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第五話:あたたかいご飯は最高ですっ。

 飯テロ回です。誰が何といおうが飯テロ回です。

 案内された小屋は、お世辞にも家と呼ばれるものではなかった。

 床は土の地面に敷かれた(わら)だし、火の焚かれた囲炉裏だって大きめの石で囲っただけにすぎない。

 見上げれば数本の柱を天上で結び、横に沿わした枝の上に枯れ草を被せただけの質素な造りだ。


「ここも、いつお役人に見つかるか分からないからね。この家はいざって時に川を下るイカダの材料になるのさ」


 ボクの表情がよほど分かりやすかったのか、カヤお姉さんは先んじて教えてくれる。

 転々と拠点を移動するなら、手のかかる家は不要ってことかな?


『更にいえば、簡素であればあるほど敵に奪われても問題ないと言えるな。この程度の家屋ならば、支配者にとってはあってもなくとも違いなどない』


 なるほどなるほど。

 形ばかりは頷いているけれど、ボクの視線は囲炉裏に注がれていた。正確に言えば、パチパチと香ばしい音をたてて焼かれている竹串にささった魚に、だ。


「ふふっ、丁度食べ頃だね。そこの川で取れた岩魚(イワナ)だよ。さあ、子供が遠慮なんてするもんじゃないさね」


「いい――」


 の!? とまで口にするのも待ちきれない。ボクにとっては、それほどの誘惑を目の前の焼き魚は発していた。

 なにせ、奴隷のボクに与えられていた食事なんて生の豆か苦瓜くらいのもの。焼き魚が発するこうばしい臭いなんて嗅いだこともない。


 さっそく一匹を取り上げると、夢中で竹串の刺さった頭からかじり付く。


「くっ、くううううううぅぅぅっ。うぐっ、はふっ、はううっっ!」


 あまりの美味さに自然と唸り声や涙がこぼれ、思わず天をあおぐ。

 これこそ、人間らしい食事というものなのか。ホクホクの身は勿論のこと、内蔵(ワタ)の苦味さえ愛おしい。気づけば最初の一匹はすでに胃袋の中へと消えてしまっていた。

 すかさずボクは二匹目へと手を伸ばす。けれども、間際でカヤお姉さんの手に止められてしまった。


「あう……」


 思わず情けない溜息を漏らしてしまう。

 それがよほど面白かったのか、カヤお姉さんは笑いながら口を開いて。


「慌てるんじゃない、別に取ったりはしないよ。空きっ腹にイキナリ固いモノを詰め込んだら身体に悪いからね。二匹目は(かゆ)に混ぜてやるから少しお待ち」


 そう、言ってくれた。

 かゆ? かゆって、(かゆ)のことだろうか。

 あの村長一家しか食べることを許されなかった、イネを使ったあのっ!??

 驚愕の表情を浮かべるボクに、ニヤリとカヤお姉さんは微笑んでいる。


(かゆ)と言っても使うのは(ひえ)だけどね。ウチの幼馴染が育て名人なのさ。楽しみにしてなよ」


 言われるまでもなかった。すでにボクの口からは大量のヨダレが垂れている。

 暖かい食事というものは、これほど素晴らしいものなのか。これぞ、人間らしさというものなのか。

 先ほどまでの焼き魚から漂ってきた香ばしい臭いも良いけど、土器でぐつぐつ煮える粥の温もりもまた素晴らしい。


「待たせたね。ほら、煮えたよ」


 そう言ってカヤお姉さんは小さい椀によそい、ボクに差し出してくれる。

 そっと、椀を傾け口をつける。

 ……美味しい。これまでの人生における辛さも、この一杯を味わうためだと言われれば納得してしまいそうなほどの甘美さだ。

 トロリと溶けた(ひえ)の食感はやさしく、ほのかに甘く。それとは別に岩魚の身はホロリとした歯ごたえと味わいを残している。


 涙が止まらなかった。

 そして、この瞬間をいつでも味わえるなら何を犠牲にしても構わないとさえ思った。

 ボクはようやく奴隷から人間になったんだ!


