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教頭先生

 放課後。

 教頭先生との約束を果たすために教室を出て、職員室に向かった。


「あ」


「げ」


 職員室へ向かう途中、矢沢先生とすれ違った。思わず声を漏らしてしまったが、おかげで向こうにも僕の存在がバレてしまった。


 ……しばらくの無言の末。


 スッと、矢沢先生は立ち去って行った。須藤先生に怒鳴る調子で文句の一つでも言われると思ったが、さっきの一件で懲りたのか、彼は何も言うことはなかった。

 

 と言うか、鞄を背負っていたが……忙しいと言っていた割に、放課後になって早々帰るのか。良い身分だこと。

 矢沢先生の方を振り返ると、老人のように丸く小さい背中で、トボトボと帰宅していった。


 気を取り直して、職員室へ向かった。


「失礼します」


 到着しそう言うと、眼鏡を下にずらした教頭先生が、ああと声を出した。


「青山君。放課後に悪いね」


 教頭は気を遣った発言をしてくれた。


「いえ、こちらこそお仕事の時間を奪って申し訳ございません」


「良いんだよ。生徒の相談に乗ることが、我々教師の仕事だ」


 なんだか誰かへの当てつけに聞こえるのは、気のせいだろうか。


「さあ、応接間に行こう」


「あれ、須藤先生には同伴してもらわなくて良いんですか?」


 一応、須藤先生は僕の監督者に当たる。


「良いんだよ。彼には他の仕事に専念してもらおうと思っている。彼はたくさん、仕事が溜まっていてね」


「ああ、なるほど」


「それとも……須藤先生がいないと不安かい?」


「いえまったく」


 アハハ、と教頭は笑った。


「それじゃあ、行こうか」


「はい」


 僕は教頭に続いて、応接間に入室した。


「先に座ってて」


「失礼します」


 教頭にソファに座るよう促されたので、扉から見て手前のソファに腰かけた。こっちが、下座だ。


「お茶で良いかい?」


「いえ、お構いなく」


「良いんだよ。客人なんてたまにしか来なくてね。お茶っぱが勿体なくてしょうがないんだ。消費の手伝い、してくれよ」


「そう言う話であれば、喜んで」


 お茶っぱなんて賞味期限長そうなものだが……まあ、気を遣った人向けの言い包める文句なのだろう。

 あまり無下にし続けるのも悪いので、僕はさっさと教頭に甘えた。


「ちょっと待っててね」


「手伝いますよ」


「良いんだよ。最近、運動不足だから。私を殺したいなら構わないけど?」


「じゃあ、お願いします」


 教頭は微笑んで、一度応接間を出て行った。

 中々気遣いの出来る人のようだ。たった数分ながら、こうしてやり取りをさせてもらっただけでそう感じられた。


 本当、どっかの矢沢先生とは大違いだ。


 しばらくして、木製のお盆の上に二つ茶碗を乗せて、教頭先生は戻ってきた。


「はい。粗茶だけど」


「ありがとうございます。頂きます」


 教頭先生が一口啜ったのを見てから、僕も一口啜った。お茶は、温めだった。


「悪かったね。さっきは」


 そう口を開いたのは、教頭先生だった。


「矢沢先生の職務態度には、正直目が余るところがあったんだ。生徒間でも評判が良くないのは知っていたし、先生の間でも問題視だったり、煙たく思っている人もいるのは知っていた。しかし、口が立つから中々、ね。

 生徒に言い負かされたのは、彼にとっても良い経験になっただろう」


「そうですかね」


 僕は苦笑した。


「謝らなければならないのは、僕もです。教頭先生だって忙しいでしょうに。お時間を作って頂いてしまって」


「良いんだよ。これくらい」


「でも、教師という職業で一番の激務は教頭だと聞いたことがあります。雑務だったり何だったり、大概受け持つのは教頭先生だって。教頭試験を受けずにいる人だっていると聞きます。離職率だって、結構高いと聞きます」


「アハハ。生徒なのに良く知ってるね」


 生徒なのに、という言葉で冷や汗が溢れた。精神年齢二十五歳であることを見抜かれたような気がした。


「しょ、しょんなことないですよっ」


 慌てながら、僕は言った。声が裏返ったが、教頭が気にしている素振りはあまりなかった。


「……まあ、ここを乗り越えれば校長になれるしね。それに僕は、好きでこの仕事をやっているんだ。子供の成長は、停滞しきった大人に比べてとても目覚ましい。

 昨日出来なかったことが、今日には出来るようになっている。

 昨日失敗したことを、今日には糧にしていることがある。


 そんな子供に、少しでも僕の意思が宿って、大人になってくれるならこれほど嬉しいことはないじゃないか」


「きょ、教頭……」


 教頭先生の言葉は、何故だか目頭を熱くさせるものがあった。本当、矢沢先生に教頭の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。


