第二十話:鳴戸の遊郭
まだまだ勉強中ではありますが、待たせすぎて忘れられてもいやなので(汗
週一程度の頻度で投稿していこうと思います。よろしくおねがいします。
「ヒルコお姉ちゃんがお城の外に出るのは、二人のお兄さんである大王にとって大変に重要なことなんだ」
そう言って、ボクは生まれて初めての嘘をついた。
「「そうなの(です)?」」
騙した相手はボクの側女である根折ちゃんと石折ちゃん姉妹。二人はとっても純真で、人を疑うということを知らない。これまでは兄であるタケミカズチの指示だけに従ってきたそうだ。
「そうなの。なぜかっていうとね、大王のお兄さんは今、恋をしている。恋ってわかる?」
「よく、わからないのです」
うん、予想通りの答え。
目の前の双子ちゃんは、どうみても十にも満たない年齢だ。さすがに旦那さんが居るってことはないし、恋心にも目覚めていないはず。
それでも恋に憧れるお年頃だったようで、初めて片方の動揺した声だけが聞こえた。なのです口調なのは、根折ちゃんだったんだ。一方の石折ちゃんは口をつぐんでいる。
石折ちゃんはちょっと意地っ張りさんなのかも。根折ちゃんのように人に頼ることが苦手みたいだ。
そして最後に恋の大切さを説けば……、
あれ?
「恋っていうのはね……、恋っていう、のは……」
そういやボクだって元奴隷で、人様に語れるような恋なんかしたことないじゃん!?
そう気づいた途端、額からブワリと冷や汗が湧き出てくる。しかして目線を下へと降ろせば、興味津々とばかりに瞳を輝かせた双子の眼差しがあるのだ。
「あ――…………っと」
拙い、ひっじょ~にまずい。今更ボクにもわかりませんとは言えないし。
(か、かみさま~?)
『俺にふるな俺に。自分の言動くらい責任をもたんか!』
(でもでもっ、神様なら恋の経験くらいあるよね? だってかみさまだもん)
ひどい決め付けである。
『そりゃあ、俺とて妻の一人くらい居るが』
(居るのっ!?)
『当たり前だっ、クシナダという名の娘でな。今も俺の帰りを待ち続ける愛い奴よ』
(そのあたりをくわしくっ! 出会いの切欠からこれまでを短くまとめて!)
『ええいっ、神に無茶難題を申すな! まさかこれが“願い”だとは言わんだろうな!?』
(違うけど聞きたい。今の窮地を脱する以上に、神様のコイバナにボク、興味があります!)
『目的を見失うでないっ!』
そんなやりとりが行なわれているとは露知らず、双子ちゃんはボクの答えを今か今かと待ちわびている。小さな両手で握りこぶしをつくり、瞳を輝かせて見上げるその姿はとても愛らしい。本来の目的がなければ抱きしめたまま寝床に潜りこみたいくらいだ。
「えっとね、恋とは――」
「「恋とはっ!?」」
もう、引き返すことなんかできやしない。ボクは思考を放棄し、ただ口の動くままに答えを導き出した。
それは――、
「本当の家族になるために必要な、『愛する心』という勾玉のことなのっ!」』
◇
なぜボクは、あんな嘘をついてしまったのだろうか。
話しの流れと言ってしまえばそれまでだけど、人が恋をするのに特別な勾玉が必要だなんて子供でも信じないと思う。それなのに双子ちゃんが信じてしまったのは、神としてあまりにも未熟で、そして純粋すぎるからだろう。
多分、あの二人は生まれつき神の側で生きている神寄り巫女であるがゆえに、人を疑うということを知らないのだ。だからこそボクがとんでもない大嘘をそのまま受け入れてしまっている。
それをボクは利用した。
二人の“お姉ちゃん”として、愛情を用いて騙したのだ。兄であるタケミカズチと姉であるヒハヤヒメ、それにワクムスヒを含むカグツチ一族が互いを愛し合う。そんな幸多き幻想をみせて。
急がなければならない。もし朝になってボクが側妃の部屋にいないと感づかれれば、ボクだけでなく二人にも重い罰を与えてしまいかねない。
勝負は今夜の一晩、朝までの僅かな時間のみだ。
「さてさて。脱出できたはいいけど、この姿じゃあ目立ちすぎるよね」
娼婦達の衣装はすでに都へ連行された時に目にしている。お店の中にいた最高位であろうお姉さん達でも側妃の衣服ほど絢爛ではない。
覚悟を、決めねばならなかった。
「本当はお客さんに変装したかったけど……」
今のボクはどう見ても男の子にはみえない。ならば道は一つだ。
「ええい、ままよっ!」
ボクは無駄に重ねられた側妃の豪奢な衣服から、胸紐や腰紐を解き始める。すると上半身に着込んだ曲領の衣がハラリと滑り落ち、続いて下半身を覆う裳をストンと落ちた。これでボクの身体に残ったのは薄手の衣一枚だけだ。
