第六話:二人目の神様と、女だらけの革命軍。
カヤお姉さんの旦那さんだというミカさんの手により、得物である獣の解体はつつがなく終わりを告げた。あとは分けられた肉を干すべく、食料庫で吊るすだけだ。数が数だけに、こればかりは人手が必要になる。周囲の奥様達もそれを理解しているようで、それぞれ動き出す。
「あのっ、ボクもお手伝いを――」
ボクもそれに習うべく、腰をあげようとしたところ。
「ミカ、紹介したい子がいるんだよ!」
そのままグイっと、カヤお姉さんに右手首を引っ張られてしまった。前のめりになりながらもミカさんの前に立つ。
「………………」
ジロリと、無言の圧力がボクの全身に降りかかる。けど、それほど不快でもない。
「この子はヒルコ。北東の村から逃げてきたらしい、アタシ等を同じ境遇の子さ。問題あるかい?」
どうだい? って、顔を見ただけで何が分かるというの――。
「………………問題ない」
問題ないのっ!?
「よっしゃ、このカヤお姉さんの人を見る目も上達してきたもんだね! きっとミカはそう言うと思ったよ」
何その、根拠のない自信。
こちらが言うのもなんだけど、もうちょっと警戒した方がいいんじゃないのかなあ。
そんなボクの無言の主張が伝わったのだろうか。カヤお姉さんは機嫌よくボクの手をとるが、当然のごとく納得しない人もいた。
「ちょっと待てカヤ。確かにミカの人を見る目は間違いないが、それでも詳しい事情は聞かねばならん」
……やっぱりこの里、なんか変だよね。神様の言うとおり、このミカさんも神様だから信じられるのかな?
でもこの周囲の反応を見る限り、ミカさんが神様だっていう事実を知らないみたいだ。なぜかって、もし神様だって知っているなら対等の立場で会話するはずがない。最低でも地に膝をついて、お伺いを立てるのが普通だと思う。
「キミ、ヒルコ君と言ったね? ぜひ、色々と話を聞かせてほしい」
まぁ、何はともあれ。
此方としても、何が何だか分からないこの現状を把握したいのは確かだ。
ボクにだって恩を恩と思うくらいの常識はある。カヤお姉さんに作ってもらったご飯の分は、働かなくちゃだよね。
◇
言われるがままに連れられて到着した家は、この里で唯一、多くの丸太で組まれた頑丈な造りが許されているようだった。
その理由もあっさり教えてもらえた。ここは万が一襲撃を受けた際、皆を避難させる最後の砦となるらしい。万が一に備えて、地下には逃げ口の洞窟すら作られている。
「まずは自己紹介を。始めまして、私の名はワクという。この民主主義革命軍の参謀を務めている者だ」
ボクを連れて来たお兄さんは、大きな丸い机に陣取りながら自己紹介をしてくれた。
歳はミカさんやカヤさんと同じくらいだろうか、明らかに年下なボクにも礼儀正しい人だ。慌ててこちらも名乗り返す。
「ボクの名前は、ヒルコといいます」
「うむ。キミが里を害する存在ではないことは、先ほどミカが認めた。この里はキミと同じ境遇の者達ばかり、何も気兼ねする必要はない。ないのだが……」
そこまで一息に話すと、ワクさんは改めてボクの瞳を覗き込む。
「……ヒルコ君」
「はい」
「我々は今、同志を募っている。それも家族と言い換えても良いほどの絆で結ばれている同志を、だ。……必ず守る、なんて責任知らずなことは言えない。その力がまだ、決定的に足りていない。
だがそれでも言わせてほしい。我々の新しい家族になってくれまいか?」
ワクさんの表情は真剣そのものだ。少なくとも、その言葉に嘘はないように感じられる。
……家族、家族かぁ。
これまでの奴隷人生に、家族と呼べる存在など居はしなかった。居て欲しいとも思わなかった。奴隷の家族は奴隷だ。こんな境遇の人なんて、少ないに越したことはない。
けど今、この人はボクを歓迎すると言ってくれた。それはこれまでの人生で味わったことのない“他人からの好意”だった。
なんともいえない、暖かい空気がボクの全身を支配する。周囲に居る奥様方もニコリと笑って、得体の知れないボクを受け入れてくれるみたいだ。
奴隷としてではなく、人としてボクは必要とされている。
そう思うと、なんだか目尻より涙が沸いてくる。
もしかしたら、騙されているのかもしれない。初対面の人間を信用するなんて、馬鹿な行為なのかもしれない。
でもこの里の人は皆、とても優しい。
カヤさんは暖かい食事で、ボクが奴隷ではなく人間であることを思い出させてくれた。
ミカさんはボクを認めてくれて、ワクさんは家族として迎えてくれると言う。
「……はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