「ハハハ、そんなに美味いかい?」


「―――っ!(コクコク)」


 夢中で粥を頬張り、声を出すのも面倒で首を縦に振ることで答える。


「そりゃあ良かった。この里はね、アンタのような奴隷を集め、世を変えるために立ち上がった人が作ったのさ。ミカっていうね。名は女っぽいけど、れっきとした男だよ」


 食事に夢中な僕はカヤお姉さんの話が半分も頭の中に入ってこない。

 それほどまでに、今はただ。


 この幸せを味わっていたかった。

 


 ◇



 はふはふ、はふはふ。

 はふはふん、はふふっ。


 これまで目の前の食べ物に夢中で気づかなかったけど、ボクの隣で同じく粥を頬張る女の子がいた。

 歳はボクよりだいぶ下だけど、幼い顔がカヤお姉さんと重なって映る。


「ウチの子だよ。名前はミイ、歳は四になったばかり。可愛いだろ?」


「こんにちわっ」


 可愛らしい声で挨拶をしてくれるミイちゃん。そういえばボク、自己紹介さえしていなかった。

 ようやく、腹もご機嫌を取り戻した頃合だ。これだけのご馳走をしてくれた御礼を言わなくては。


「ぷはっ、こんちにわ。ボク、ヒルコって言います。おいしいご飯をありがとう!」


 前半の挨拶はミイちゃんへ、そして自己紹介はカヤお姉さんも含めた二人へ対してだ。


「どういたしまして、今アタシはどうにも食欲がなくてね。食べ物を粗末にせずに済んで、逆に助かったってわけさ」


 カヤお姉さんはそう言って、朗らかに笑った。どこか具合でも悪いのだろうか。


「それより、アンタの名前はなんだい。ヒルコって、……もしや蛭の子で蛭子かい? なんて名をつけるんだろうね、親が生きてるなら説教してやりたいよ」


 確かにまあ、吸血蟲であるヒルは間違っても気持ちの良い動物じゃあない。

 自分では物心ついた頃からの名前だし、今更どうも思わないんだけど。初めて聞く人には思うところがあるみたいだ。

 そもそもボクには両親の記憶もないしね。


 そういえば、ボクの名は誰につけてもらったんだっけ? う~~ん、もしかして村長かなあ??


 そんな思案を始めようとしたのだけど、そんな暇もないみたいだった。

 なぜかと言えば先ほどボクを怪しんだ、ワクという男が入口に姿を見せたからだ。


「カヤ。お前の旦那、ミカが帰ってきたぜ」


「ホントかいっ!?」


 カヤお姉さんが嬉しそうな声で答える。

 どうやらミカという人は、カヤお姉さんの旦那さんらしい。


「すぐに集会を開く。どうやら進展があったようだ」


 けれども男の言葉で一転、険しい顔へと変わってしまう。

 どうやら、厄介ごとが出来たみたい。それも多分、ボクとて無関係ではないようなヤツだ。


(つかの間のお休みだったなあ)


