第八話:姫巫女様と、騒がしい幼馴染三人組。
革命の決行は刻一刻と近づいていた。
日数にすれば残り三日ほど。それまでに最大限の準備を整えようと反乱軍、もとい革命軍である里の人々は今日も忙しく動き回っている。
そんななか、ボクはと言うと。
「………………ひま」
お姫様のように動かないことが、一番のお仕事となっていましたとさ。
ここ数日の暮らしときたら、毎日三食きちんと食べて何もせず、夜にはきちんと眠る。それだけだ。
これはもしや、ボク専用に考案された新しい罰なのだろうか。
ボクの中の奴隷根性が、しきりに働けと怒号を放っているんだけど。
そりゃあ? 確かに奴隷だったボクの身体は栄養が足りなく、やせ細って骨と皮だけだったけれども。
ひもじくて野草もそのまま食べていたから、お腹がぷっくり出ていてみすぼらしかったけども。(神様曰く、太っても居ないのにお腹が膨れるのは身体にお塩が足りないからなのだそう)
お姫様として反乱の神輿となるには、もう少し肉をつけて見目よく健康になれ。つまりはそういうことらしい。よけいなおせわだいっ!
「どうせ三日後には嫌でも忙しくなるんだ、今は思う存分ぐうたらしてなよ。ひ、め巫女さ、ま」
そう言ってからかってくるのは、ボクを着せ替え人形にしていた奥さんだ。娘の形見である紅白の巫女装束を着せた人だね。
「ボクは元奴隷で、姫巫女なんてよばれるヒトじゃないのは知ってるでしょ?」
「元奴隷? またまたご冗談を」
「むぅ、垢人形だった頃のボクを知ってるくせにぃ」
「だからって只の垢人形が、姫巫女様に変わりはしないよ」
まあ確かに、最近のぐうたら生活のおかげで、色々なところに肉がつき始めたみたいだけど。
顔もまぁ? 少しは見れるようになったのかな、自分じゃ分かんないや。
ソレより何より、ボクが瓶の水を覗き見てビックリしたのは髪の毛だった。
真っ赤、もうまっかっか。
洗ってくれたカヤお姉さんが、炎の滝みたいだと評したのも納得の赤っぷり。これにはボク自身もビックリです。
この事実が判明した時の参謀、ワクさんの反応といえば見ものだった。
「……これは正に火の姫巫女。天高原におわす神が、自身の御子を降臨してくださったのだ!」
と勝手に一人で燃え上がり、大興奮。
その火は里の皆にも燃え移り、お祭り騒ぎになってしまった。後で偽者だ! って言ったって、ボク知らないよ?
そんな風にいじけていたら、神様までもがからかってくる始末だ。
『くくく、あながち間違ってはおるまい? 何しろこの、須佐之男の加護を受けているのだからな』
(まあ、そうなんだけどぉ。
元奴隷の身からすると、盛大に騙されてりゃしないのかって疑いが晴れないんだよね)
『だが、すでに道は決めたのだろう? ならば足掻いてみるがいい。我が万能の願いを用いるなとは言ったが、お前自身の力で支配するなとは言っておらん』
(うわぁ、話がおっきすぎ)
『何を言うか。この連中は革命軍で、お前は今、この連中の神輿に担ぎ上げられておる。このまま革命が成れば、おのずとそういう事になろう』
(えええ、支配者になるのは参謀のワクさんとか御頭のミカさんでしょ?)
『ただの神輿なればな。だがもう、その段階は通り過ぎておる。今のお前はもうただの神輿ではなく、神の子として崇め奉られているのだぞ』
(……だいたいっ、よく考えたらこの赤い髪だっておかしいよ。昔はもっと黒かった気がするもん! 神様が憑依したせいなんじゃないの!?)
『心外な。この俺、須佐之男は火を司っておらぬ。影響しているというなら、あの者の方だろう』
(あの者って、……ミカさん? そういえば神様なんだっけ。なんで人間の中に神様が混じっているんだろ??)
『さぁな、だが面白くなりそうなのは確かよ。クックック……』
神様も悪者のように笑うだけで、それ以上は教えてくれないんだよね。
いやな予感しかしないんだけど……。
外をのぞけば、葦を束にしてつくる小船が男達の手によって完成に近づいている。
その中でも一台、めちゃくちゃ時間をかけて造っている船もある。なんか祭壇っぽいのが船の中にあるみたいだ。そして、座るトコも。
(あれって、もしかして……)
『相棒の特等席であろうな。くっくっくっ』
神様の笑い声が五月蝿い。まあ、神輿なんだから見せないと意味がないよね。うん、ボクは何と言っても革命軍の象徴である神輿なんだからっ!
