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第三話:良い事って、正しさってなんだろう?

今回のお話は少々グロいです。流血等が苦手な方はご注意ください。

 ボクのような奴隷に、人生の転換期などやってこない。

 ずっとそう思っていて、それは間違いのない事実で、冷たい現実でもあった。


 半年に一度。村長は、外部の街との食料や情報交換を行なう義務がある。それは義務であると同時に特権でもあった。他の村人は外への興味など持たない。持っては、いけない。

 村長付きの奴隷だったボクは、荷物持ちとして近くの港町に連れて来られる時もあった。そこでは似たような境遇の子も沢山みる。

 年上も、年下も両方だ。

 なかには、もうお爺ちゃんのような歳になっても鞭を打たれている奴隷さえいた。よくあの年齢まで生き延びたものだと、逆に感心してしまうほどだ。

 今思えば、アレはボク達のような子供奴隷に見せるつけるためだったのかもしれない。


 希望など、持つなという――。


 だからこそ、現実に戻っているのか、それともまだ夢の中にいるのか。

 ボクは今という瞬間を受け止めきれずにいた。






『薄汚い土蜘蛛が、俺の依代(モノ)に鞭をうつか』


 昨日までなかった自身の左腕がとつぜん持ちあがる。

 手の中には神剣があり、それが振り下ろされようとしているようだった。

 回避でもない、防御でもない。これは殺意のこもる一閃なのだと悟った時。


 ボクは、


 いや。ボクの奴隷根性は、意外な行動を。


 いやいや。ボクの奴隷根性は、まっこと分相応な行動をとってしまっていた。


「――――やめてっ!」


 勝手に動こうとする神の左手を、右手で抱きかかえるように抑えつける。

 当然のごとく、頭の中には神様から苦情が殺到した。


『なぜ止める!? お前はもう、この俺という神を得た。このような薄汚い土蜘蛛に従う必要などないと、言っただろう!』


 確かに、そうなのかもしれない。

 でも、此処に連れて来られてからの八年という月日が、ボクの脳天から足の指先にまで、奴隷根性というものを染み付かせてしまっていた。

 それに村長とこの村がなければ、僕が今まで生きてこれなかったのも確かな事実で。

 そう、決して村長が悪いわけじゃない。

 悪いのは、ボク。この厳しい世界で、弱者になってしまったボクが一番悪いんだ。


 対面の村長に神様は見えない。

 きっと反抗しそうになって腕を振り上げたボクが、怖気づいてしまった風にうつったことだろう。

 こめかみに青筋を浮き上がらせ、瞳に憤怒の色を見せ。

 地に膝をつき、額を地面にこすり付けてうつむくボクの背中に、いつもより激しい衝撃が降りかかる。ビシリという焼けるような衝撃。これはムチだ。

 続けて髪を掴まれ無理矢理顔をあげられると、左頬に馴染みの固いモノがブチ当たる。ソレは、村長の拳だ。


「これ、までっ!」


 抵抗なく再びうつ伏せに倒れこんだ僕の後頭部へ、これまたお決まりの衝撃が襲ってくる。村長の足の裏だ。


「誰が孤児のお前を、」


 反抗した罰を受けるのは、久しぶりだなあ。

 そういえばこの村に来た当初は、なぜ奴隷(ボク)がこんなにもひどい目に遭うだろうって随分抵抗したっけ。


 死んじゃうかもなあ。

 ボクはそんな未来を、まるで他人事のように予想する。

 でも、元々が生きる意味さえ見出せない人生だ。これ以上苦しみを味合わないというなら、死というのも幸せなのかもとさえ思う。


 でもでも、どうやら。

 今のボクには、死という逃げ道すらないらしい。


「育ててやったと、おもっとんじゃああああああっ!!」


 …… …… …… ……。


 ああ、ホントにボクは神様になっちゃったみたいだ。


 だって、


 昨日まであんなに痛かった村長の暴力が、


 今では蚊に刺されたほどにも、感じないんだから。



 ◇ ◇ ◇


 