 ボクは、心の中だけで深い溜息をついた。




 外に出て周囲を見渡しても、人影は見当たらない。

 先ほどまで、家事に忙しい奥様方がパタパタと走り回っていたのだけど。


『別に消えうせたわけではあるまい。ただ単に、里の中央にある広場へ集まっているだけよ』


 そう、頭の中で神様が教えてくれる。

 なるほど、そこに帰還した男達が居るってことね。そして、カヤさんの旦那さんであるミカさんも。

 ミイちゃんの手を握りながら広場へ行ってみれば神様の言う通り、これまで家事で忙しかった奥様方が輪をつくっていた。

 中央には鹿や獅子などの獸が四肢を木の棒に括りつけられている。あきらかに一人では持てない量だ。

 田でイネを作る世になっても、決して狩りをせずに生きてゆけるわけではない。人は肉を食わねば、力がでない生き物なのだ。


 広場の中央にそびえる大木が解体場だ。

 一人の男が大振りな枝に太めの紐を用いて獣を吊るし上げる。足首から順に皮を剥ぎ、臓腑を抜き取り、肉塊へと変えてゆく。

 大自然からの贈り物である獸に捨てる場所などない。肉は食料に、毛皮は防寒具に、骨は加工すれば様々な道具にもなる。

 そこまで見届けて、ボクは一つ大きな違和感に気づいた。


 あれ? 男、少なくない?

 

「――っ、おとうさん!」


 ミイちゃんが目当ての人物を発見し、声を張り上げる。

 違和感の正体はそこにあった。てっきり数人の男達で獸を仕留め、運び、解体しているのかと思えば。ひときわ背丈の大きい男が、一人で全ての作業をこなしていたのだ。

 

「おかえり、ミカっ!」


 同じくカヤ姉さんが嬉しそうな顔で駆け出す。やっぱりあの男こそが、彼女の旦那さんで、ミイちゃんの父親であるミカさんらしい。


「…………ただぃま」


 見るからに口下手そうな雰囲気をかもし出すミカさんは、消え入りそうな小声で奥さんの言葉に答えている。

 なにか、独特の雰囲気をかもし出す無骨さだった。

 働き者の証である日に焼けた太い腕も、短く刈り揃えられた黒い頭髪も、線みたいに細い目から除く意志の強そうな瞳も、今の世によくいる男のものだ。

 それなのに、なぜか。ボクの中の何かが、この男は特別だと告げている。


『ほう? ほうほうほうほうほぅお??』


 その証拠に、ボクの中に居る神様が面白そうなモノを見つけたと言わんばかりに声を張り上げた。


(神様、あの人を知ってるの?)と、心の中で問いかけてみる。


『いやいやいや。言うなら、会ったことはある筈だが知ってはいないというトコロだ』


(なによ、その謎駆けのような返事は。また神様は、奴隷頭なボクをからかおうとしてるでしょ)


『そうではないそうではない。むしろ相棒の成長に感心しておったのよ。ヒルコ、お前にはあの男がどう見える?』


(どうって、見た目はおっきいだけで普通のお兄さんだけど。

 なんだろう、あの人の周りだけ空気が暖かいような。うまく言えないけど、普通の人が決して持てない何かを持っている気がする)


 そんなボクの曖昧な答えに、神様はにやにやと笑っていた。顔なんて見えないけど空気がそんな感じだ。


『うむうむ、そのとおりよ。少しは敏感に察知できるようになってきたではないか。では、答え合わせといこうか』


(も~~、神様ってばもったいぶりすぎ! 何、なんなの?)


『あのミカという男、人間ではないぞ』


(へっ? どう見たって人間じゃん。

 頭があるし腕があるし、二本の足で立ってる。あれで人間じゃないなら、それこそ――。


 へっ? まさか? まさかのまさか??)


『うむ。あの男は我等の同族、…………神だ』

 最後までお読みいただき有難う御座います。

 ようやく主人公の幸せそうな描写が書けて、ある意味ほっとしている作者です。


 ちなみにこの世界は「とある理由で太陽というものが存在しません」。

 つまりは天から降り注ぐ光は月明かりのみで、それさえも昼過ぎから夕方までの僅かな時間でしかありません。

 もやしならともかく、こんな気候条件で稲が順調に育つわけもなく。それでも美味であることから、収穫された僅かな量を支配者が独占しているというわけです。


 それなのにカヤお姉さんは迷い子であるヒルコに、稗とはいえご馳走であるはずの粥を与えてくれました。粗末すぎる家屋に、高級品であるはずの飯。不自然ですねえ(笑


 この謎は一部の後半にて、説明される予定です。

 よろしければお付き合いくださいね。お願い致します。

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