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第七話:みんな、ボクをなんだと思ってたの!?

 結局、具体的な方策は決まらずに夜はふけ、会議は解散の運びとなった。

 当然と言えば当然の話だ。たった五十人で国を滅ぼせるなら、それはもはや国じゃない。皆、今日のところは寝床に入ったようだ。


 そんな話し合いでも、一つだけ決まったことがある。いや、迫っていると言っても良い。


「革命の決行は、年に一度の“巫女送りの儀”にギリギリ間に合う五日後。それ以上は待てない、か」


 ボクは身体の火照りを冷ますため、直ぐそばにある大河のほとりまで足を伸ばしていた。夜の河風が顔にひんやりと当たり、別れ、次々と過ぎてゆく。

 疲れた、今日は色々とありすぎた。

 これまで生活していた村からの脱出に、この里の皆との出会い。それにくわえ二人目の神様ときたもんだ。これで頭がこんがらがるなと言われても無理だよね。


 なに、この世って以外と神様いるんですね。別に珍しいもんでもないんですね?


『無礼な。神を珍獣のように言うでない』


 似たようなモノに見えるのは、間違いなく神様のせいだよ。

 スサノオ(かみさま)に続いて、革命軍の頭目であるミカさんまで神様だなんて。一日に二人も出会っちゃ、ありがみも無いよね。


『まぁ確かに、この世は我ら神にとっては遊び場の一つだからの。時には獸に化け、時には人の中に紛れ込み。この大地で遊ぶだけ遊び、飽きれば壊す。それが神という、絶対的支配者の証である』


(何それ、じゃあ人間って神様の玩具なの?)


『ふむ、玩具か。言い得て妙よな。だが人間とて意志のある生物よ。ならば(あらが)う事もまた神は許しておる。その証拠に、俺は最初に言ったであろう? 


 お前の好きな願いを何でも叶えてやる、と』


(…………あ)


『やはり忘れておったな?』


(あはははは……)


 神様の言うとおり、今日という日は色々ありすぎて、すっかり忘れてしまっていた。

 

『最初に言っておくぞヒルコ。この万能の願いは、お前自身のために使え。間違っても皆のために革命を成功させてくれ、などと願ってはならん』


(…………なんで?)


『必ず後悔するからだ。今回で言うならな、革命を成功させるということは現北志国の国家崩壊を意味する。その際の犠牲は、……おそらく万ではきかぬだろうな。


 お前は、人殺しをしたくないのだろう?』


 ザワリと、背中に寒気が走る。

 神の御力がいかに常識から外れたものかを、突きつけられたような気がした。


 ボクの考えなしな願いが、この世で生きる人々にとんでもない影響を与えてしまう。それが神の奇跡なんだ。


「なら、ボクは何のお願いもしない」


 明らかに自分の分を超えた力なんて、いらない。


『そういうとは思っておったがな。お前は必ず、この禁断の神剣を振り下ろす日がやってくる』


「どうしてそんなことが言えるのっ!?」


『なぜかとな? それはなヒルコ。お前が、――――であるからよ』

 

 何それ、ボクはボクだ。

 そんな神様との独り言に興じていたら、後ろから威勢の良い声がかけられた。

 

「ああ、いたいた。ヒルコちゃん、何を一人でブツブツ言ってるんだい? さすがにもう冷えるから、早く寝床に入りなよ」


「……はい」


 ボク以外に神様の声は聞こえない。カヤお姉さんからしたら、僕が独り言を言っているようにしか聞こえないわけだ。

 今は個人的なお願いなんて考えている場合じゃない。革命の決行はもう、目前に迫っているんだ。

 ボクに何ができるかは分からないけれど、出来ることは何でも――――?

 突如、歩が止まった。ボクを引き連れたカヤお姉さんは家に入る直前で、ピタリと歩を止めてしまったのだ。


「……?? どうしたの?」


 つづけてボクの顔や身体に顔を近づけ、フンフンと鼻を鳴らす。


「ヒルコちゃんはまず、身体を清めなきゃいけないね。ミカっ、お湯を沸かすよっ!」


「…………(コクリ)」


 ミカさんっ!? 何時からボクらの隣にっ??

