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第二話:神様はすごいぞ、えっらいぞ!

サブタイトルと内容の空気に差があるのは仕様です。

 目が覚めると、東の空は月明かりを燈し始めていた。

 一日の半分の、その半分もない昼が始まろうとしている。

 また新しい奴隷の一日が始まると言い換えてもいい。もう少しで小鳥達の大合唱が聞こえてくるだろう。

 奴隷のボクに仕事へ向けて準備する道具なんてない。すべきは精々、ムチを打たれる心構えくらいだ。

 朝食? 村長じゃあるまいし、そんな贅沢できるはずもないでしょ。

 ボクみたいな身分(どれい)は一日一食が当たり前。

 欲張りをすれば、食べ物の代わりに怒鳴り声とムチをもらうだけだ。ボクは苦笑しながらも独り言を呟いた。


「最高の朝ごはんは諦め、なんて言ったらまたムチで打たれちゃうかな」


『なんだ、腹が減っているのか。ならば森で実を採るなり、獸を狩れば良かろうに』


(そんなこと言っても、狩りに使う得物が無いんだよっ。そもそも奴隷に武器を持たせる主人なんて要るわけがないでしょ)


『お前こそ何を言っている。では、その左手に握られているモノはなんだ?』

 

(何って、キミこそ馬鹿にしてるのかっ?

 ボクは生まれつき、左腕なんて……。

 

 存在、しない。……んだか……ら?)


「ん?」


『ん?』


「何か、変」


『何が変だと言うのだ』


 右じゃない。変なのは左。

 更に言うなら、あるはずのない。その先――。


「左肩が、ある?」


『あるな』


 更にその先。


「……左腕がある」


『だから、それの何が変だというのだ』


 いきついた先端にある、指の数を数えてみるボク。


「指が五本じゃない、十本ある」


『両手を合わせればそうであろう。幼子でもできる数えだぞ?』


 それだけじゃない、あるはずのない左手に握られているのは――。


「昨夜、田で見つけた。……鉄の剣?」


『今はまだ、な。それでも切れ味は十全だ。要らぬ時は消しておくことさえ出来る。ほれ、消えろと念じてみぃ』


「ほ、ほんとに消えた…………」


 鉄剣が消え去ったことではっきりと見えてくるものがある。それは、生まれて初めて見た自分の左手だった。

 今まで酷使してきた右手とはちがって、泥やあかぎれもなく。細くて、真っ白な指で、透き通るような爪がついてて。本当に、自分の手ではないようで。


『再び権現させることも自在よ』


 言われた通りに再び念じれば、左手の中には神秘的な装飾の施された黒光りする鉄の剣が戻ってきた。


『このスサノオ本来の神剣では相棒に合わぬでな。腕共々わざわざ細く、小さくしてやったというワケよ。ありがたく拝領するがいい』


「……あう、…………うえ、ええぇ…………」


『なぜ泣くっ!?』


 得意満面な演説も耳に入らず、ボクの瞳は突然の激情を受けポロポロと涙をこぼした。

 その理由は決して、自分に見合わないほどの神剣を授かったからではない。これまでどれだけ渇望したか分からない左手を得たからだ。

 物心がついた時にはもう、ボクの左上半身には何も生えていなかった。

 最初はそれが普通だと思っていたし、疑問にも思わなかった。


 そんな自分がおかしいんだと気づいたのは、初めて他人というヒトを見た時。

 この世で生きるためには、食べ物を得るため働かなくてはならないと知った時。

 暴力が支配する世界で指が五本しかない、腕が一本しかないという異端は許されなかった。罪でさえあった。

 どれだけ力を振り絞っても、片腕が両腕に敵うわけがない。ボクはそんな現実に打ちのめされ続けてきた。


 でも今、ボクの左肩には腕がある。


 それがこんなにも幸せだなんて!

 感涙に打ちひしがれるボクは、すぐさまもう一つの異変にも気づいた。


「…………」


『どうした、感激のあまり声も出ぬかっ! まあ、このスサノオにかかれば造作もないことよな。ハッハッハ!!』


「ねえ」


『ん?』


「キミ、だれ? なんで、ボクの頭の中で喋ってるの!?」


『スサノオという(かみ)の名を忘れたか? なに、人と神は元々一つというではないか。それを実践したまでのことよ』


「かみっ、かみさまっ??」


『崇め奉り、栄誉に打ち震えるがよい。お前はこれより、神の依り代となるのだからな』


 目の前が、違う意味で真っ暗になる。

 どうしよう、ボク。

 出来損ないの奴隷から、神様に進化しちゃったみたいだ!



