直談判
謝罪の言葉を口にした須藤先生は、まもなく恐らく再び学年主任である矢沢先生に言われただろう言葉を淡々と報告してくれた。
「まず一番に言われたことは、まずお前色々な業務をほっぽってるけど、それの進捗はどうなんだってことだった」
まあ、それは言われるよな。終わってないなら。
「お前一人のせいで、どれだけ色んな人が迷惑していると思っているんだ。そういう話は別の仕事が全部終わってからにしろ。本当、矢沢先生ときたら。あの人が押し付けてきた仕事だって多分にあるのに。
最初仕事を与える時は下手に出て、受け渡した途端に最初から俺の仕事だったかのように鬼の首を取ったように俺にブーブー言い出すんだ。同じ人の子とは思えないよ、本当」
まあ言いたい気持ちはわかるが、学生相手にそんな愚痴は言うべきではないぞ。
「で、じゃあいつまでに終わるかスケジュールを出せ、だって。そうしないと話は聞かん。とにかくそれの一点張り」
「じゃあ、早くスケジュール出しなよ」
「出したよ」
「そしたら?」
「これがないあれがない。何なら聞いたこともない仕事も振られ、やり直しを命じられた」
あっ。
「しかも、短納期……」
教壇で、須藤先生が頭を抱えた。
……まあ。
そういう雑な仕事の振られ方も、下っ端特有のやられ方だ。不憫に思うことこの上ないが。
クラスメイト達も同様に、須藤先生が不憫に思ったのかすっかりと彼を責める言葉もなくなり、閉口するしかなくなっていた。
もし社会人の立場なら、相手を追い込むかのようにこれも頼んだ、だのなんだの更に押し付けて、相手を痛めつけることだって少なくないが……幸いにしてそこまで酷い奴はここにはいないらしかった。
とは言え、閉口しっぱなしでいるわけにもいかない。
ロングホームルームでやることを、僕達はすっかり横断歩道の設置で定めているのだから。
その気持ちは恐らく、一昨日殊勝な言葉を言っていた須藤先生だって同じはず。
「まあ、そんな一件もあったわけだが……とにかくこのクラスでやるロングホームルームの件は話はしたよ。
個人的に、人の命を救うきっかけになるかもしれないこの案を推し進めたい気持ちもあったからな」
さすが須藤先生!
よくそこで心が折れなかった。弱みに付け込まれ、後々一層酷い目に遭わされそうだが、とにかく良く言った!
「……ただ」
ん?
「それでも、駄目だってさ」
少し、僕は驚いた。
なんと頑なな先生だろう。矢沢先生とやらは。十年前、恐らく学校で出会ったことはあるのだろうが……記憶には、微塵もない名前だった。
それだけ印象の薄い。
つまり、学年主任でありながら表舞台に出ない人だった、と言う事だろう。
そんなこと可能なのだろうか、という疑問はさておいて、さすがにそれは横暴すぎやしないだろうか。なんだか憤慨しそうな気持ちになっていた。
「須藤先生、どうして駄目って言ってたか教えてくれません?」
「色んなところに頭を下げたり、調整しなきゃいけないんだぞ。失敗した時、責任とれるのかって」
「部下の不手際の責任を取るのは、上司の仕事では?」
「……うぅむ」
須藤先生は渋い顔をした。言いたい気持ちはわかるが、それは言えない、という顔だった。
ただ、そこで手控えてしまうような相手。
さっきまでの言動。
そして、責任逃れしか考えていない精神性。
なるほど。
大体わかってきた。
その矢沢先生とやら、どんな先生であるか。
……なるほどね。
まあ、それだけ横暴であるなら、こっちにも考えがある。
僕は机の中を漁って、束になった紙を持って、教壇に歩いた。
「須藤先生」
「うん?」
「その矢沢先生とやらと、話す時間を設けてください」
「え」
露骨に嫌そうな顔を、須藤先生はした。
「大丈夫。何も喧嘩をしに行くわけじゃない。駄目だと判断された理由に納得がいっていないので、より詳細に話し合いたいだけです」
「でも……」
「最悪、先生は立ち会わなくても構いません。何なら後ほど、アポなしで職員室に行って話しますよ」
「いやわかった。取り付けるよ」
矢沢先生にアポなしで僕が挑むだなんて、その方が後々のリスクが高そうなことを須藤先生はすぐに悟ったらしかった。
「そうですか。ありがとうございます」
「……お前、結構強引だな」
「いえいえ。……じゃあ、はいこれ」
僕は手持ち無沙汰になりかけていた紙束を、須藤先生に手渡した。
「何、これ」
「全校集会当日の発表資料です。まだ草案ですが」
「え」
須藤先生だけでなく、背後にいた藍からも声が漏れた。これは帰宅後、家にいる間に僕が勝手に作ったものだった。
「それ、事前に矢沢先生に読んでおいてもらってください。その上で何が駄目か。どうすれば許可をもらえるか、それを話した方が話が早い」
須藤先生は一瞬逡巡したように見えた。
恐らくこれを手渡して、矢沢先生とやらが読んでくれるとは思っていなかったのだろう。
「……わかった」
しかし、須藤先生はそれを快諾した。
「はい。じゃあ、明日の放課後でセッティングお願いします」
「……一日でも早い方が、良いもんな」
「はい」
「……わかった。任せてくれ」
決意を込めた瞳をした須藤先生に、僕ははにかんだ。