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第四話:同じ奴隷でも仲間になるのは難しいというお話。

後半は少々、コメディちっくです。

 何時の間にやら、真っ暗闇の空からは雨という名の水滴が落ちていた。

 ボクの伸ばしっぱなしで黒く汚れた髪は湿り気を帯び、うなじから肩、背中から腰へと貼りついてしまう。それを片腕で乱暴に振り払いながら、一心不乱に駆け続けた。


 はしって走って、もうどれくらいの時間が過ぎたのかさえ曖昧で。


 それでも山中の獸道ですらない藪をかきわけ、ただひたすらに逃げる。

 普通の道はもうダメだ。もうすでに副村長の手が及んでいるだろうし、ヒトの作った道はあくまで、ヒトの街とヒトの街を繋ぐものだからだ。その行く先に、人の街に奴隷であるボクの生きる場所はない。

 

「はっはっはっ、――――はぁ! ボクは死にたくない。死にたくないし、殺したくもないんだっ!!」


 ボクの身体には今、神様の祝福が宿っている。

 それなのになぜ、ボクは息も絶え絶えに苦しそうなのだろうか。なぜ、こんなにも悲しいのだろうか。

 これだけ走っても疲れはなく、あれだけ村長のムチにぶたれた背中も、嘘のように何ともないのに。

 ボクは思う。これは多分、身体ではなく心が悲鳴をあげているせいだ。


「神様に言われたからって、そんな簡単には変われないよ……っ! 暴力が、人殺しが、良い事だなんてっ」


 昨日、神様に言われた言葉が頭の中で永遠と繰り返される。

 高天原に住まう神様が創った法は一つだけ。

 それは、弱肉強食。

 強き者が弱き者を従えるのは正義で、弱い者は強い者に何をされても文句は言えない。それこそが神が定めた絶対の法なんだと。


 その法による恩恵はただ一つ、それは“種の保存と繁栄”。

 ヒトという種がこの先もずっと残り繁栄するためには、強者が生きて、弱者は死ななければならない。

 そしてボクは、せっかく神様に新しい左手と丈夫な身体を貰ったというのに。

 どうしようもなく、情けないほどに弱者だった。




 永遠に続くかと思った藪も何時しか抜け、気づけばボクは開けた川岸に辿り付いていた。見渡せば、それなりに広い川であることが分かる。

 続いてボクは、自分の身体を見下ろしてみる。神様にもらった頑丈な身体は鋭利な枝も草葉も問題にせず、あれだけ藪の中を進んできたというのに肌にはカスリ傷一つ無い。

 その代わりに、ただでさえボロボロだった奴隷服が、もはや服の役割すら果たさなくなりそうほどにまで変わり果てていた。

 川の辺りで流水をすくい、汗と涙でぐちゃぐちゃになった顔を清める。


『……少しは気も落ち着いたか?』


 これまでの道中、まったく話しかけてこなかった神様がボソリと話しかけてきた。

 いつの間にか、あれだけ振り続けていた雨もやんでいる。


「ボクには、出来ないよ」


 そして今の正直な気持ちを打ち明けた。


『何がだ、自由に生きることか? それとも他者を殺し、踏みにじる支配者となることか?』


「どっちも! ボクはっ、これまで奴隷だったんだよ!?」


『奴隷根性が染み付いているというヤツか』


「――っ」

 

 神様は、ボクの痛いトコロを迷いなく突いて来る。


『いいか、何度でも言うぞ? 何をためらう、何を迷う。ただ心のままに生きることが、なぜそこまでの悪だと断ずる』


「…………そんなの、ボクが一番聞きたいくらいだ」


 ハァと、大きな溜息が聞こえる。

 落胆して当然だ。神様は乗り移る相手を間違えたんだ。何だってボクみたいな奴隷に降臨しちゃったんだか。


『ヒトという種は、この大地で一等特別だ。支配者であろうとも、奴隷であろうとも。ヒトに生まれでただけで、優遇されておる。……足元を見よ』


 ボクの足首に、(ヒル)がいる。

 何度も何度も足首に噛み付こうと試みるが、神様の祝福を受けたボクの身体に傷をつけることは叶わない。それでも蛭は挑戦をやめようとしなかった。


『ほとんどの生き物は本能のみで生き、自我を持たん。教訓を得ることなく失敗を繰り返し、無駄な足掻きに命を費やす。

 教訓を得、失敗の果てに成功を掴み取るは神とヒトにだけ許された特権だ。相棒、ヒルコと言ったか。今のお前は、そう言う意味ではヒトですらない。この蛭と同じ、畜生と何ら変わりないイキモノと言える』


