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第二十二話:女の強さ(後編)

 ――ここで一緒に暮らしなよ。アタシらの養女として、ムギの妹としてさ。


 そう言ってくれたヨシさん母娘に感謝しつつも別れを告げ、ボクは一路、大王の神社(しろ)に近しい上遊郭へと向かっていた。

 ヨシさんのお誘いは涙が零れるくらいに嬉しい。なぜなら元奴隷のボクに、家族ができる機会なんてもう二度と訪れないからだ。

 それでも、ボクには成さなければならない義務がある。いや、呪いと言っても差し支えないのかもしれない。


 もう残された時間は残りすくない。

 一日の始まりである朝が、目前に迫っているのだ。神社(しろ)の自室に帰るのが遅れれば、勝手に外出した事実がばれてしまう。そうすれば側付きをしてくれている神寄り巫女の双子に、罪が及んでしまいかねない。

 額に汗を垂らすボクが脳裏に思い浮かべるのは、先日の出来事だ。


「あの時、ミカさんとワクは側妃であるボクの部屋まで悠然とやってきた。ミカさんはカグツチ一族の神として通されたのかもしれないけど、ワクは一族の中でも人間として生を受けた異端児だ。あの大王が人間をそれほど高い地位に置くとは思えない。……例えそれが、腹違いの弟だったとしても」


 重大な食い違いだった。

 地位の低い者が、神社(しろ)の上階に位置する側妃の部屋に来れるわけがない。もし、これるとしたら――、


「家族として、ではなく。……兄である大王から与えられた役目として、ボクの部屋にまで来れたんだ。ボクらを裏切って得た、国軍の侍大将という人間の地位を利用して」


 人間から見れば軍を支配する侍大将は高い地位にも思えるだろう。しかしてそれは、あくまで人間に与えられる地位だ。神と呼ばれる支配者とは存在そのものが違う。

 ならば人間のカヤさんも、ワクムスヒの妻として神社(しろ)の中ではなく外の住居に居るはずだ。そしてその脇には大王の腹臣達だけが通える上遊郭があるらしい。

 ボクは隠しておいた側妃の着物を再び身につけ、当たり前のように神社の門を潜った。門番や兵の誰もがボクを側妃だとは思わない。こんな所に側妃が歩いているはずがないし、そもそもボクは鳴戸にきてすぐに後宮へと送られた。顔が知れていないのだ。では門番にとってボクはどんな人物に写ったのかと言えば、それは多分カヤお姉さんと同じ立場、つまり国軍上兵の妻以外にありはしない。


 正門を潜り前を見れば、右は篝火にあふれているのに左は深遠の闇に包まれている。耳を澄ませば、ガヤガヤとした喧噪が耳に入り込んでくる。それはやはり、右側から届いていた。 


(あっちが上遊郭か。これだけの騒ぎなら、ボクが一人で紛れ込んでも怪しまれずにすむね。でもこの甘ったるい臭いだけは何とかならないかなぁ)


 思わず顔をしかめて、ボクは右腕で裾で口と鼻をふさぎつつも毒づいてしまう。


『色梅香という御香を焚いているのだ。梅の甘い香りと共に、男の理性をとろかせる効果も混じらせておる』


(理性を、とろかせる?)


『ここを何処だと思っておるか、男と女の戦場ぞ。娼婦達とて馬鹿ではない、自分達の身を守る為には手段を選んでおれんのだ。

 相棒はこの上遊郭を女が男に襲われ、ただ組み敷かれる荒場所と思うておるのだろうが、それは真逆よ。男女ともに自分を磨き、いかな手管で相手を篭絡させるか。その闘争を楽しむのが、真の遊郭の楽しみ方というものよな』


 神様の言葉は饒舌で、どこか此処を楽しんでいるようだった。


(ふ~~ん。なんか神様、詳しいね?)


 心の中で疑いの視線を向けるボク。すっかり忘れていたけど神様の名はスサノオノミコト、つまりは男だ。ボクは男を、この身体の中に住まわせていることになる。神様だろうが何だろうが、結局は男なんて色欲の塊でしかないのだろうか。男という生物は。


『かっ、勘違いするでないぞ? 俺とてこのような色街に通うような、爛れた男神ではない。あくまで神として、下界の人を見守る使命ゆえの知識としてだな……』


 なんとも神様らしい言い訳が続いているけど、やっぱり男という生物は馬鹿に違いない。こうして言い訳を重ねれば重ねるほど、泥沼に沈んでゆくのがなぜ分からないのか。


 そんな神様を放っておいて、ボクは改めて遊郭を通りのど真ん中から見渡してみる。すると、神様の言い分にも少しは真実が含まれているように思えてきた。


(……かみさま)


『ゆえに――――、む? どうした?』


(店先に並んでいるお姉さん達はみんな、娼婦さんなんだよね?)


『なにを今更』


(身体を売るお仕事なんて、本当はしたくないはずのに。……なぜ皆、あれほど微笑んで、堂々と、おっきな胸を張っていられるの?)


 これはヨシさんが暮らす下遊郭でも覚えた違和感だ。けど今、ここに足をつけてハッキリと理解する。


(ここにいる娼婦のお姉さん達は、これっぽっちも自分の運命を嘆いちゃいない。それどころか、馬鹿な男共を手の中で操ってやろうという自信に満ちているっ!)


