第二十一話:女の強さ(前編)
突然の再会に、ボクは感情が抑えきれなかった。駆け出した勢いそのままに豊満な胸の中へと飛び込んでしまう。その温もりは里に居た頃となんら変わらない優しさに満ち溢れていた。
「よかった、無事で。……本当に」
「……ヒルコちゃんが無事で、アタシも嬉しいよ。悪かったねぇ、ワクの馬鹿が裏切らなきゃ離れ離れにならなかったのに」
「それはヨシさんのせいじゃないよ。みんな、あの男が悪いんだから。あ――でも、せっかく着せてくれた娘さんの巫女装束は美好の“巫女送りの儀”で燃えちゃった。その……ごめんなさい」
「……それもカヤから聞いてるよ。気にしなさんな」
申し訳なさそうに胸の中で頭を下げたボクを責めずに、奥様はいっそう強く抱き占めてくれる。
ちなみにこれまで声に出して呼んでなかったけれど、この奥様の名はヨシという。本人曰く、この名は母様が一生食いっぱぐれないようにという願いを籠めて付けてくれたらしいのだけど、由来の元は良く分からないらしい。
ボクはヨシさんに抱きしめられたまま、その肩越しに奥を見まわしてみる。娼館といっても玄関の奥に上・中・下と区切られた部屋があるだけで、元々あった民家を弄繰り回したくらいのものだ。
そんな視線に気付いたのか、中の部屋前に居た一人の少女がヨシさんではなく、ボクに声をかけてくる。どうやら感動的な親娘の再会はとっくにすませてしまったらしい。
「ムギもその件については聞いてるよ。はじめましてだね、ヒルコちゃん。それにお母さんを都に連れて来てくれてありがとう」
「……ど、どういたしまして?」
連れて来たというより、連れて来られたと言った方が正しいのかもしれないけどね。まあ、結果が同じならいっか。
どうやら、この娼婦さんがヨシさんの一人娘であるムギちゃんみたい。ヨシさんが革命軍に参加した理由そのものだ。ちゃんと見つかったようで一安心だね。
それに比べて、騒乱の大元は今だに窮地を脱せずにいた。
「お父さんもしっかりしてよね。まがりなりにも、鳴戸の治安をあずかる兵士樣なんだから」
「わっ、わぁ――ってらい!」
なんとか父の威厳を保ちたいのだろうけど、あれだけヨシさんにいてこまされたあとでは何とも頼りない。娘のムギちゃんも、そんな父の姿に苦笑するのみだ。
「アンタねえ……」
けど、ヨシお母さんの勘気はまだまだ治まる気配をみせない。まるで子を奪われた母熊かのように旦那さんをにらめ続けている。
「お母さんも落ち着いて。……お父さんだって一応は、私の将来を想ってくれたからこその都行きだったんだから」
そんな父をさすがに可愛そうだと思ったのか、ムギちゃんが助け舟を入れていた。すると母熊の標的が、娘へと移ってしまう。
「そうは言ってるけどね。じゃあムギ、あんた亭主にする男は見繕えたのかい?」
「……えーと」
今度はムギちゃんが視線をあさっての方向へ向ける番だ。
まさに母は強し、である。この分では父を助けるどころか、娘もろとも共倒れにされかねない。
「…………まだなんだろうね。はぁ、まぁ巫女送りの儀に頼らぬ都行きなら当たり前の話か」
「えっ。美好で勝たなくちゃ、都に行けないって話じゃなかったの?」
ボクは驚きをもって問う。「鳴戸へゆくには三好の“巫女送りの儀”を素通りできない」と言われたからこそ、あれほどの大騒動を起こしたのだ。
「この馬鹿亭主とムギみたいに、行くだけなら無理じゃないよ。ただそれじゃあ、都に着いたって働くアテがない。生活できなきゃ“行った”なんて言えないだろう?」
