表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/29

第二十六話:神吸い蛭の願い(その3)

 世界が初めに生み出した陰と、その対極に位置する陽が最後に生み出した偉大なる大御神夫婦は、良くも悪くも人間くさい神格(せいかく)をもって生まれ出た。


 良い意味では「愛情」を、悪い意味では「欲望」を。

 この相反する感情を混在させる生物こそ、人間とよばれる者達だ。一方の神々はその片方しか持たぬがゆえに「善神」と「悪神」に別れた。


 人間は大御神の御子ではないと神は言う。

 偉大なる大御神は高天原の神々をその体で生んでも、人間を直接は生み出さなかったからだ。では豊芦原に住まう人間達は一体誰から生まれたのか? 何処から出てきたのか? これは神々の間でもはっきりしていない。


 それでも一つ、断言できる事実がある。

 それは高天原の神々も、豊芦原の人間も、この世に生きる者達は全て「この大地を創生した大御神の御子である」ということだ。

 神々は大御神の片割れである母:イザナミのお腹から生まれ出た。ゆえに己こそが大御神の正統な子孫であるという矜持がある。

 一方の人間は大御神夫妻の造り上げた世界に、いつからか存在していた。ならば世界の子、ひいては大御神の孫であるとも言える。

 生まれ方こそ違えど、神々と人間は間違いなく血縁なのだ。人類皆兄妹、どころではなく世界の全てが皆兄妹なわけだな。面白いものだろう?


 この世の生き物は全て、大御神の子である。それは間違いのない事実だ。だが、だからと言って世の中は平等でも格差がないわけでもない。

 人間はそれぞれに優劣を競い、他人よりも自分を優位におきたがる。愛情を近しい者達だけで独占し、欲望のはけ口を遠しい者達に押し付けたがる。

 対する神々は生まれながらにして独自の神格を有した序列が明確に存在している。格下の者が格上の者に歯向かう事など、ありはしないしありえない。

 人間と神、どちらにも真の意味で清廉潔白な者など居はしないのだ。


 では、この世を統べるに相応しい者は一体誰なのだろうか。

 人間と神、その両方で数えるのも不可能なほどに増えすぎた血縁(神々)どもを支配し、行く先を示すにたる支配者はどこにいるのか。

 愚問、まっことに愚問である。

 なぜかと言えば、他ならぬ大御神を下した最初の命によって答えは示されていたからだ。


 大御神の片割れである父:イザナギは、次女:天照大神に高天原の統治を命じた。


 続いて次男:月読に夜海原の統治を命じた。


 最後に三男:須佐之男命には豊芦原の支配を命じたのだ。


 高天原とは文字通り天の国、神々の住まう地だ。

 豊芦原とは天より生を受けた人間や動物達が暮らしている、光さす地上の楽園のことをさす。

 そして夜海原とは豊芦原の地下、一日のほとんどが暗闇に包まれた暗雲とした罪人の地である。

  

 天を日の姉上が、地下を月の兄上が。そして荒神の俺が策謀めぐる地上を支配するのは正に適材適所、さすがは我らが父神の英断であると言えよう。

 だが俺は、夜海原より更に地の底にあるという「根の国」に堕ちた母神:イザナミにどうしても会いたかったのだ。

 そもそもが地上、豊芦原の地に管理する神など必要ない。

 人間というやつは己が欲望に忠実で、いつも争ってばかりいる。それが他人であるならまだしも、実の親兄弟であろうとも関係ないのだから呆れるばかりだ。

 それほどまでに争いたいのならわざわざ止めることもない。そもそもが俺は荒神であるのだからして、戦を治める義理など何処にもないのだ。


 こうして迷いなく己が使命を放棄した俺なのであったが……母上以外にも少々気になる神がいる。

 我ら三貴神兄妹の長兄と長姉の行方が正にそれだ。顔どころか名も知らぬ兄と姉。俺がいくら大御神たる父神に訊ねようとも決して教えてもらえない禁忌の子。


 いったい、どのような神なのだろうか。そしてどれだけの大罪を犯した結果、父母から見捨てられてしまったのだろうか。興味は尽きない。


 おや、あの海原に浮かぶ古ぼけた葦船は……もしや。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 ボクと大王の立場は完全に逆転した。

 北志国の大王であるはずのタケミカズチはその場に膝をつき、ボクに代わって身体の自由を手にした神様が見下している。


『――――かみさまっ!』


 それと同時に、ボクと神様の立場も逆転した。

 今のボクは指先一つでさえ、自分の意思で動かせない。身体の自由を完全に神様が奪ってしまったのだ。


(黙っておれ。今のお前にはとても任せられぬゆえのことよ)


『だからって、身体ごともっていけるなんて聞いてないよ!?』


 出会ってからこれまで、神様は常にボクの中にいた。

 助言をくれたり、叱咤してくれたりしたことはあれど、ボクの身体を乗っ取るなんて真似は想像だにしていなかった。それはボクの油断ということだけではなく、神様という相棒を信じていたからだ。

 身体中から吹き出た白い何かがフワリと舞い、花のように咲き、そして散ってゆく。なんとも神々しい光景だった。美好での火神姿ともまったく違う白さだ。


 これが、本当にボクの身体なの?