疑いなんて持つのも失礼だと、そう思った。不思議とすんなり受け入れられた。この里こそ、ボクが新たなに生きる場所なのだ。
そして何よりボクはまだ、人間という生物を諦めたくはなかったんだ。
「……ありがとう。では、何点か確認させてほしい。今、我々が隠れ里にしているのは北志国の最西端“八綿”の山中だ。麓には血川と呼ばれる大河の上流があり、その対岸には隣国である南志国がある。ここまでは良いか?」
「うん」
ワクさんの説明に、ボクはしっかりと頷く。
どうやらボクの生きるこの国は、“北志国”と呼ばれているらしい。北はともかく、“志のある国”とは何の冗談だろう。
「じゃあヒルコ。キミはどの辺りから逃げてきて、この里にたどり着いたと思う?」
机の上に広げられた絵図を見下ろしながら、ボクはこれまでの道のりと当てはめてみようと試みる。
けど、それは無駄な足掻きだった。なぜならボクは、今まで暮らしていた村が何処にあったかなんて考えたこともなかったのだ。したがって絵図に当てはめることなんて出来るはずもない。
あの日、あの時まで。あの村がボクの世界の全てだった。自分の住んでいるトコぐらい知っとけよと呆れられるかもしれない。けど一介の奴隷は勿論、たとえ支配者とて自分の土地を離れることなど滅多にない。
あるとすれば、商売のために港市へ向かう時くらいのものだ。
「わかんない、というより考えたこともない」
申し訳なさそうにボクは答えた。それでもワクさんは、根気良く付き合ってくれる。
「……そうだろうな。ならば質問をかえよう。キミが逃げている時、空に浮かぶ月は目の先にあったか? それとも背中にあったか?」
あ、それなら分かる。
「前、ボクは真っ赤な月に向かって逃げていた!」
ボクの答えに、ワクさんはしっかりと頷く。
「では血川を横断していないキミは、北志国の北東から南西の山中を逃げてきたということになる。真っ赤な月とは夕方、夜の直前に起きる現象だ。まるで真の暗闇が訪れるのを月が悲しみ、血の涙を流すかのようにね」
月明かりとは昼すぎにようやく顔をみせ、わずか数時間で姿を隠すものだ。
この世は殆どの時間が常闇に支配されている。完全に暗闇が晴れることなど決して無い。だからこそこの世は“夜海原の国”と呼ばれているんだ。
けれど、夕方の一瞬だけは例外だ。月明かりの淡い黄色が、完全な暗黒に変わる直前、この世は赤い月光に包まれる。
これくらいは奴隷であるボクでさえ分かる、この世の常識だ。
「つまりはキミが奴隷として暮らしていた村は、ここから北東にあるということだな。月というものは、常に南西にあるものだからね」
ほへ? そうか動かないんだ、月って。
注意して見ることもなかったから気づかなかったよ。常識だ、なんて言ってた自分がちょっと恥ずかしいね。
『………………あれが月、ね』
ん? 神様なにか言った??
『いや』
そう?
まあ、今は目の前の会議に集中しよう。
「ではこれより全体会議を始める。まずは今後の動き方だが――」
そうワクさんがきりだすが、皆の顔色はよろしくない。
この里の人々は近場から集まった人々ばかりで、都はおろか里から出たのも今回が初めてという人が多いのだ。
人数だって五十人にも満たない上に、男はミカさんとワクさん二人だけときた。
『これで革命を起こそうというのだから、ある意味たいしたものよな』
(にゃはは。やっぱり神様もそう思う?)
『提示できる案など、玉砕覚悟の特攻以外なかろう。そも、神の恩恵でもあれば話は別であろうが』
(それって、ボクなら何とかできるってこと?)
『無理とは言わんが、楽でもないな。なにせ圧倒的に時間がたりん。それより話をきちんと聞いておけ』
(――へ? あ、うん)
神様との会話に夢中だったボクは慌ててワクさんの言葉に耳を傾ける。これより話し合う議題が、一番の難題みたいだ。
「我々に残された時間は残りすくない。血湖にある港町“美好”にて行なわれる、あの悪名高き儀式が目前に迫っているからだ。
あの、悪名高き…………巫女送りの儀が」
最後までお読みいただきありがとうございました。
今回で、ヒルコ達の居る国や都市の名前がでてきましたね。
北志国(四国)、八綿(八幡)、美好(三好)。
そう、第一部の舞台は古代四国でのお話となります。
古事記や日本書紀に、四国の都市名は登場しません。なぜなら今はまだ、大国主が出雲に降り立つよりずっと前のお話だからです。
しかして人は神が生み出すことなく、何時からか各地に根付いていました。ならばそこには生活があり、街々の交流もあるはずです。
これからもこの北志国で、沢山の困難がヒルコ達を待ち受けています。
どうか現代の都市と混合せずに、暖かい目でお読みいただけると幸いです。よろしくお願いします。