 ボクは心の中でパチンと手を叩いた。それは喜びの拍手だ。

 そしてボクの耳へは同時に、もはや懐かしくて仕方のない声が飛び込んでくる。

 探すまでもなかった。この上遊郭は、高い地位にある僅かな者のみが利用する娯楽だ。もちろん娼婦さんも上級の更に上、選ばれし美貌のお姉さん方だけが此処に居る。

 そこに侍大将の妻とはいえ、ふくよかなカヤさんが居るとなれば目立って仕方ないのは当たり前の話なのだ。


 それに加えて、


「さあ、今日も張り切って男共から身銭ふんだくってやりなっ! いいねっ!!」


 この声だ。


「はいっ!」 


 これから仕事始めなのか、女将による威勢の良い激励が轟き、娼婦の少女達が元気に答えている。我慢できなかった。ボクはその女将さんへ一直線に駆け寄ると、その胸の中に飛び込んだんだ。

 捜し求めた人の名前を叫びながら――。


「カヤお姉さん!」


「アンタ、ヒルコちゃん!?」



 ◇



「……そうかい。今更とはいえ、とんだことに巻き込んでしまったね」


 店を開ける準備が終えた上遊郭の女将さん、カヤお姉さんはボクの話を聞いて謝罪の言葉を口にした。


「カヤお姉さんのせいじゃない。みんなアイツが、ワクムスヒが裏切ったのが悪いんだ!」


 ボクの脳裏に、城で出会ったワクムスヒの顔が思い起こされる。思い出すだけで頭が沸騰しそうだ。

 そんなボクを見て、カヤお姉さんは寂しそうに笑った。


「確かに革命は失敗した。でも幸いなことに、誰も死ななかった。これ以上ない吉報さね。一緒に来たヨシ達も新しい道でやり直すことができる」


 ――っ、やはりカヤお姉さんは知らない。知らされていない!


「誰も? 誰も死んでいないって!? 死んだよ、里に残った皆がね。ボクに優しくしてくれたお婆ちゃん達も、そして……ミイちゃんもっ!!」


 ボクは滾る怒りを拳に乗せて、ドゴンと机に叩き込んだ。いくら厚い木板が張られた机でも神様の左手での一撃ではひとたまりも無い。まるで爆発するかのように木目から裂け、真っ二つに割れてしまう。


 だが、


「………………そうかい」


 破壊された机を見下ろすこともなく、カヤさんはワクムスヒと同じように、残酷すぎる現実をあっさりと受け入れてしまった。

 それもたった一言でだ。


「カヤ、お姉さん?」


 ボクは信じられないとばかりに瞳を見開き、絶望と共に一歩後ずさる。

 これが娘を愛する母の言葉なのだろうか。あの、ボクの良く知る愛情あふれたカヤお姉さんの言葉なのだろうか。


「……ヒルコちゃん。アタシらが里を出発する時、居残り組みに、ミイに何て言ったか覚えてるかい?」


 そう言われて、ボクは僅かばかりの記憶を必死にさかのぼる。だがカヤお姉さんはハッキリと記憶しているようだった。それはつまり、それだけの出来事だったということだ。


「アタシは“万が一、アタシらに何かあったとしても強く生きていける。問題ないね? ミイ”と、そう言った。そしてミイもキチンと“うん”と頷いた。その時点でお互いの覚悟は確認しているんだよ」


「だからって、そんなっ!」


「ミイの死を悲しんでくれるヒルコちゃんには感謝してる。あの子のことを想ってくれる者が一人増えたわけだからね。けど、その点に関してだけはワクを責められない。

 ……戦える者を軒並み集め、里を捨てたのはアタシら全員の意思なんだから」


 里を捨てた。カヤ御姉さんは確かにそう言った。そしてそれは同時に、里に残したミイちゃを見殺しにしたことを意味する。


「……じゃあやっぱり、一緒に連れて来た方が良かったんじゃ!?」


「結果だけを見ればそうなるね。でもあの時点でその決断は出来なかった。

 たった五十人にも満たない数で国に喧嘩を売ろうってんだ。死んで当然、それでも止まれない狂気を身に宿した者だけが、この戦いに身を投じた。

 里に残った連中にも十分な食料は残していたしね。人数が少なくなって口が減った分、余裕もできていたはずだ。アタシとミカは、その道にミイの命を賭けたんだよ」


 これが大人の女性というものなのか。

 全ての現実に折り合いをつけ、結果をありのまま受け止めて。どんな理不尽でも納得しなければならない。


 たとえそれが、愛する娘の死でも。


「かなしく、ないの?」


 ボクは馬鹿な質問を口にしてしまう。


「そりゃあ、かなしいさ。もし此処にヒルコちゃんが居なけりゃ、目と鼻から水を垂らしつつも床を転がって泣き叫ぶくらいにはね。もし神様なんて存在が本当に居るのなら、ミイを返してって大声で懇願したいよ。どうかアタシのミイを黄泉へ連れて行かないでって」


 そっか、カヤ御姉さんは旦那さんのミカさんが神様だって知らないんだ。


「どちらにしても、分の悪い賭けだった。覚えているかい? 美好で巫女送りの儀が行なわれた会場に入った時の空気を」


 あれだけの大事件をまさか忘れられるわけもない。


「……みんな、里の未来を背負ってきているって」

 

「そう、そして実質今年の“巫女送りの儀”は、ヒルコちゃんとヒハヤヒメさんの一騎打ちだった。女の嫉妬と狂気は恐ろしいもんだよ。負けた恨みの矛先が、あの里に向かうことも十分に予想できたからね。もうこの国の何処にだって、安全な場所なんてありはしない。


 アタシらは、どうしようもなく運が良くて。


 里のミイ達は、少しばかり運が悪かった。ただ、それだけの話で。


 ……それが全てなんだよ」

 最後までお読み頂きありがとうございました。

 理想と自分の感情のままに動くヒルコとは違い、ヨシさんやカヤさんはどうしようもなく大人で現実の理不尽さを理解しています。

 ヒルコはそんな二人の背中を見て、大人への階段を登ってゆけるのでしょうか? 今後にご期待をっ。

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