

 すいません、話が逸れました。

 こんな具合に目印の場所はわかりやすくしてあるので、帰り道を思い出しながらマークしてきてください。


 期日は明後日までとなります。アンケート用紙にマークしたら、担任の先生にお渡しください。僕達のクラスが回答結果を頂いたところで、厳正に判断した上で公安委員会に申請させて頂きます。


 以上。

 僕の説明は終わらせて頂きます。


 何か質問ある方、いらっしゃいますか?」



 シーンとした体育館。

 大衆の前で、やはり質問はしにくかったのだろう。



「ないようですので、僕の発表を終わらせて頂きます。皆さん、ご協力よろしくお願いします」



 ペコリと頭を下げると、まばらな拍手が上がった。まもなく拍手は、大多数に賛同されたような大きなものへと変わっていった。


 一先ず、何とか皆の気は引けた上、話も聞いてくれたみたいで……ホッと安心した。



「青山君、ありがとう」



 校長先生が寄ってきたので、僕達は場所を変わろうとした。


「額、腫れてないかい?」


「……エヘヘ」


 僕は苦笑した。

 触れないでくれ。恥ずかしいから。



 ……が、とにかく。

 一先ず大役は終えたらしく、良かった。



 ……そして、翌々日。アンケート用紙の回収日。


「大量だねえ」


 放課後。

 先ほど須藤先生が届けてくれた大量のアンケート用紙を前に、僕と藍は二人で成功を喜んだ。

章の終盤になるほど、字数が増える現象。末恐ろしい。

日間ジャンル別順位、上げたいー。たくさんのポイントお願いしますー。

評価、ブクマ、感想何卒何卒宜しくお願いします!

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