第二十八話:神吸い蛭の願い(その5)
ついにその5です。どこまで続くのか作者にもわからなくなってきました。まさか10まではいくまい、多分。
……後に、タイトルを変更するかもしれません(泣
大御神の裁きとも言える誓約は、一つの結末をみた。
本来、誓約とは善と悪を裁くものではない。お互いの心が曇りなく輝いているかどうかを確認するためのものなのだ。
ん? 似たようなものだろう、とな?
いやいや。それがまた、まったくの別物と言っていいくらいに違うのだ。
なぜなら善とは、大御神が定めた法に従う者を指す。対として悪は大御神に背いた咎人を指す。
つまりは我が親神である大御神を崇めることこそ、善なのだ。その善なる心が曇っていようがいまいが、善は善なのである。
では誓約の存在意義とはなんなのか? なんのために歪んでしまった誓約にて、善悪を確認するのか? その事実を聞けば相棒はきっと、憤慨してしまうだろう。
なぜなら誓約は「天地創造時に犯した大御神の大失敗」を払拭するためにあるからだ。
この世の創造主たる大御神は、神格の差が絶対的な格差となる世界を造り上げた。ではなぜ、大御神に反逆する悪神が存在するのか? なぜ、自らを害する者を造ってしまったのか。
それは天地創造の一場面にひどく似ている。陰が陰であるには、対となる陽という存在が必要だ。それと同じように、善なる大御神が善であるためには、どうしても対となる悪神という存在が必要だった。
つまり悪神とは、大御神が善であるために不必要ながらも創造された悲運の存在なのである。
ゆえに、結論を言おう。
この夜海原において。いや、この世の全てにおいて大御神以上の善は存在しない。ゆえに大御神直系の子である俺達以上の善は“大御神以外にはありえない”。
誓約の結果もまた同様だ。
拍子抜けするほどに当たり前の現実が、目の前にある。
雷神:建御雷之男神の持つ十掬の剣がいかに強力な神剣であろうとも。いかに純粋で、清らかな心を持とうとも。
決して善の証である“女神”を生み出すことは無い。
したがって、生み出たのは悪の証である男神の魂魄。
だがこの男神の魂魄こそ、俺の思惑から外れた“神殺しの権能”を背負う“カグツチ一族の正統なる後継者”であったのだ。
『……ミカ、お兄さん?、何時の間に此処へ??』
心の中から相棒の驚く声が聞こえてくる。
甕速日神は火神。カグツチ一族で言えば武神にして雷神である建御雷之男神に次ぐ武力を誇る。いや、足の速さだけでいえば随一と言っても良い。ゆえに弟を守るためとはいえ、護衛として傍に控える必要すらない。おそらくは非常時に備えて、部屋の外に控えさせていたのだ。
雷神の十掬の剣が誓約によって生み出したのは、そんな火と足を司る男神の魂魄であった。
これまで人形であった甕速日神の身体に今、魂が宿る。他でもない自身が愛する兄弟達を守るために。
甕速日神は元から意志を持たぬ神だったのではない。
たった一人で巨大な獣をも絞め殺す剛力は、ただ無作為に振り回すだけでも脅威だ。なのにその上、類稀なる知能まであるとしたら。それは国を豊かにする以上に、争いを生んでしまう。
ゆえに、甕速日神は身体と心を分けられてしまった。身体は革命軍の頭として動くミカとして。そしてもう一つの心は、実弟である建御雷之男神が預かっていたのだ。自身の神剣:十掬の剣の中に。
「誓約の結果に、……大御神の決定に逆らうか?」
「……逆えぬさ。どれだけこの身体に力を籠めようとも、どれだけ心に憤怒の炎を燃やそうとも。
神である以上、建速須佐之男命には抗いようも無い。そんなことは高天原に居た頃より、重々承知している。だが、何事にも例外はあるものよ」
「ふむ、この窮地においても貴様の瞳はまだ爛々と耀いている。さてさて、いかなる奇策で俺を楽しませてくれるのか。……期待を裏切るなよ?」
俺はそう言って笑うと、一歩、また一歩と歩を進めた。
本当なら今居る場所からでも奴の首を飛ばすことなど造作も無い。だが追い詰められたネズミが何をしでかすのか、それを見ずして終われぬというのも強者の傲慢というものだ。
ふむ。だがその前に、やるべき事を済ませてしまうか。俺は相棒の火によって生み出された三つの魂魄に話しかけた。
「根折、石折、それに人間の娘、とミィといったか? 一先ずは俺の天叢雲へ入っているがいい。この騒動を相棒が治めた後に、新たな身体を俺が作ってやろう」
俺がそういって右手を頭上に掲げると、三つの魂魄は逃げ込むように剣の中に入って行った。身体を持たぬ魂魄はひどくか弱い。荒神である俺が近くに居るだけで消し飛ばしてしまいかねないのだ。
「……しばしの間、再会を楽しむが良い。俺と天叢雲は一心同体。ゆえに剣から身体へと移ることも可能だ」
