第二十五話:神吸い蛭の願い(その2)
今回の投稿と同時に前話である第二十四話を改稿させて頂きました。
いきなり今話に来た方は、一話前の二十四話をもう一度読んでください。お願いします。
ミカさんもヒハヤお姉ちゃんも、そして目の前に居る大王のタケミカズチも、綺麗な黒髪が特徴的な人達だ。
けれどヒハヤお姉ちゃんの髪は、黒でも赤でもなく、まるで脱色したかのような弱々しい淡い桃色へと変わっていた。
その髪色は、とてもじゃないけど綺麗だとは思えない。
なぜなら、いずれ彼女の髪は命が尽きて灰となるかのように真っ白へ変わり果ててしまうだろうから。そんな予知にも近い予想がボクの脳裏に思い浮ぶ。
「……もともとカグツチ一族の髪色は黒ではない。濃すぎる赤毛色が幾重にも重なることで、結果的に黒く見えていただけなのだ。加えて女神は自身の神気を、母性の象徴たる髪へ溜め込んでいるがゆえに濡れ鴉のような艶が生まれる」
ボクの予知を裏付けるような大王の言葉に、なおいっそう確信する。
確かに美好で初めて出会った時のヒハヤお姉ちゃんは、この世の人とは思えないほどに美しかった。
対してボクの赤い髪は生まれつきではなく、赤いって分かったのは革命軍の里からだ。それは神様であり、革命軍の頭であり、カグツチ一族の長兄であるミカさんに会ってからなのだ。
あの時点でボクはもう、無意識のうちに神気を吸い取っていた。
それでも里に居た頃のミカさんは特段、ボクの近くに居ても平気そうに見えた。それは美好で出会ったヒハヤお姉ちゃんだって同様だ。これまでだって、そんな異変は特段――――。
「……あっ」
これまで小石ほどの小ささにしか感じなかった不安だった。しかしてその小石が急速に膨れ上がってゆく。
確かにヒハヤお姉ちゃんは最近、顔色が優れていなかった。
それは何時の頃からだっただろうか。
大王の言葉が本当なら、ボクと出会ってからで間違いはない。そしてボクがヒハヤお姉ちゃんが行なった、もしくはヒハヤお姉ちゃんがボクに行なった行為に原因があるはずだ。
大王はこの赤髪がカグツチ一族の証だといった。それは火だ、炎だ。炎を司る神様だ。
……ん? ボクは前に一度、炎の女神様になったことがあるよね。
あれは忘れもしない、美好での“巫女送りの儀”だ。
ボクは壇上へ赴く前に、彼女から助言を受けた。
命の炎を燃やしなさい、と。
それと一緒に受けたのは、熱き唇の感触。
……唇、接吻。
「そうだ、ボクはあの時。“巫女送りの儀”で、ヒハヤお姉ちゃんから口付けをもらった」
焦点のあわない視線のまま、ボクはそう呟いた。
「……なに?」
すぐさま、実の姉に情愛をむける大王が反応する。たとえ同姓が相手でも愛する女性の唇を奪われたのは不快であるらしい。
ヒハヤお姉さんの火は、ボクに温もりをくれた。
奴隷時代に寒い洞窟の中で、薪を集めて火を起こし暖をとりたかった。石のように硬い豆を炙って食べたかった。
寒さは嫌いだから。火は好きになれる、温もりをくれるから。
だからこそ、ボクは美好で火をおこした。
全ての理不尽を焼き尽くすために。そしてボクの望む未来を掴み取るために。
だがすべての事象において、対価という物は常につきまとうものらしい。
昨晩は根折、石折の二人が差し出された。ボクがヨシさんやカヤお姉さんの安全を知るという望みを叶えるために。
そして――――――今、ボクはヒハヤお姉ちゃんの命をも喰らいつくそうとしている。
その代償にボクは一体、何を得ようというのだろうか?
「何もかも悟ったわ。やはり貴様は蛭の化身、化け物の類だったというわけよな。ならばもう用はない。その汚らわしい口で姉上の神気を吸いつくす前に、俺自らの手で粛清してくれる!」
呆然と立ち尽くすボクの眼前で、腰の太刀を抜いた大王が上段に構える。雷神の異名に相応しく刀身がバリバリと雷を纏い、その一斬を受ければ出血死するまでもなく焼き殺されるだろう。
「双子ともども、姉上の贄となるがいい!!」
動かなきゃいけない、でも動けない。もう逃げ道なんてどこにもない。
大王の凶刃は数瞬後にボクの頭蓋を両断し、焼き尽くしてしまうだろう。そんな命の終焉を間近に感じながらも、どこか他人事のように感じてしまうのはなぜだろう。
もしかしてボクが己の死を受け入れ、生を諦めてしまったからだろうか。
それともボクは、
根折、石折の命とヒハヤお姉ちゃんの命を奪ってしまった罪を、
自身の命で償いたいと望んでいるのか。
(……根折ちゃん、石折ちゃん。巻き込んじゃってゴメンね。これから謝りに、ボクもそっちに向かうから。……僕らのお姉ちゃんだけは、絶対に黄泉の国へは行かせないから、それだけは守るから。どうか、信じて頂戴ね)
「キエエエエエエエエエエエエッ!!」
頭上から放たれた裂帛の気合が、なぜか遠くに聞こえる。
死の間際に去来するという走馬灯は訪れなかった。当然だと思う。ここ最近の激動すぎる日々を除けば、まるで変化のない奴隷の日々がボクの人生そのものだったのだ。なんとまあ、中身の薄い人生であったことか。
でもボクが死ねば、この身体が勝手にヒハヤお姉ちゃんから神気を吸い取ることもない。
ボクが死ねば、皆が幸せに暮らしていけるんだ。
そうだ、これで何もかも解決する。
ボクさえ、死ねば――――――。。。。。。。。
ボクは人生の最後に、神へ祈った。
これまで出会ったような神様ではなく、本当の神様へ祈りを捧げた。
願わくは、これまで出会った優しい人達の人生に……苦悩や苦痛なき未来が訪れますようにと。
――――――――――………………………………。。。。。
『願いごとは、決まったか?』
え?