 形だけでも地面に這いつくばったボクを、しこたま足蹴して。

 ようやく村長の癇癪にも一息ついたようだった。

 別に何と言うこともない、いつもの光景だと言ってしまえばそれまでだ。


 ただ一つ、いや二つ変わった点があるとするなら。

 倒れ込んだボクの身体に昨日までなかった左腕が生えていて、その手にはこんな寂れた村に決してあるはずのない、神々しく黒光りする鉄の神剣があることくらいだろう。

 村長のギョロリとした目玉が、目ざとくソレを見つけ出す。


「……ヒルコ、お前。なんで左腕が生えてやがる? それに、こんなモノを何処から盗んできた?」


 最も知られてはいけない事実に気づかれ、ボクはビクリと背中が跳ねてしまう。

 先ほどまではボクを痛めつけるのに夢中で気づいていなかったみたい。

 鉄とは、神の鉱物と言っても差し支えないほどの貴重品だ。

 海の向こうからしか手に入らず、鍬の刃先にすれば楽に土を耕せ、ノミにすれば簡単に木を削れる。そして剣にすれば、支配者の地位に立つことだって夢じゃない。

 それくらい、奴隷のボクだって知っている常識だ。

 同時に、間違っても奴隷であるボクに似つかわしいモノじゃない。

 その証拠に、神剣を見つめる村長の表情からは、欲という一文字がハッキリと見てとれる。


 けどそれは人間である村長にとっても、分不相応な一品だった。


「ワシは、ヒルコという盗人からソレを取り戻すだけじゃ。本来の持ち主が現れるまでは、ワシが預かっておかねば……」


 口ばかりの言い訳を盾に、村長はボクから鉄の神剣を取り上げようと手を伸ばしてくる。

 無骨な手の平が、視界の全てを埋め尽くす。

 もはやボクが「無いはずの左手で、なぜ剣を握っているのか」という現実など思考の隅にも無いようだ。

 それが、身の丈に合わぬ欲望を叶えようとした。俗物の末路となることさえ知らずに。


『力を失っておるとはいえ、人間無勢が神剣:天叢雲に触れるなど罰当たりにも程があるぞ。身の程を知れぃ」


「……えっ?」


 驚きと疑問が混じった言葉は、村長の口から出たものじゃない。

 頭の中で放たれた神様の言葉に、ボク自身が驚いた一人芝居だ。そもそも今の村長には声を出すことすら不可能だ。

 今度は止める暇すらなかった。

 音すら聞こえることはなかった。


 ボクの意思を無視して動いた左腕は、まるで水を斬ったかのように。


 すぱりと、村長の左腕を斬りおとしてしまった。




『相棒と同じ境遇になれば、少しは気持ちを理解できよう』


「……プひゃェ?」


 村長の返事は、もはや言葉という代物でさえなかった。

 なぜなら村長の左肩は、真っ赤に滲む肉に包まれた骨の断面を風に晒していたからだ。

 その調子はずれな音は、肺から出てきた息が声になることなく吐き出された副産物に違いない。


「ぎゃあああああああああああっ!!」


 周囲に村長の絶叫が木霊する。

 それは死に至る傷だった。生まれながら左腕がないボクとは違い、新たな隻腕となった村長は大量の血をボタボタと地面に垂れ流す。


「かみさまっ!」


『案ずるな。お前の希望通り、この土蜘蛛は死なん。いや、死ねんの間違いかの? これぞ神の奇跡というやつよ』


 この世において死とは、ある意味の救いだ。痛みや苦しみから解放されて、楽になれるのは死ねるからだ。

 でもボクは村長が死ぬのを嫌がった。


 その結果が今、目の前にあるんだ。


『その傷は永久に癒えぬ、血は永久に固まらぬ。だが決して、その身体から失われることもない。不満足な身体で永久の痛みを、苦しみを楽しむがいい土蜘蛛。そうさな、万回謝罪を繰り返せば相棒の気も変わるやもしれぬぞ?』


 不思議な光景だった。

 肩口から切断された傷口に、時がまき戻るかのように地面へと流れ落ちた血が戻ってゆく。

 流れては戻り、流れては戻る。傷口と地面の間を、ぐるぐると血が巡っている。確かにこれで失血死することはないだろう。


 でも、これじゃあ死よりもなお恐ろしい。


「あ、ああ……」


 事実を現実と認識すると共に、ボクの体がブルブルと痙攣し始めた。

 たとえ、ボクの意思じゃなかったとしても。


 この惨状は、ボクの望みが叶った結果だ。その事実に心がいっぱいになる。


「ああああああああ……」


 なぜボクは、目の前の村長にいい気味だと思えないのだろうか。

 なぜ人殺しは許されざる大罪だと思い、悪いことで、いけないことだと信じて疑わないのだろうか。


 なぜ、ボクはっ。


『なぜ震える、なぜ涙を流す。望みどおり、殺してはおらんではないか。それにお前はこの男を憎んでいた、それは間違いのない事実のはずだ』


(でも、悪いことだ)


『身に迫る牙を躱し、折ることの何が悪い』


(罪だ)


『罪、それはつまり法か? 誰が決めた法だ。我、須佐之男は神だ。ゆえに教授してやるが、神が世界を縛った法など一つだけよ』


(それは?)