『……えっ? 神様、それって…………っ。
根折ちゃん! 石折ちゃん! ――ミィちゃん!!』
身体の中から、再会を喜ぶ相棒の叫び声が聞こえてくる。
『卑弥呼、さま。――わわっ』
『大切な勾玉は、見つかりましたか? ――あうっ』
『……ヒルコ、お姉ちゃん? ――ふにゅっ』
そして今だ状況つかめぬ三人の戸惑う声と、再会を喜んで抱き締める感触も確かにある。どうやら無事に再会を喜び合えたようだ。
ならば後は此方の面倒を片付けるだけ。俺は再び建御雷之男神へと視線を戻す。
油断しすぎ? いやいや、これは余裕というものだ。
というのも、すでに奴の神剣:十掬の剣は俺が喰らってしまった。残されたのは己の身体と、兄である甕速日神のみ。だが神である以上、決して俺に危害を加えられない。
ゆえに警戒する意味さえない……はず、なのだが。
奴の眼光は、今だ絶望の闇に囚われていなかった。
「確かに余は貴方様に危害を加えられぬし、拳を振り上げられたところで敵いもせぬ。……ならばまず、貴方様の相棒殿にお助けいただこう」
「………………なに?」
たっぷりの余裕という名の油断を俺が楽しむ間、建御雷之男神は次の手をうっていた。
神剣:十掬の剣を失った建御雷之男神は、代わりに己が右手を剣に変化させる。そういえばコヤツ、剣神でもあったな。だがしかし、神格が上である俺に刃を向けられない事実に変わりはない。
したがって、その剣の向く先は俺へではなく。
奴の直ぐ横で死人のように眠る、自身が姉、樋速日神へと向けられていたのだ。
『ヒハヤ、お姉ちゃん?』
再会を喜び合っていたはずの相棒の声が、再び悲鳴へと変貌する。
「――気でも狂ったか?」
そして俺は良い手だと内心、舌打ちをしながら問いかける。
「もちろん、狂ってなどおりませぬ。ですがこの姉を、姉と慕っているのは。この場に余と、もう一人いらっしゃいますなぁ? 誰とは、もはや言うまでもありますまい」
そう、そんなことは確認するまでもない。
「それに貴方様は、その身体の持ち主である娘を相棒と称した。つまり魂魄でしか生きられぬのは、三貴神であられる建速須佐之男命でも代わりないというだ。ゆえにっ!」
奴め、まさか姉の命を……。
「貴方様は姉を見捨てられない。姉を姉と慕うヒルコ樣に拒絶され、身体を無くす事態こそ貴方様にとっての敗北。死となりうるからだ」
建御雷之男神は格上の神格を持つ、三貴神:建速須佐之男命を傷つけられない。だが神として同格である姉ならば何も問題はない。
そして相棒は、心の中から両の眼でしかと様子をうかがっていた。
『かみさまっ。ヒハヤお姉ちゃんを見捨てないでっ、助けてよ!』
相棒の悲鳴と同時に、まるで大岩を担がされたかのように身体が重くなる。
ええい、分かっておるわ。
だがさすがの俺でも首元にまで至った切っ先を、一足飛びで迫ったうえに弾き飛ばすというのは無理がある。
奴め、まさか姉の命を……盾に使うとはっ。
樋速日神の命など知らぬと、建御雷之男神に天誅を下すことはできる。だがそうした場合、俺と相棒の間には修復できぬ亀裂が生まれることだろう。
相棒はそれだけ、樋速日神を姉と慕っている。そしてそれを俺は容認してきた。
助けねばならない。
だが三貴神である俺が、格下の神に屈するなどあってはならぬこと。それこそ三貴神の一角がする所業ではない。
こちらの苦悩が伝わったのか、奴はニヤリと笑みを浮かべると兄に命じた。
「兄者、どうやら建速須佐之男命は豊葦原へお帰りになるようだ。……しっかりと、見送ってやれ」
立場は完全に逆転した。
そうだ、何事にも例外はあるのだ。火神カグツチは、自身の母でもある大御神の片柱:イザナミを焼き殺して生まれてきた。
それはつまり、
「そうか。なぜ貴様にカグツチにあるべきアレが感じられないのかと思えば……」
「ええ、その通り。我等カグツチ一族は“大御神殺し”の咎を持つ大罪の一族。ゆえに生まれながらの悪神にして、神殺しの権能を全員が背負うはずだった。……はずだったのだ!
我ら一族の罪をすべて、長兄たる甕速日神が背負ってしまわなければ。
……夜海原へ流がされ、未来永劫の時を咎人として過ごすはずだった。
それでも一族の皆が、家族が居れば生きてゆける。そうも思えた。余や姉上、末の妹である根折や石折とて同じ想いであった。
だが、兄はっ。甕速日神はカグツチ一族の大罪を、全て自らの魂魄に刻み付けた。
……ゆえに、魂魄を戻した長兄は正しき悪神である。神を粛清できる権能を持つ、善なる悪神である。
さぁ、大御神さえも殺めた我らの火。どうか存分にご賞味いただこう!」
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