『願いごとは、決まったか?』
周りは真っ暗で、何も匂わず、身体は指一本動かせず。
聞こえるのは、一言だけ。
『願いごとは決まったか?』
決まった? そういえば決まったんだっけ。以前そう、ボクは神様に言っていた。
ボクの、願いは。
『そうか、決まったか』
うん。
でもボクはもう死ぬんだから。
だからもう、どうでもいいんだ。
どうでも――『ならばその願い、建速須佐之男命が叶えてしんぜよう。相棒は心の奥底でただ眺めているだけでよいぞ? 両の眼に焼き付けるがいい、これぞ高天原の三貴神の戦働きなのだとな』――。
◇ ◇ ◇ ◇
雷神が裂帛の気合をもって振り下ろした大太刀は、その役目を果たすことなく悲鳴をあげて四散した。ガギィっという嫌な金属音は、大太刀の断末魔でもあったのだ。
それも当然。いかに武神であるとはいえ、大御神の子である我の身体に、孫が傷つけられるわけもない。
久しぶりの外。たなびく銀髪と、肌に感じる空気の感触が否応にも興奮を加速させる。
ああ、この夜海原に落とされてからというもの不自由な思いばかりを強要されてきた。
ようやく、ほんっとうにようやくだ。
俺は自由になれた。
であればせっかくの現世である。思う存分暴れてやろうではないかっ。
「痛えじゃねえか、コブが出来ちまったかもしれねえぞ」
ことさらゆっくりと、そしてもったいぶって。俺はガシガシと大太刀の直撃した頭部を左手でかきながら、不敵に微笑んで見せた。
「あっ、貴方様は…………っ!?」
おうおぅ、おどろいてる驚いてる。
まあ、無理もない。本来ならば此処は兄である月神:ツクヨミが支配する世界だ。一つの世界に二人の三貴神が居るということは、大御神の御意思に反するのだ。
だがそれさえも、今の俺には関係ない。
「俺を、……俺の名を覚えているか? ……タケミチ」
懐かしいあだ名を呼びながら、俺の左腕から俺の剣を生み出す。
今はまだ朽ち果てた外見だが、それも今日までだ。
第一の鍵は、コイツがもっている。
「……なぜだ、なぜ貴方がこの世にいらっしゃるのだ。荒神:須佐之男命!」
「そりゃあこっちに都合だ。お前が知ることじゃねぇ。……と、いいたいところだが。まあ、お前の土地に無断で入り込んだのは悪いと思っているさ」
なんて、な。本当は悪いなんてネズミの毛ほども思っちゃいない。それは目の前の雷様にも伝わっておる。
ううむ。まだまだ若い肉体に慣れておらぬな。心の言葉と外の言葉に年の差が表れておる。まあ、いずれは慣れようというものか。
「さて、では。……本題に入ろうじゃねえか」
「……くっ、いかなる御用向きか!?」
「くくくっ、如何なる御用向きか? だと? んなもん、一つしかありえねえだろうが。
お前の中にある、国津罪の一つ“母子姦淫の勾玉”をよこせ。
大御神の系譜からなる神々の中でも、一族の後継者のみが持つアレをな」
「馬鹿なっ!? 貴方様は我らカグツチ一族に滅びろとおっしゃられるのか!!」
一族の長が体内にて継承する勾玉は、各々の神々の一族が持つ属性の象徴でもあり、神が神たらんとする力の源でもある。
つまり勾玉を失った神は、もはや神ではなくなるのだ。
「本当の神とは俺を除けば父上と母上、それに姉上と兄上以外に居はしない。それ以外は凡百の俗物にすぎぬ。俗物なら俗物らしく、喜んで本物の礎となれ」
そう、この世の全ては大御神の居ない今、我らが三貴神のためにある。
ならば俺が他の玩具を壊したとて、何の問題がある。誰に文句を言われる筋合いがある。
何もない。何もあろうはずがない
俺の玩具をどうするか、それは所有物である俺が決めることだからだ。