確かに。せっかく都に着いても、乞食や奴隷になるくらいなら元の里に居続けたほうがまだ良いだろう。この国で不自由のない生活を送ろうと思えば、娼婦の高位へ上り詰めるか、地位の高い男へ嫁入りする以外にない。
美好で行なわれた“巫女送りの儀”は、そのどちらにも箔をつけられる絶好の機会だったのだ。
「けどムギは見目がよくないから上位へはいけない。ヒルコちゃんと違うって、それは自分でもわかってる。なら娼婦として働きつつ、良い出会いを見つけるしかないでしょう?」
そう言うムギちゃんの言葉に悲壮感はない。どうやら父親の手で無理に都へ連れて来られたわけではないようだ。
「ならどうして、ヨシさんも一緒に親子三人で里を出なかったの?」
これほど親子仲が良いのなら、家族そろって決断するはずだ。ヨシさん一人を里に残したからこそ、あれだけ憤っていたわけで。その点だけがボクには不可解だ。
「あ~~……それはねぇ」
歯切れの悪い反応な、ムギちゃん。
「男の考えそうな事さね。この駄目亭主は、都でもう一旗あげようって企んだのさ。昔の娘は得物になっても、昔の女房は使い道がないからね」
この場合の一旗っていうのは、新しい女房と新しい家庭をさす。
なるほど、それでは弁解の余地がないのも頷けちゃう。
うん、判決:私刑。
この話はここでおしまい。
あとは家庭内での問題なのだ。ボクが口を挟むのはお門違いである。
「そうだ、二人ともカヤお姉さんがどこに居るか知ってる?」
話に決着がついたところでボクは本来の目的を思い出し、ヨシさん親子に問いかけた。
今のボクに協力してくれる人は、決して多くない。このヨシムギ親子だって、ボクの今の地位が大王の側妃だと知れば、態度が豹変してしまうかもしれない。
それでも、ボクには頼るべき相手がこの親娘以外にいないのだ。
「……カヤ、かい。カヤはワクの妻になったんだろ? なら、こんな下遊郭にいるはずがないさね」
ヨシさんは何か言い辛そうに口をつむぐ。
その表情が、ボクの不安を更に加速させた。
「どこっ!? どこに居るの?」
「遊郭にも地位があってね。ここは新入りの娼館や娼婦があつまる区画さ。花魁が集まるような上遊郭は、神社に近い場所にある。カヤはそこに連れて行かれたって、アタシらは聞いてるよ」
ヨシさんの言葉を聞いて、ボクはヒハヤお姉ちゃんと初めて神社へと連行された日を思い出していた。
確かに、木枠の牢ごしに見た光景は神社へ近づけば近づくほど煌びやかになっていったと記憶している。
そうだ。ワクムスヒは裏切りの功で国軍の部隊長に任ぜられた。その妻であるなら、それなりの屋敷が与えられているはずなのだ。
「……連絡は、とれないの?」
分かりきった問いを口にしてしまうボク。
「さすがに、ね。アタシらに蜜な連絡をとられちゃあ、革命軍の火種は尽きない。ミカが別行動している以上、カヤとワクこそが革命軍の御頭だったんだ」
そのワクは裏切り、カヤは捕らわれの身となってしまった。ボク達の革命は結局、一戦もすることなく終わりを迎えてしまったわけだ。
「唯一の救いといえば、早々にワクが裏切ったおかげで人死にが出なかった点かねぇ。他の皆も今頃、家族と合流しているはずさ。もう、革命なんて無謀な真似は誰もやろうなんて思っちゃいない。……神輿として担ぐだけ担いといて勝手な言い分かもしれないけど、ヒルコちゃんはヒルコちゃんで、幸せになる道を探して欲しいんさね」
そんなヨシさんの言葉には、間違いなく慈愛の心が詰め込まれていた。
でもボクは、どうしても「男の支配下で生きる道」をとれない。
とれないほどに、ボクの心は犯されていたのだ。
最後までお読みいただきありがとうございます。
しばらくはまったりな週一更新となる予定です。