「…………」


『悔しいか?』


「――っ! あたりま――っ」


『その激情すら、神と限られた生物だけに許されたモノだ。ヒルコ、お前は人だ。せっかく人として生を受けたのだ。今のままではもったいないぞ』


 神様はなおも語り続ける。


『誰よりも喜べ、誰よりも怒れ、誰よりも哀しめ、誰よりも楽しめ。喜怒哀楽の全てを表にだし、精一杯この世を生き抜いてみせろ。人は神と違い、どうせ三十年にも満たぬ一生だ。一体誰に遠慮する必要がある』


「………………」


 ボクは反論の余地もなく沈黙してしまった。言うまでもなく、神様の言うことは正しい。そしてきっと間違っているのはボク。


 でも、それでも――。


『これだけ言ってもまだ分からぬか。まぁ、よい。この先、俺の言が正しいと証明される機会もあろう。まずは進むが良い、この先に人の集落があるぞ』



 ◇ ◇ ◇ ◇



 まるで人の手がはいっていない、原生林に包まれた山々。

 先ほどの川へ流れ込む支流の一つをさかのぼった所に、神様の言った農村は存在した。

 丸太を組み、枯れ草を被せただけの粗末な家は軒数にして十件ほど。背の高い川草の隙間から覗けば、奥様達が小川で洗濯をしているところのようだ。


『なんとも、寂れた村だな』


「うん」


 今回ばかりは珍しく、神様と意見が一致する。

 と同時に、ぐうぅ~~っとボクのお腹が悲鳴をあげてしまった。そういえば村から逃げ出してこの方、何も胃袋に入れていない。

 そんな事実を思い出すと、途端に家のある方向から登る炊事の煙にも目がいってしまう。


「………………(ゴクリ)」


 思わず喉が鳴る。


『今の相棒なら、強奪など容易いぞ? その左手に宿した剣を顕現(とりだ)し、ただ眼前へ突き出すだけで良い。さすれば相手は、心よく食事を差し出してくれるだろうよ』


「それは、強盗っていうの」


『これもお前のいう“悪いこと”か。……やれやれ』


 またもや神様の呆れた声。

 ボクは思わずムッとして、反論をこころみた。


「無理矢理じゃなくて、お願いして分けてもらえば――」


 けど、これだって神様の却下がくだる。


『それこそありえん。あの村人達がなぜ、これほど辺鄙な山間部で暮らしていると思う。アヤツらはおそらく、お前と同じ境遇の者達だ』


「ボクと、同じ? それって、奴隷ってこと??」


『それも十中八九、主の下から逃げ出した、な。つまりは迫害の苦味を知る者達だ。知らぬ者を歓迎するとは思えん』


「確かに、ね」


 ボクだって突然、顔も知らない誰かが村にやってきたら警戒する。

 腰が低ければ低いほど、無害を装うほどに怪しく思うだろう。


『脅し、奪い。力をもって支配すれば、話は単純ぞ。……が、それは嫌なのだろう?』


 そんな言葉に、ボクは心の中で頷く。

 神様は空気を呼んでくれたようだった。


『なら、当たって砕けるほかあるまい』


「うん」



 ◇



『だからって――。まさか正面から、コンニチハと訪ねるか!?』


 ボクの身体は今、麻紐がぐ~るぐる~の、ま~き巻きな状態になっている。


(だってだって、神様が女子供しかいないって言うからぁ)


『お前とてまだまだ、その範疇に居る子供ではないかっ! いくら俺の祝福があれど、素手なら数が勝敗を決めるとなぜ分からん!?』


 痛いイタイ、耳が痛い!

 音にならない神様の怒号が頭から鼓膜を突き破り、外へ漏れそうなほど響いてるっ!?