「さぁ、お前の中にある“母子姦淫の勾玉”をよこせ。

 これは大御神の三貴神である建速須佐之男命たけはやすさのおのみことの命である」


 ボクの口が勝手に動いている。


「……そ、それだけは……どうか」


 その場に膝をつき、服従の意を示している大王の必死な抵抗は続いていた。


「聞こえなかったのか? ならばもう一度だけ命じてやる。……“母子姦淫の勾玉”を献上せよ。貴様自身の手で心の臓を抉り出すのだ」


 間違いなくボクの口から出た、ボクの声だ。なのにどうしてこうも、恐怖を感じてしまうのか。

 ボクには神様の事情なんて分からない。それでも話を聞けば、神様が欲しがっている勾玉がそれすなわち大王の心臓なのだと分かる。すなわち神様は大王の宝物の一つである“命”を差し出せといっているのだ。

 苦悶の表情を浮かべる大王、だがボクの身体を操る神様に容赦の二文字はなかった。ならばとばかりに、もう一つの宝に手をかける。


「できんか? であるならそこで寝ている姉の心臓でも構わんぞ。見たところ死にかけているようだし丁度良いではないか」


「(なっ!?)」


 思わずボクの心の声と大王の声が重なった。

 神様ってば、なんてことを言うんだ!?


『かみさまっ!』


(案ずるな、相棒を裏切るような真似はせん)


『それでも言って良いことと悪いことがあるよ! ヒハヤお姉ちゃんの心臓をくり抜いたりなんかしたら絶対に許さないからね!!』


(分かっておるわ、ククク。だが見るが良い、目の前の男はお前ほど自由に激怒できぬらしいぞ?)


 そんな笑い声の含まれた神様の言葉に、そんな馬鹿なとばかりにボクは視線を前へ向けてみる。

 この大王は嫁にしたいと望むほどに、実の姉であるヒハヤお姉ちゃんを溺愛しているのだ。そんな彼女の心臓を抉ろうとするなんてありえない。


 そう、ありえ、……ないっ!?


「……どうか、どうかお許しを。建速須佐之男命っ!」


 必死の懇願を口にする大王は、なぜか太刀を握る右手だけが別の生物のように動き始めていた。その表情は情けなくも苦悶に満ちており、先ほどまでの大王っぷりが嘘のようだ。


(よくよく、目をそらすなよ相棒? これが神という存在の本当の姿だ。同格や格下の神や人間を虐げることはできても、俺のような格上の存在が放つ命には決して逆らえない。たとえそれが、実の姉殺しという大罪であろうともな)


『……なるほど、って!? このままじゃヒハヤお姉ちゃんが実の弟に殺されちゃうってことじゃん!?』


(いや、おそらくはそうならん。まあ見ておけ。本当に危なくなったら止めてやる)


 自身満々な神様の言葉に、身体の自由を奪われたボクは見ている他ない。


(俺の言う勾玉とはな、大御神の生みだした一族直系の心臓からしか生成できぬ至宝なのだ。

 この場合はカグツチ一族の長姉である樋速日神(ひはやひのかみ)か、次男である建御雷之男神たけみかづちのをのかみの心臓ということになる。長兄の甕速日神(みかはやひのかみ)は、生まれ出た時より自分の意思を持たぬ人形ゆえ神格が薄い、心臓は勾玉にならぬ)


 そんな神様の説明を聞いている内に、大王は生まれたばかりの小鹿のように足を震わせながらも立ち上がっていた。そして杖代わりとして床に突き刺していた太刀を両手で引き抜き、自身の頭上にまで持ち上げる。

 準備は整った。あとは太刀の重みに従うまま、ヒハヤお姉ちゃんの身体に向けて振り下ろすだけでいい。それだけで、神様の命は達成される。


「――さあ、やれ」


 短くも、ハッキリとした神様の命。

 大王はその瞳に大粒の涙を浮かべながらも、必死の抵抗を続けている。けれど、もう限界のようだった。


『もうだめ、ヒハヤお姉ちゃんが殺されちゃう!』


 ボクは心の中で悲鳴をあげた。

 と同時に、神様は大王に向かって新たな命を下したのだ。


「その太刀で、《《己の心臓をえぐりだせ》》」


 汗と涙でくしゃくしゃになった大王の表情に一瞬、安堵の色が浮かぶ。頭上に高々と掲げた太刀を真っ直ぐに振り下ろす。だがその目標は真下のヒハヤお姉ちゃんではなく、自身の左胸だった。

 これが人間なら、間違いなく即死であっただろう。大王の雷神の異名は伊達ではない。太刀が左胸を貫通するかと思われた瞬間、ガキンと何か石を貫いたような高い音が周囲に響いた。それを十分に確認すると、時を巻き戻したかのように太刀を勢い良く引き抜いてゆく。


 すると、太刀の先端に一つの勾玉が突き刺さっていた。


『これが、まがたま?』


(そうだ、母子姦淫の勾玉。この夜海原に八ある“八岐ノ勾玉(やまたのまがたま)”の一つである)

 

 神様はそれ以上の説明を口にしてくれなかった。

 後から思えば、それ以上に優先すべき用事があったとも言える。そしてそれはボクの望みでもあったんだ。


「みごと、まっこと見事である建御雷之男神たけみかづちのをのかみ。案ずることはない、貴様の命は俺の神剣に永遠と宿り続ける。


 ゆえに、褒美をくれてやろう。


 最後の命を用いて言うがいい、貴様の人生における最後の望みを。


 俺が半身、ヒルコの望みとどちらが強く、正しいのか。


 ――誓約(うけい)を、たてて見ようではないか」

 最後までお読み頂きありがとうございました。

 予想以上に第一部が長引いております。もうちょっとだけタケミカズチとの戦い(?)が続きますのでよろしければお付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