好転
1日2話しかあげれなかったごめんー!
僕の怒鳴り声は、言うまでもなく職員室に響き渡ることになった。ただでさえ怒り狂う矢沢先生のせいで通夜みたいにシンとしていた職員室が一層静まり返った中、怒声のせいで少しだけ痛い喉を潤すように、一つ唾を飲み込んだ。
まさか一方的に理詰めされると思っていなかったのか、矢沢先生は俯いたまま何も言わなくなった。
この状態の先生に追撃をかますことは可能だ。
しかし、僕はさっき先生に言った通り先生を叱咤するためにここに赴いたわけではない。建設的な話をしに来ただけなのだ。
この様子の先生を追い込んで、果たして何になろうか。
とは言えこのままでは、話は一切好転していかないのは明白だった。
恐らく矢沢先生は、黙っていればいずれどうにかなると思っているのだろう。怒られる人の立場に、職場で何度もなってきた。だからわかる。謝罪の言葉一つも言わないのが良い例だ。まあ、謝罪の言葉なんて欲してないのだが。
僕が欲しい言葉は、全校集会で発表する権利か。もしくはそれが駄目な理由をキチンと明示してくれること。ただそれだけだった。
ただどうせ、後数分で昼休みも終わる。
今の矢沢先生はそんなことを考えていそうだ。
「よくわかりましたよ。先生はただ面倒で、慈善活動をしようとする僕達の邪魔だけしたいわけですね」
憎まれ口を叩きつつ、矢沢先生を煽ることにした。
「そんなことはない」
ただ、こういう世間体を気にした否定の句はさっさと口から漏れるらしい。
まったく、どの口が言うのだろうか。
「そうなんですか?」
「勿論だ。……ただ俺は、お前達が失敗した時の責任を、だな。その、お前達では取れないだろう?」
「部下の失敗は上司の責任でしょう。何のために部下よりも高いお給料をもらっているんですか。部下を売るためですか? 違いますよね。
教師と学生の立場だって、それに当てはまると思うのですが」
暗に、失敗した時あなたが責任を取るのは当然ではないか、と言った。当然理解しているからこそ、語気を強めて矢沢先生は否定してきたわけだ。
「それに責任を取りたくないからやらせない、とは意味がわからない。失敗したら責任を取らなければいけないなら、一緒になって悩み、失敗しないように対策を立てるものじゃないんですか。端から考え方、間違えてますよ」
「だが、俺だって忙しいんだ」
チラリと隣を見ると、成り行きを見守っている須藤先生の顔が、露骨に歪んだ。部下に仕事を押し付けてどの口が言うんだ、と顔に書かれていた。
「へえ、今、忙しいんですか」
「ああ、そうだ。だから手伝えない。忙しいなら仕方ないだろう」
だったらもっと効率的に仕事をこなすように、考えるべきだと僕は思う。そういうの、真っ先に言うのが矢沢先生みたいな中間管理職の人間だからだ。
上司は部下に忙しいなら効率化をしろと言うのに、何故自分が忙しいならそれが通じると思うのか。
甚だ疑問だ。
まあ、そんな議論も時間の無駄だ。
僕は先生の繁忙に文句を言いに来たわけでもない。
「じゃあ、忙しくなかったら一緒に考えてくれるわけですね」
「当然だ」
「いつですか?」
「は?」
「だから、いつになれば一緒に考えられるようになるんですか?」
矢沢先生は閉口した。
「先生が忙しいことはわかりました。でもだから、この話に一切協力しない、とはならないでしょう。だから、こちらから妥協案を持ち掛けてあげてるんです。いつになれば暇になりますか。
いつになれば、時間を作れますか」
「……当分無理だ」
「当分って、どれくらいですか? 数字で語ってください。曖昧な返答は齟齬を生んで後々のトラブルにしかなりませんよ」
「……今年は、無理だ」
「今年中一切時間を取れない。そういうことですか?」
「……そうだ」
「じゃあ、矢沢先生の中で、今年のタイムスケジュールは出来ているわけですね?」
「と、当然だ」
「見せてください」
僕は矢沢先生の前に、右手を差し出した。
「今すぐ、見せてください。出来ているんでしょう? 見せてください」
矢沢先生の額から、冷や汗が零れた。
「矢沢先生、どうして見せてくれないんですか? 僕はわざわざ、忙しい矢沢先生のために、数少ない隙間時間で相談出来ないか調整させてもらおうとしているだけですよ? 一分一秒も隙間時間がないなんて、そんなはずないですからね。
出来てるんですよね、タイムスケジュール。どうして出せないんですか? もしかしてそんなものないんですか?