「さ、長話が過ぎたね。本題に入ろうか」


「はい」


 そう言って、ふと思い出した。


「教頭先生、先ほど渡した資料は読んでくれましたか?」


「勿論ですよ」


 教頭は、どこに置いていたのか、脇から僕が手渡した資料を取り出した。


「一度、貸して頂いても良いですか?」


「良いけど……どうして?」


「当日、こんな感じでスピーチしようと思っている形がありまして。まあ、まだ全校集会で話させてもらえるかも決まってないのですが……。

 ただ、どうせならスピーチの形も含めて、批評して頂きたいのです」


「ほう、もうそこまで準備しているんだね」


「はい。こういうのは、前倒し前倒しに準備していくに限ります」


「アハハ。そうかい」


 教頭先生は、準備の良い僕が可笑しかったのか微笑んだ。


「よしわかった。じゃあやってくれるかな」


「はい」


 僕は教頭先生から資料を受け取って、わざとらしい咳ばらいをして、スピーチの予行練習を始めた。

 最初に描いたスピーチ原稿を思い出しながら、教頭先生の顔色を窺ってニュアンスを変えたりしながら、僕は話していった。


 かれこれ五分程話したところで、説明は一通り完了した。


「ご清聴ありがとうございました」


 そう言って、ソファに座ったまま頭を下げた。


 顔をあげると、教頭先生は渋い顔をしていた。意外な反応に、僕は少し怖気づいていた。


「どうでしたか?」


 しかし、聞かないことには始まらない。僕は尋ねた。


「……これさ」


「はい」




「君が考えたのかい?」




 教頭先生の質問は、意図が読めなかった。


「ええ、まあ。はい。そうです」


「そっか……」


「……駄目、でしたか?」




「ああいや、そういうわけではないんだ」




 教頭先生は慌てて否定して、落ち着いた頃に資料を手に取った。近眼なのか、老眼鏡を外して目を細めて資料を眺めていた。


「じゃあまず、発表からかな」


「はい」


「要点がまとまっていて、とても良かったよ」


「ありがとうございます」


 幾つになっても、褒められるのは嬉しいものだった。


「資料も、起承転結。最初に結論。その後補足説明。基本がなっていてわかりやすかった。イラスト多めなのも、視覚的に良かったよ」


「はい。ありがとうございます」


 ……で、あればだ。

 さっきの間は、何だったのか。


「……うん。わかった。内容も正直、とても魅力的な話だと思っているし……校長に相談しておこう。全校集会、スピーチの時間を取るよう調整するよ」


 疑問は解消されていないが、一先ずようやく、少し前進した。


「ありがとうございます」


 僕は安堵しながら、頭を下げた。


「……で、だ」


「はい?」


 まだ、話があるのか?


「もう一度聞いて良いかい?」


「……えぇ、どうぞ」


 言いながら、何のことかはわかっていなかった。


「これ、君が考えたのかい? 資料も。スピーチの内容も」


 ああ、それか。


「……クラスメイトと須藤先生の協力を得て、と言うべきなんでしょうね、これは一応、クラス活動なので」


 大前提の趣旨であるクラス活動。それを加味すれば、僕のやり方は褒められたものではなかったに違いない。


「はい。僕一人で考えました。すみません。クラス活動なのに」


 僕は自責の念に駆られながら、苦笑して頭を掻いた。


「……いや、そんな。謝罪をさせたくて聞いたわけではなくてね。……その、何と言うか。


 凄いね、青山君」


「へ?」


 僕は、突然褒められたために首を傾げてしまった。


「学生の内って、スピーチだったり、人前での発表の場って限られてくるだろう? だから、目上の人の前で発表することに臆したり、資料だって意図が伝わりづらかったり。そういうことが極めて多いんだ。

 ああいや、何も生徒だけに限った話ではないんだけどね。大人だって、それが苦手な人はたくさんいる。


 ……でも、基礎を押さえた資料。毅然とした君の発表態度。


 君、本当に学生かい?」




 ギックゥッ!




「アハハ。冗談だよ。聞き流してくれ。そうか。いやはや、最近の生徒の成長はかつてに比べて一層早くなったと思っていたけど……久しぶりに、自分のクラスを持ちたいと思ったよ」


「し、しょうですか……」


「うん。……君は、矢沢先生に言っていたね。信用出来ない人と仕事をしたくないって。正直、それは私も同感だよ。信用出来ない人に仕事を任せたくない。信用出来ない人に、場を乱されたくない。

 ……でも、今。


 僕は君の事、信用したよ」


「……ありがとうございます」


「この機会だけじゃなく……また将来、こういう機会に何かを手伝わせてくれ」


「……その機会があれば、こちらこそ是非」


 僕は、微笑んでそう言った。


 信用されること。

 一緒に何かをしたいと思う事。


 信用することで、他人の自分の時間を奪われることもある。だから、それを煙たく思う人もいたりする。

 でも、他人を信用すること。他人に信用されること。


 それは、今僕の胸に差した仄明るい気持ちのように、人の気持ちを嬉しく、温かく、そして満たしてくれるものだった。


 最近、すっかり忘れていた気持ちを思い出せた僕は、朝学校に来た時よりも少しだけ嬉しい気持ちになりながら、教頭先生との面談を終わらせ、応接間を後にした。

主人公すげーアピールしてるけど、作者の知能をベースにすげーであることあしからず。

作者の知能以上のことを、キャラは出来んのや。

・・・・・・めっちゃ予防線張るやん。

評価、ブクマ、感想宜しくお願いします!

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[一言] このコナン君、有能すぎるw
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