 カヤお姉さんの号令に従い、神出鬼没のミカお兄さんは再び川へ向かう。水を汲みにいったんだ。そしてカヤお姉さんは、屋内の火が小さくなった囲炉裏に薪をくべ始める。

 どうやら此処の家庭は男のミカお兄さんより、女のカヤお姉さんの方が偉いみたいだ。

 やがて湯が沸くと大清掃が始まった。もちろん、目標はボクの身体だ。


「さあ、大人しくしてるんだよぉ?」


 ホカホカの湯気がたった手拭いを手に、カヤお姉さんがニッコリと笑っている。

 その表情は、閻魔様も裸足で逃げ出しそうなほどの迫力だ。母は強し、である。

 おまけに隣には、お湯をもったミカさんが大木のように立っていた。その立ち位置は明らかに逃げ口を、玄関口を塞いでいる位置取りだ。


「ええ、いや。ボク奴隷だったから、身体を洗うことなかったし……」


 それでもボクは、無駄な足掻きを試みる。


「だったら尚更だねえ。小綺麗な子じゃないと、ウチではご飯を食べられないんだ。そういう決まりがあるんだよ、我が家には」


 いやいや、明らかに今考えた決まりでしょソレ!?

 ジリジリと、カヤお姉さんが目前に迫ってくる。ならもう、本音でぶつかるしかない。


「でもでもっ、ミカさんの前で脱ぐのはちょっと…………、恥ずかしい」


 身体を拭くには当然だけど、脱がなきゃいけない。でもいま奴隷服を脱いだら、ボクの上半身を隠すものは何も無い。それはちょっと、元奴隷といえどもご勘弁願いたいのだ。

 そんなボクの切実な願いも、目の前の閻魔様には届かなかった。ぐぐぐっと、ボクの視界が細くも大きい手に支配される。


「何を言ってるんだい、男らしくもないっ! それじゃあまるで、女の……こ、みたいじゃ…………」


「ああう……」


 カヤお姉さんは口と一緒に手も出るせっかちさん。もうすでにボクの右腕は天高く拘束され、奴隷服は剥ぎ取られ、残された左腕だけで必死に両胸を隠している。


「………………」「………………」


 カヤお姉さんとミカお兄さんの沈黙が、そしてお互いの視線が重なった。そして個の場合、一番の被害をこうむってしまうのは、もちろん。


「何時まで見てるんだよ! さっさと出ていきな、この女垂らしがああああああああっ!!」


「ふぐぉっ!」


 おお、見事な直拳。せっかく沸かしたお湯も地面にぶちまけ、周囲には景気のよい湯気が立ち上っている。

 でもこれは流石に、ミカお兄さんが可愛そうだよ。カヤお姉さん。


 さて、まぁそれはそれとして。あらためて叫ばせていただこうかな。

 

 「ボクは、ボクはっ!


  れっきとした、女の子だああああああああああああっ!!」



 ◇



 それからのボクは胸を隠す布を貰うと、頬を真赤に腫らせたミカお兄さんの肩に軽々と担がれてしまった。

 行き先は、この里の奥様方が居る会合所だ。


「みんなっ、手を貸しておくれっ!」


「どうしたんだいカヤ。そんなに血相を変えちまって」


「どうもこうもないよっ、新入りのこの子」


「ああ、ヒルコ君だったね。それが――」


「ヒルコ君じゃなくて、ヒルコちゃんだったんだ! まずはこの(アカ)だらけの肌を清めるよっ!!」


 奥様方の団結力とは、すさまじいモノがある。

 問答無用とばかりに奥へと連行され、沸かしなおしたお湯を含んだ布で身体中をゴシゴシと擦られ、ボサボサの髪はこれでもかと清められた後に(クシ)で撫でられる。勿論ミカお兄さんは御役御免とばかりに追い出された。