むき出しの両腕と両太股がひんやりと頼りないし、全身の肌が透けている。はずかしくて恥ずかしくて顔が沸騰しそうだ。でも今、ボクが化けれる存在は娼婦以外にない。ならばこれが当然だとばかりに、堂々を歩かないと。
まずは、カヤお姉さんを探し出そう。そうすれば他の革命軍の皆だって見つかるはずだ。
「まずは革命軍のみんなが無事か、この目で確認しないと!」
ボクはピシャリと両手で頬を叩き気合を入れる。そして盗まれないよう側妃の衣服を路地裏に隠すと、両腕で上半身を隠しながら足を踏み入れる。怪しい燈りがひしめく北志国最大の遊郭大通りはまるで、ボクの眼には地獄の入口のようにも見えていた。
物陰から一歩を踏み出すと、意外にも遊郭街は清潔で秩序が保たれているようだった。大通りの両脇に並び立つお店には、もれなく屈強な男が番人として立っているし、お役人の巡回もかなり頻繁に行なわれている。
遊郭の中央街道を堂々と、ボクはまっすぐ進む。
娼婦を買いにきたであろう男共は、遠巻きでジロジロと見るだけでちょっかいをかけてくることはなかった。
すくなくとも、この遊郭で乱暴狼藉を働く無謀な男はいない。そう初見で思えるだけの治安がここにはある。ボクはてっきり、娼婦のお姉さん達が酷い目にあっているとばかり思っていたのに。
それどころか店先のお姉さんは、元気いっぱいに今夜の客を探していた。
「きれい」
両の瞳をめいいっぱい開き、ボクは思わず感嘆の息を漏らした。すると、周りの男達がからかうように話しかけてくる。
「そりゃあ、水瓶の水面に移った自分に言うべきだ」
「お姫さん、この遊郭になんのようだ? まさかその歳で男漁りってわけもあるまい」
「……え?」
一応、娼婦に化けたつもりなんだけど、ボク。
「もしかして、娼婦に見えないかな?」
「そうさな。お前さんの一晩を買えるなら、この先の人生すべてをドブに放り投げても良いって男共が殺到するだろうなぁ」
ああ、この人達はボクが娼婦じゃないって確信できたから、話しかけてきたのか。
「一生分の運をこの出会いで使い果たしたって確信も持てるわな」
おおげさすぎるお世辞に、ボクの顔は真っ赤に染め上がる。
「そっ、そこまで大層な身分ではっ」
慌てながら両手を振って否定したボクを、周囲の男達は笑いながら見守ってくれている。ボクの頭は混乱の極みにあった。そこに親愛の情はあっても色欲は感じられないのはなぜだ。ここは、淫姦の都ではなかったのか。
そんな訝しげな表情を察してくれたのか、最初に声をかけてきた男が説明してくれた。
「心配するこたぁねえよ、お姫様。この遊郭は大王の姉君樣が発した令により、厳格な法が敷かれている。男は女がほしければ金を積み、口説く。それ以外のやり方は許されていねえからよ」
「そうそう、もしそれを破ったなら最低でも国外追放は免れねえ。一夜の欲望のために、この天国に居られなくなるなんて御免だぜ」
「もっともそうなる前に、店の番人や他の客の手で身包みを剥がされるぜ。くわえて裸一貫で、寒くも寂しい夜を過ごさなければならねぇ。そういうわけで、娼婦のお姉さん方が一人で往来を闊歩しても問題ないというわけだな」
後宮で教えてくれたヒハヤお姉ちゃんの法は絶対だった。
此処は確かに男の理想を描いた箱庭だけど、きちんとした秩序は存在する。女性が圧倒的弱者ではないのだ。
ああ、ほら。
その証拠に、あそこの店では威勢の良い奥様が旦那さんの尻を蹴り上げているじゃないか。
――って、あれは!?
「ようやく見つけたよアンタっ。アタシの娘はどこだい!?」
「まてまて待てっ。俺はだな、娘の幸せも考えたうえで――」
「うえでっ!? 遊郭に売り飛ばしたってのかい能無し亭主がっ!」
その形相は般若のごとく。旦那さんはただ怒りが鎮まるのを待つほかない。でもボクは、そんな般若さんの顔に見覚えがあった。
「あああ―――っ!」
思わず口をあんぐりと開けて、ボクは般若さんへ指を差しながら叫ぶ。間違いない、この人は――。
「……ヒルコ? アンタ、ヒルコちゃんかい!?」
「生きてた、生きてたようヨシさん。……良かったあぁぁぁ」
夢中で駆け寄ったボクは、喜びのあまり胸の中に飛び込んだ。
その人は革命軍の里で垢人形だった奴隷のボクを洗い、娘さんの巫女装束を着せてくれて、旦那さんが都へ一人娘を連れていってしまったと怒り狂い、そして美好でのワクの裏切りによって離れ離れになってしまった。
あの優しくも心の内に憤怒を抱えた、奥さんに違いなかった。