 ◇ ◇ ◇



「ほへ~~~~…………」


 突然の出来事に、ボクの脳内はポワ~ンと放心状態。どうにも働く素振りを見せてくれない。

 本当はもう田(予定地)に行って、鍬を振り回してないといけないんだけど。


『何をかくそう、俺の左腕は万力をうみだす神気が宿っておるからして……』


「…………はぁ」


 まったく反応しないボクを放置して、諸悪の元凶(かみさま)は頭の中で、さも得意げに演説を繰り広げている。

 

『ゆえにお前の成長に合わせて長く、太くしたとしても、何の不都合もなく……』


 も~。うるさいなあ、他人の頭の中で好き勝手しないでよぉ。

 もうちょっと、この感動をゆったりと味わせてほしいんだけど。

 こっちは物心がついてからずっと、叶わずとも願い続けていた想いが実ったんだから。


『更にその剣は、お主の性質を得て特異な進化を遂げており――――』


 ボクは何度も、なんども。

 新しい手の存在をかみしめるかのように、握ったり広げたりをくりかえし。

 そのたびにニヤニヤと、口元が緩んでしまう。

 これでボクはもう、出来損ないじゃなくなった。村の皆となんら変わらない“人間”になったんだ!


『おい、聞いておるのか相棒』


 両手で(くわ)を持つ事だってできるし、


『おい、


 山菜を摘むのだって片腕で抱えながら沢山とれる。ああ、なんてすごいことなん……。


 ――相棒!!』


「ひやぁい?!」


『貴様、俺の言葉が聞こえんのかっ!?』


「いきなり頭のなかで大声ださないでよ、もう。で、なに?」


 幸せを噛み締めるひと時を邪魔されたボクは、面倒くさそうに聞いてみた。

 すると、この神様は更に変なことを言い出したんだ。


『お前の身体を使わせてもらう代わりに、我が神力をもって願いを叶えてやろうと言っておるのだ!』


 そう言われて、ようやくボクの頭が働きだした。


「……ふえっ?」


『ふえ、じゃない。呆けすぎじゃまったく。ほれ、人であるのなら欲の一つも持っているであろう。女か? 金銀財宝か? それとも権力か? 神である俺なら、それも自在よ。好きに申してみぃ』


「そんな、こんな立派な左手をもらっただけで、ボクは」


 逆にボクが、何でも命令を聞かなければならない立場に居るんじゃないだろうか。

 この神様は、とっても偉そうなだけあってボクを救ってくれたんだ。

 それに、そっか。ボク神様になっちゃったんだっけ。ん? 神様??


「ええええええっ??」


 ボクが神さまぁ!!?

 今のボクを他の人が見たのなら、一人で喜び驚く変人に写ったと思う。

 なにせ、会話の相手はボクの身体の中にいる神様なのだ。


 その証拠に、ほら。

 いつの間にか目の前にいる村長は、ボクが何をしているのか理解できないみたいだ。


 ……あれ? 目の前に、いる?


「ヒルコォ! ま~だ、田に行ってねえのかこの愚図はっ!!」


 ビシリという音が響き、村長の右手にあるムチが地面を弾く。

 夢見心地な頭に、冷や水をぶっかけられたかのようだった。

 まるでここまでの出来事が夢で、現実に戻って来たかのようで。

 条件反射のように身体が跳ね、村長の命令に従わなければという奴隷根性が表に出る。

 ボクは反射的に、


「は、はいっ。今す――――」


 ぐ、向かいます。と口を動かそうとした。

 だけど、す、のあとの、ぐ、がどうしても口から出てこない。

 その原因は、先ほどまでボクに夢を見せていた神様だ。


『馬鹿か、お前は』


(……えっ?)


『馬鹿か、と言ったのだ。神の依り代となったお前が、こんな初老に恐怖する理由がどこにある』


 ぷっ。

 そりゃあ確かに、最近の村長は白い毛の方が多くなってきたけども。

 こんな状況なのに、ボクは「初老」という村長を的確に表した言葉が面白くて笑いそうになってしまう。

 しかして村長から見れば、ただ単にボクが口元をゆがめた事実しか分からない。

 ぷるぷると、ムチを持つ手が震えているのが視界の隅で見てとれた。


「儂を、村長たるこの儂を馬鹿にしとるのかっ!」


 これまで従順な奴隷だった子に、僅かなりとも反抗され。

 元々短気な村長は、顔を焚き火のごとく真っ赤にしながら怒った。

 すぐにムチの痛みが、ボクの背中に襲い掛かるだろう。


 でも、今日はそんな日常がやってこなかった。

 いや、少しばかり未来のことを語るなら。そんな日はもう、未来永劫やってこなかったんだ。

 最後までお読みいただきありがとうございました。

 古事記や日本書紀に描かれた物語というものは、意外と丁寧に紡がれているようでいい加減です。

 いうなれば、前半は神様達の短編物語集というべきでしょうか。後半は天皇家の血筋に移り、それなりに詳しい物語となるのですが。


 そんなわけで、この物語では前半の神様達を主軸にしてお送りしております。

 西暦で言えば300年から400年あたり、ようやく稲作が始まって鉄が朝鮮から伝来するあたりです。

 途切れ途切れの神話物語を、私の想像で紡いでゆくこの物語。ゆえに古事記にも日本書紀にもこんな物語は存在しませんので御容赦を(笑


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