 ボクが何をしでかしたかは、もうだいたい察しがついているかと思うけど。


(この世はまだまだ、正直者が馬鹿を見る時代なんだね。ぐすん)


『正直者ではなく、愚か者と言った方が正しいな』


 あう、神様がいじめるぅ。

 そんな一人芝居を不審に思った男が、ジロリと見下ろし。って、男いるじゃん!


「大人しくしていろ、侵入者め」


 いえっ、侵入者じゃなくて来訪者なんですけどっ。


「言え、どこでこの隠れ里の場所を知った?」


 まったくの偶然、なんだけど。


「大人しく吐け、こちらとしては口封じに殺しても構わんのだぞっ!」


 乱暴にすぎるよっ!?

 とは、さすがに口に出してはいけないよね。そんなことをしたら更に怒らせちゃう。

 しばらくは大人しくして、ボクに敵意がないことを示さないと。


『おそらくは、それだけでは不十分だぞ?』


(え、なんで?)


『良い機会だ。その奴隷根性の抜けぬ頭で考えてみるが良い』


 神様は応えてくれず、ボクは混乱するばかり。

 でもでも、その前に。

 ボクの中に潜む、もう一匹の厄介なヤツが再び目を覚ましてくれやがったのです。


 ぐ~~~~~~…………。


 空気を読まず、盛大に鳴き声をあげてしまうお腹の虫。村から逃げ出してからこっち、何も食べていないゆえの惨劇。

 さすがの神様による祝福も、空きっ腹には対応してなかったのです。


「……おなか、すいた。なにか、たべ、させて……」


「…………」


 ボクの周囲を取り囲んだ皆さんは、目をまん丸にして、このお間抜けすぎる侵入者を見つめている。

 それにボロボロなボクの奴隷服をみて、恰幅の良いお姉さんが助け船をだしてくれた。


「ねえ、よく見ればまだ子供じゃないか。それぐらいにしておきなよ、ワク。それに、そのボロボロの服……」


「まぁ、確かにどうみてもお役人には見えねえけど。良いのかよ? ミカの許可を得ずに里へよそ者を入れちまって」


 それでもワクと呼ばれた男は、判断に迷っているようだった。どうやら里の長は外出中のようだ。

 でもよく見れば、彼等だってお世辞にも上等な服とはいえない姿だし。

 ボクはここぞとばかりに、捨てられた子犬のような、うるうるとした眼差しを男達に注ぎ込む。


「……………………」


 じ~~~~~………………。。。。。


「……………………うぐっ」


 うむ、効果はあるみたい。

 更にお姉さんの援護こうげきっ。


「アタシらは何のためにこの里を作ったのさ。それこそ、こんな子供奴隷を一人でも救うためだろう!? ミカが帰ってくるまでは、アタシが面倒みるからさ」


 お姉さんの剣幕に、男達は逆に気圧されている。何時の時代も女性は強いのだ。


「わかった分かった! アンタに任せるぜ、カヤ」


 どうやらボクを庇ってくれたお姉さんはカヤって名前らしい。


「あいよ。まったく、いい大人がこんな子供一人になに怖がってんだか」


「こわっ、怖がってねえ!」 


 とりあえずは、助かった。の、かな?

 ふぅ、やれやれ。これだから今の世ってやつは。と、ボクはこれ見よがしに心の中でため息をつく。

 これがボクの、コレまでの人生で編み出した得意技だ。世の中には、子供の奴隷を哀れんでくれる奇特な大人だって居なくは無いってことだね。

 まあ、大抵は通じないけど。相手が女の人だったら、もしかして? くらいのものだけど。

 とりあえず今は、無事と成功を神様とお姉さんに感謝しよう。

 って、ボクには神様が憑いているんだけどね。

 

 というわけで。

(なんとかなったよ、神さまぁ)と、声をかけてみる。


『………………お前、意外としたたかだな』


 返事は、神様の呆れ声だった。


 きこえな~い。


 奴隷には、奴隷なりの生き方ってものがある。


 つまんない意地で、ボクのお腹はふくれないんだからねっ!

 最後までお読みいただきありがとうございました。

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