「なんだいコレはっ。いくら奴隷だとしても、女の子の扱いとは思えないね嘆かわしい!」


 ある奥様は、ボクの酷すぎる有様に憤慨し、


「こすれば擦るほど、肌から垢が沸き出てくるよ。これでよく病にかからなかったもんさね」


 ある奥様は不思議なところで感心していた。

 ボクに拒否する権利はない。もはや土人形のごとく、この嵐が去るのを待つだけだ。


「にゃあああああああ~~~~…………」


 もはや天地左右がどちらかさえもよく分からない。ただ猫のような情けない悲鳴をあげる事だけが、ボクに出来る僅かな抵抗だ。

 そんな中、櫛で髪を空いていたカヤお姉さんが溜息交じりに口を開く。


「はぁ、こりゃあ見事な赤毛だね。黒茶でも赤茶でもない、まるで囲炉裏で燃える炎が滝になったみたいだよ」


 ほったらかしなボクの髪は、肩から背中、そしてお尻にかかるまでに伸びている。


「ホントだね、これまで泥だらけのホコリだらけで誰も気づかなかったんだね。ああ、もったいない。この調子じゃ本人さえ解ってないんじゃないのかい?」


 まったくもって、ご想像の通りです。

 奴隷の頃は身体を洗う習慣なんてなかったし、髪の毛なんて寒さを和らげるための首巻きでしかなかった。どうやらボクの髪はとっても珍しい色をしているようだ。


 ようやく身体中の汚れを落としきると、今度はパサリとボクの頭に紅白の布が被せられる。


「ほら、グズグズする娘はキライだよ! さっさとこれを着なっ!」


「にゃい!」


 すでにボクの身体を長年包んでいた奴隷服はゴミ穴行きだ。此処には奥様方しか居ないとはいえ、すっぽんぽんの身体を隠すために慌てて袖を通してゆく。

 汗のべた付きがまったくない、洗濯されたばかりの清潔な赤白の巫女装束だ。泥の痕など何処にもなく、それどころか綺麗に染められた紅の色合いが月明かりに映えている。

 続いて首や手首、足首に高価そうな勾玉のついた装飾品をつけられる。装束の時も思ったが、これはさすがに通常の生活を送る衣装では決して無い。

 更にしつこいほどに櫛を通した髪には、艶やかな髪飾りまで付けられてしまった。


「あの、これはさすがに。ちょっとやりすぎだとボク、思うんだけど……」


 無駄な抵抗だと思いつつ、ボクは目の前の奥様に心ばかりの反撃を口にする。けれども返された答えはまた、とんでもない事実が含まれていた。


「…………これはね。ウチの娘の嫁入り道具にって大切にしていた装束さ。その勾玉や髪飾りだって似たようなモンだろう。ふん、これでようやく何処ぞの巫女姫様くらいには見えるようになったね」


「ふえっ!? そんな大切なもの、ボクに付けられてもっ!」


「問題ないよ。ウチの娘も他の家の娘も、もうとっくに旦那が“美好”に連れて行っちまったからね。もう生きているかどうかも分からない、布蟲に食われるくらいならアンタが着なよ」


「――――っ!?」


 奥様の口から飛び出た衝撃の事実に、ボクは声もでない。よくよく見れば他の奥様方の瞳にも、涙が溜まっている。


「この国、北志国の異名を知ってるかい? “淫姦の国”って言うのさ。

 なんでも神様が定めたっていう八つの罪のうちの一つに、己が子や子のいる母を共に犯すべからずってモノがあるらしくてね。当たり前すぎて笑っちゃうんだが、この国では善悪が逆転しちまってるのさ。

 男ってヤツは、自分の子や母子にさえも欲情できるケダモノなんだよっ!!」


 怨嗟の叫びだった。この世の恨みを全て詰め込んだような、とも表現できる。

 この里で唯一の親子であるカヤお姉さんも居心地が悪そうだ。


「アタシらの里の男共も、その誘惑に勝てなかった。大王への貢物として若い嫁や娘を差し出すため、美好の市へ行っちまった。じゃあアタシら年増の婆はなんだい、用済みの子生み袋かい? ……馬鹿にしやがって!」


 この世は弱肉強食。強い男が女を抱き、子孫を残すは神の決めたもうた善。

 強い男の下へ娘を送り出すは、親として最上の行為。

 本当に、そうだろうか?

 理屈の上では、簡潔すぎて文句も言えない完璧な論理だ。でも人間には心がある。そんな理屈では納得できなくて、涙を流している女性がここに沢山いる。

 それでも神様の言う弱肉強食は、善なのだろうか?


 分からない、ボクには何も。


 わからないっ!


「ミカは反対していたけど、アンタには革命の神輿になってもらうよ。

 美好で行なわれる“巫女送りの儀”を突破し、都の鳴戸まで攻め込んで。アタシらの宝を、大切な娘を取り戻すんだ。その旗頭となる“姫巫女”が、どうしても必要なんさねっ!」

 最後までお読みいただきありがとうございます。


 おめでとう、ヒルコちゃんは「奴隷」から「姫巫女」に進化した!

 しかもただの巫女さんじゃあありません。「神様へのお願い」という殲滅兵器をもった物騒すぎる女の子です。しかして奴隷時代の卑屈さなのか、それとも臆病なのか、中々願いごとを言おうとはしません。

 そんなヒルコちゃんがどのような願いごとを口にするのか? それがこの物語のテーマでもあります。まだまだ先の話になるでしょうけどね。


 さて、今作品では主人公ヒルコの身体にスサノオという神様が憑依しています。したがって二人の意識だけの会話というものが存在します。


 「あああ」:普通の台詞。

 『あああ』:ヒルコにしか聞こえない、神様スサノオの台詞。

 (あああ):神様スサノオに話しかけるヒルコの心の台詞。


 ついでに、

 “あああ”:この物語に登場する人物や都市などの固有名詞。


 遅くはなりましたが、以上を気をつけてお読みください。今後ともヨロシクお願いします!

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