あると言ったのに嘘をついたんですか?」
埒の明かない状況に、イライラが募りだした。
ここまで来たら、さっさと前の話を翻して、全校集会で発表出来るよう調整してくれよ。
何度も言うが、僕は別に矢沢先生を責めたいわけではないのだ。目的を達せられたらむしろ、こんな人とは二度と会話しないように心掛けるのに。往生際が悪い事この上ない。
ヤキモキしているタイミングで、昼休みの終わりの予鈴が鳴った。
助かった。
矢沢先生の顔にはそう書かれていた。
「ほら、昼休み終わるぞ。教室に戻れ」
矢沢先生は好機を逃さないとばかりに、立ち上がりながらそう言った。
……僕としても、正直こんなしょうもないやり取りで授業をサボるのは気が引けた。
「わかりました」
二つ返事をしたことが大層意外だったのか、矢沢先生とついでに須藤先生にまで驚かれた。
「ただ矢沢先生、今日の放課後も職員室に来ますから」
「だから、忙しいと言っているだろう」
「そうですか。わかりました。
じゃあ、校長先生に後ほど直談判に行くので、もう大丈夫ですよ。相談に乗ってくれて、ありがとうございました」
校長の名前を出すと、わかりやすく矢沢先生は狼狽えた。
もう彼に用事も無くなったので、僕は一つ頭を下げて職員室を後にしようとした。
「ちょっと待て。何も校長に話す必要、ないじゃないか」
矢沢先生に肩を掴まれ、言われた。捲し立てる声から、慌てていることは理解した。
「どうしてです。担当者がまともに対応してくれないから上司に話すって、別に普通のことでしょう」
「……だけど」
口ごもる矢沢先生を見て、僕はあからさまなため息を吐いた。本当にこの人、世間体しか気にしていないんだな。
「もういいですよ。だって矢沢先生、忙しいんでしょう?」
「だ、大丈夫になったんだ。たった今」
「だったら尚更嫌です。つまりそれ、碌に仕事の管理も出来てないってことじゃないですか。何度も言いますが、僕はただ建設的な話がしたいだけです。
正直に言って、今のあなたと話してそれが成せるとは思えない。
生意気と思いますか? でもだったら言いますが、この数分で僕が先生にされた仕打ちも、酷いものだったと思いますよ?
全校集会での発表が駄目だと言う割に何が駄目かキチンと理由は説明してくれない。
どうすれば全校集会で話しをさせてくれるか相談させてもらいたくて事前に須藤先生にアポを取ってもらっていたのに、応接間には現れない。
資料には目を通していない。
それでも相談させて欲しいと言えば、忙しいと濁す。しかも最終的にそれは嘘だった。
自分の行動が、本当に誠実な対応だったと言えますか? それを加味して、僕を生意気だと言うなら言えば良い」
「……悪かったよ」
「謝罪の言葉なんて要りません。謝罪の言葉をもらって話は進みますか? 先生を信用して、この話は前に進みますか?
少なくともたった数分話しただけで、絶対にそんなことにはならないな、と言うことはわかりました。
信用出来る人ではないですよ、先生は。
だから先生以外の人、校長先生にご指導頂くんです。何か僕、間違っていますか?」
話は、平行線になった。
まあ、僕がしたと言っても過言ではない。この人は信用出来ない。言葉通りの感想を今、僕は矢沢先生に抱いていた。
他人を信用すること。
仕事をする上で、それは最も重要になることだ。
信用出来ない人に、銀行は金を貸すか?
大小の差はあれ、今回だってそれと同じ話じゃないか。
だからこんな人と調整を進めるだなんて、まっぴらごめんだ。
「ちょっと、何騒いでるのさ」
過熱したくだらない話が鎮火の様相を呈した頃、ようやく助け舟が入ってきた。
ようやく、か。
もっと早く来て欲しかった。そうすれば、こんな無駄時間を省けたのに。だから大衆の目がある職員室で口論を巻き起こせたことを好都合だと思ったのに。
まあ、応接間で沈黙の時間が流れるよりはマシだったと思おう。
「教頭……お騒がせして申し訳ありません」
「矢沢先生、そんな言葉は要らないよ」
教頭、か。
少し厳しい口調で、教頭は矢沢先生に言った。
「ずっと遠目から見守ってたけど……聞いてたら、悪いのは一方的に君じゃないか。前からただでさえ怠慢行動が目立ってたのに、粗暴な態度まで見せるだなんて、教職の仕事を舐めているんじゃないのかい」
矢沢先生は、恐縮しながら俯いていた。
「……えぇと」
ひとしきり内心の文句を言えたのか、教頭先生は僕の顔を眺めた。
「青山です」
「青山君、か。今回はご迷惑をおかけしたね。ただ、そろそろ昼休みも終わるから教室に戻りなさい。授業が始まるよ」
「わかりました」
わかったが、これっきりで話を終わらせるつもりなら、今度は僕はこの教頭にストーカーまがいの行いをして、話し合いの場を創出しようとしなければならない。
是非、そうならない言葉を言って欲しいものだが……教頭って、実は学校内で一番激務なポジションだからなあ。
「須藤先生。青山君と放課後、私のところに来なさい。全校集会で発表をしたいって、どんな話をするつもりなのか聞かせてください」
き、教頭……!
苦労しているのか多めの額の皺も、チャーミングに見えてきた!
「あ、そうだ」
僕は矢沢先生のデスクを物色し、昨日須藤先生に手渡していた資料を教頭に手渡した。
「これ、当日の発表資料の草案になります」
「なんだ。二週間前なのに、もう準備しているのかい」
「はい。こういうのは、早い方が修正する時間も出来ますから」
「そうかい」
「事前に読んでいただけますと、後の話も短時間で済むかと」
「そうだね。かしこまりました」
「ありがとうございます」
僕は、教頭に頭を下げた。どうやらこの人は、信用出来そうだ。
「ほら、青山君。そろそろ教室に戻りなさい。学生の本分は勉強だよ」
「はい。失礼致します」
ようやく一通りの話も終わって、僕は一安心しながら職員室を後にした。
順位落ち始めてる…。
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