『弱肉強食、この四文字以外にありはせぬ。生きとし生けるものは、強者が弱者を喰らうことにより繁栄するのだ。その連鎖の結果が、進化を続けた今である。少なくともこの十万年、俺は天上より見守ってきた進化の歴史はそうであったぞ?』


 周囲の森が、ザワザワとざわめいている。

 どうやらボクの中に居る神様は、この惨状が正しいと言っているようだ。

 なら村長が、これまでボクを虐待していたのだって正しいし、今、村人達が村長を傷つけたボクを狩るべく包囲網を作っているのも正しい。


『一難去って、また一難というヤツよ』

 

 神様になった恩恵だろうか。周囲の森に隠れた村人達が、それぞれ武器を手に突入の指示を待っている。そんな危機を、ボクは簡単に察知できた。

 村長を悲鳴を聞いて、何事かと駆けつけてきたのか。それとも副村長もまた、村長の座を得るべく機をうかがっていたのか。


 自分のしでかした事態を受け入れられず、ボクは呆然と立ち尽くす。森の中から出て来た副村長は、おもむろに口を開いた。

 けどその言葉には怒りがなく、それどころか降って沸いた好機に歓喜してさえいるようだった。


「ヒぃるコぉ、お前は育ての親にとんでもないことをしてしまったなぁ?」


 村人達は、村長の常識ではありえぬ惨劇に言葉もない。

 だが副村長だけは、口元が歪んでいた。


「もう村長は呪い付きだ。もし助かったとしても片腕の不能に長は務まらん」


 この村は指導者を失った。

 いや、支配者を失ったと言った方がいい。

 ならば次の支配者を決めなくてはならない。


「ならば仕方ない。副村長である俺が、代わりを務めるほかあるまい?」


 これは副村長が村長になるための通過儀礼。

 神様が教えてくれた弱肉強食の法によって決められ、己が一番の強者であり、支配者であると示す儀式。

 新しき村長はその事実を、ボクだけではなく連れて来た村の男達にも示している。


「では、村長としての初仕事だ。仲間殺しは俺達の村で一番の罪。前村長に刃を向け、殺そうとした奴隷:ヒルコを。今、ここで断罪する!」


「ひぁ、ああ…………」


 ボクの喉は言葉を紡げなかった。

 いくら丈夫な身体を手に入れようとも、いくら立派な剣を手にしようとも。


 ボクの心が奴隷のままでは、何の意味もない。


 頭の裏では神様がボクは叱咤し続ける。


『軟弱な心を捨て、悦楽のままに動け! 弱き者を喰らうは善だ。強き者が生きねば、種としてのヒトは栄えられぬ。これは、神が認めた“良いこと(せいぎ)”なのだ!!』


 けれどもボクにはそれが、雑音程度にしか聞こえていない。

 

 たしかに確かに、神様の言葉は正しいのかもしれない。

 そしてボクは、どうしようもなく間違っているのかもしれない。


 でも、それでも。


 ボクの心は、自分自身を罪人だと認識しつづけた。

 最後までお読みいただき有難う御座いました。


 今回は神様と人間の見解には相違があるというお話でした。

 この辺りは各々で様々な意見がある議題かとは思いますが、作者としては神様とヒルコどちらにも言い分があると思っています。


 人には慈悲の心があります。たとえ相手が弱者であろうとも「情けの心」持てるのは人間だけでしょう。しかしてそれは、甘さとも表現できます。


 一方の自然界ではどうでしょう。自分が生き残るため、家族でもなければ優しくなどできません。もし「情けの心」など持てば飢えて死ぬか、己が肉となるかのどちらかでしょう。


 己の糧とするならば、命のやり取りはあって当然です。

 命の殺生をした結果、それが罪で死後に地獄に落ちるとしたら。人間を含む生き物の全ては地獄行きに違いありません。

 なぜなら生物とは、他の命を糧にして生きるよう「神様に造られてしまった」のですから。ベジタリアンだからって理屈も通じませんよ? 野菜だって精一杯生きているのですから。一度でも畑を作った経験のある方ならば理解していただけると思います。


 とまあ、ぐだぐだと作者の宗教観を書き連ねてみましたが如何でしたでしょうか。皆様のご意見も参考にさせていただけると嬉しいです。


 それではまた明日!

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