………………。
気がすすまないなぁ。
◇
そんなこんなで三日後。
いよいよ革命の時はきた、出陣の朝である。
普通の反乱軍なら夜、暗闇に乗じてこっそりと進軍するのだろう。だけど、あえてボク達は堂々と姿を見せて行進することにした。その理由は追々説明しようと思う。どうせ川下りの最中は手持ち無沙汰になっちゃうからね。
葦船の数は、五人乗りが十隻ほど。総勢で五十人もいない小勢だ。
「じゃあな、ミカ。……しくじるなよ」
「………………(コクリ)」
チンッという、甲高い音が鳴る。
ミカお兄さんとワクお兄さんが、お互いの検討を手に持つ銅剣をぶつけることで誓い合った音だ。
ボク達に部隊を分ける余裕なんてない。それでもミカお兄さんだけは、単独での別行動を断行する。それはワクさんの作戦だった。
そんな熱い眼光で見つめあう男二人を見て、面白そうに笑いかける人が一人。
「…………なんだい男同士で気持ち悪いね。もしかしてお前ら、男もいけるクチなのかい?」
「カ、カヤっ!? 確かに俺は独り身だが、さすがに男色はないっ!」
「………………」
「あっはっは! 可愛い男共だねえ、アタシの旦那と幼馴染はっ!」
そして豪快に二人を抱きしめてお別れしている人がもう一人。言うまでもないよね、ミカお兄さんと、彼の奥さんであるカヤお姉さんだ。そこにワクお兄さんを含めてなんとこの三人、子供の頃からの付き合いなのだそう。
ボクは諦めきれずに、説得を再開した。
「ねぇ、やっぱりカヤお姉さんは里に残った方がいいと思うよ」
「いやいやいや。戦えない子供と年寄り以外は、もれなく兵士だ。そこに子の有り無しなんて関係ないよ」
カヤさんはもう、覚悟を決めてしまっていた。
「それに、この戦はアタシらの命運がかかってんだ。姫巫女さんのお世話係に一兵も割くわけにゃあ、行かない。アンタ、自分で身支度できないだろ?」
うぐっ、すぐさまカヤお姉さんから厳しい指摘が飛んで来る。
今のボクは反乱軍の象徴である神輿だ。そして都に着くまでは、どれだけ順調にいっても十日はかかる。それまでに神輿をみすぼらしくさせないための人員は、ある意味で兵士よりも重要な役目とも言える。
「こうみえて、アタシもけっこうヤるんだよ? 任せときなよ、ヒルコちゃんにはこっちの事情に付き合ってもらってるんだ。かすり傷一つ負わせないよ」
そういうと、カヤお姉さんは二本の短剣を弄びながら不敵に微笑んだ。でもでもでもっ、この夫婦の間には可愛い一人娘がいるんだ。
「ミイちゃんは? お母さんと離れ離れになっても平気なの? きっと寂しくて泣いちゃうよ」
カヤお姉さんの隣には、まだまだ甘えたい盛りの少女がいる。しかして、それさえもカヤさんは一蹴した。
「この子はアタシとミカの子だよ。万が一、アタシらに何かあったとしても強く生きていける。問題ないね? ミイ」
「…………うんっ」
ミイちゃんは寂しさと涙を堪えつつ、それでも母の言葉に答えた。
もう白旗をあげる他ない。この親子の心配をボクがするなんて、十年早いのだ。それほどまでに強い絆で結ばれた母と娘の覚悟は、羨ましささえ覚えてしまうほどだし。
ボクにも、カヤお姉さんみたいなお母さんがいれば、な。ミイちゃんがすこし羨ましい。
そんなボクの心情がばれたんだろうか。突如、ボクの頭に巨人のような手が降りかかってきた。
「わぷっ! うにゃにゃにゃにゃっ!?」
続けて左右に動き始める。どうやらコレは、撫でられているようだ。乱暴にもほどがあるが、その犯人はミカお兄さんだった。
「気をつけて、行け」
普段は寡黙なミカさんが、重い口を開く。その顔は、ボクを心配してくれているように見えた。
「ヒルコちゃんはアタシに任せときなよ。それとも自分の嫁が信用できないかい?」
「……(フルフル)。カヤは、強い」
「分かってるじゃないか。なら、都で落ち合おう。アンタも抜かるんじゃないよ!」
「……ああ」
短い言葉のやりとり。でもそれが、なんとなく夫婦の絆というものを感じさせる。
「ちゃんと、迎えに来るからね。……じゃあ行ってきますっ!」
負けじとボクも、居残り組であるミイちゃんへ声を張り上げた。
出会ってまだ一週間ほどだというのに、なんとも愛おしく感じてしまう。此処はもう、ボクの故郷なのだ。
さぁ、出発しよう。他でもない僕らの幸せのために――!
◇
出航して、五日は経過しただろうか。
もう少しで道程の半分に達するが、幸いにも一度とて戦闘は発生していない。ならボクらはまだ、お役人や夜盗の目には止まっていないということだろう。
一隻の葦船に乗れるのはせいぜい五人ほど。葦船なんて初めて乗るはずなのに、どこか懐かしく思えるのが不思議だ。
この船にはボクの他に、お世話係のカヤお姉さんと全体の指揮をとるワクさんが乗り込んでいる。ボクという巫女姫を祭る祭壇が大きく、この葦船に乗れる人数はこれが限界だ。
十隻にもなる船団だ。固まって動いていては、いくら夜でも目立ってしまう。ゆえに、各船の間隔をどうしても広げざるをえない。
「見つかりたくないのは分かるけど、これじゃあ他の船で何かあった時に困るんじゃないかい?」
「確かにな。だがそれでも、全滅するよりマシだ」
ワクさんの表情は厳しい。つまりはある程度の犠牲は承知の上だ、と言っているんだ。
これより先、ボクがイヤだと拒絶した戦が。……殺し合いがはじまる。
里に来る前、神様はボクに“この世に神の決めた善悪などない”と言いきった。
あるのは一つの法、弱肉強食という自然界の掟だけだと。
ならばこの戦は神の法にのっとって勝敗が決まり、そこに善も悪もないのだろう。
でも、ボクは。
たとえ善人ではなくなったとしても、この陽気な人達を死なせたくはなかった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
また明日も17時に更新しますので、覗きにきてくださいね。




