経験則
1日2話上げると宣言してから1日3話あげるようになった。
おそらくこれも有言不実行に該当するのだろう。
皆すまん!!!
クラス委員の方針を決められて、一先ずのノルマを達した僕達は、今日のところは家に帰ることにしたのだった。
帰宅後、夕飯を食べてお風呂に入りながらぼんやりと考えていた。
横断歩道の設置。
それを進めるためのクラス、公安委員会への承認作業。
正直、だ。
藍の前では緊迫感を出したくて、面倒なことこの上ないと言ったこれらの作業。
内心、そこまで難しいことだと思っていなかった。
大前提として、あの場の話では一つの勘違いが生まれたまま話が進んでいた。それは、僕達の提示するロングホームルームの案について、そのものだった。
僕達がすることは、横断歩道の設置ではない。
僕達がすること。
それは、横断歩道の設置の申請、だからだ。
僕達は横断歩道の設置を許可することは出来ない。
僕達が出来るのは、あくまで公安委員会の職員が、上司に対して設置の承諾を得やすくする材料集めであり、設置の申請だけなのだ。
だから、クラスメイト達にどれだけ案を推し進めるためのタスクを考案しても、最後にこれをすれば横断歩道を設置出来る、とは断言できない。
だから、僕達がすることは横断歩道の設置の申請、までなのだ。
それ故、今回の話、実はかなり簡単な部類の話だと個人的には思っている。だって、幼気な少年少女を話術で取り込み、それらしい作業をして、公安委員会に申請をすればそれで完了するのだから。
あまりに格好がつかない以外、これほど簡単な話はないのだ。
……自分で言うのもなんだが、僕は楽観的な男だ。これまでの自分の行動を鑑みて、浅はかな行動に出た回数は数知れない。
そんな僕にして、こんな簡単な作業は、正直思わず気が抜けてしまいそうになることこの上ない。
……でも。
だからこそ、今朝は藍の前で大失敗をしてしまったのだろう。
ロングホームルームの案出しを楽観的に考えていたから、後回しにして忘れてしまっていた。藍に言われ、慌てて、結局案の一つも出せず、醜態を晒したのだ。
さすがに同じ失敗は出来ない。
だから、この一件を楽観的に考えることは、もう出来なかった。
横断歩道の設置の申請という、僕達がこなすべきタスクは変わらない。でも、申請した場所がより横断歩道が設置されやすくなる資料作り。
これはまだ、僕達の範疇の仕事だ。
どうすれば、公安委員会の職員が上司から判子を押されやすくなるか。
社会に出たからこそ、知っている。
この世は、金が動く承認作業程時間がかかることはないのだ。
金がかかる、というデメリットに対して、行う作業がどれだけメリットになるのか。それを具現化すること程、難しい話はないからだ。
費用対効果。
利益。
原価。
稟議を書いては棄却され。
仰裁書を切っては棄却され。
この身を持って、その大変さは味わってきた。
多分、それは公安委員会の職員達も変わらない。しょうもない話を持ってきて、それを右から左へ上司に投げれば針の筵になることだろう。
彼らが楽に上司に許可を得られるような準備をしっかりしなければならないだろう。それこそ、クラスメイト達と、藍と協力して僕が気張らないといけない作業。
どういう条件で設置場所を検討すれば。
どういう資料を作れば、設置されやすくなるのか。
そしてそんな条件を整えるには、クラスメイト達にどう動いてもらう必要があるのか。
クラス委員長として、僕は何をすれば良いのか。何を指示すれば良いのか。
湯舟から立ち上がる湯気を眺めていた。
しばらくそうして、ぼんやりと頭を捻った。
「よし」
大体の方針を固めた。
これを明日、藍に話そう。
そして、まずはクラスメイト達から承認をもらう。それをやり切って見せよう。
* * *
翌朝、昨日同様あまり寝ることが出来ずに早々に学校に到着した。
大あくびをかましながら廊下を歩き、そう言えば昨日は藍がもう教室にいたんだよな、と思い出していた。
教室。
「おはよう」
藍は、いた。
彼女は前から朝が強かった。前夜どれだけ夜更かししても、彼女が寝坊したことは一度だってなかったくらいだ。
「……ん」
簡素な返事を藍は返した。これは、いつもの彼女の挨拶だ。この辺は十年後も今も、変わらない。
「相変わらず、早起きだねぇ」
藍に聞こえないような小さな声で言ったからか、藍の反応はなかった。
少しだけ、今も未来も変わらない藍に呆れのような、そんな感情を抱いたが……今日もう教室にいてくれることは、それなりに都合が良かった。
自席に鞄を置いて、藍の机の方に向かった。
「ね、今良い?」
藍に尋ねると、物憂げな顔で外を見ていた藍が僕の方を向いた。
「何?」
「昨日の続き。今から良い?」
「別に」
これは多分、良い、と言う意味だろう。
「快い返事をありがとう」
「別に」
これは多分、そんな感謝されることを言った覚えはない、の意味だろう。
「で?」
何か浮かんだのか、としかめっ面な顔に書かれていた。
「うん。浮かんだ」
「そう」
「うん。学校ごと巻き込んでしまおう」
藍は何も言わなかった。ただ目を丸くしていたから、少し驚いているようだった。
「公安委員会の職員の立場になって考えてみたんだよ。どうすればより、僕達が持ってくる案を通しやすくなるのかってね。
ただ正直、たかが高校生の持ってきた設置案なんて、早々通せるような話ではないと思ったんだよね」
何せ、僕達はまだ所詮子供だ。見かけは。
子供のする作業はそれだけで話題になる例もある。だけど、全てが全てそうなることもなければ、だからこそ子供の案を真に受けようとは普通ならない。
むしろ、子供が持ってきた案だからこそ徹底的に信憑性を探るだろう。
だからこそ、たかが子供と思われないようにするための作戦だった。
相手にされないような小さな集団から、大きな集団に見せかける。
これが僕の作戦だった。
「ねえ、た……青山?」
「ん?」
「それ、余計面倒事にしていない?」
「ちっちっちっ。遠きに行くは必ず近きよりす、だよ。あ……坂本さん」
「それのどこが手順通りなのよ」
「小魚だって、大きな魚に食べられないように集団で集まって大きな魚に擬態して見せたりするだろう。僕達の今の力なんて、社会の荒波に揉まれたら一たまりもない。だからこそ、大きな力を借りる必要がある」
「でもそれ、より一層調整が面倒になるんじゃない? 出来るの?」
「出来る」
僕は、断言した。
ただ、藍の目は語っていた。騙るな、と。本当のことを言え、と。
思った通りの反応に、僕は思わず微笑んでいた。
「出来るよ、僕と君……」
藍の頬が、染まった気がした。
「と、クラスメイトの皆の力があればねっ」
藍の目が細くなった途端、僕の頬に痛みが走った。
阿吽の呼吸をする元夫婦。
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もっとランキング上がりたいです(承認欲求高めな作者)。