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第十九話:人への絶望と、脱走。

「ご苦労だったな、人形」


 今だ衝撃の事実から抜け出せないボクを放置して、ミカさんへ声をかけたのは一人の男だった。側妃であるボクの部屋へ無断で入ってきた男の名を、ミカさんはボソリと呟く。


「…………ワク」


「気安く名を呼ぶんじゃねえよ。――――さっさと報告しろ。お前の弟、タケミカズチ様に代わって聞いてやる」


 もはやそこに幼馴染の親しさはない。ましてや義兄弟の絆など感じられるわけもない。同じカグツチ一族のはずなのに、まるで奴隷をあつかう主人のような口ぶりだ。

 それにワクムスヒは“報告しろ”という言葉を強く口にした。それだけでも解る、元からコイツはミカさんを裏で操っていたんだ。

 ワクムスヒの格好は以前とはまるで違っていた。里を出発した時とは違い、立派な甲冑と篭手、それに具足を身につけたその姿は別人であるかのようだ。


「……反乱軍の結成は失敗した。元々成功する見込みのない反乱だと、訪問した里の誰もが現実の変化を望まなかった」


 ボクに言ったように、ミカさんはワクムスヒにも同様の報告を繰り返す。その声色には相変わらず、何の感情も籠められてはいなかった。


「そうかよ、お前も役にたたねえな。不穏分子を炙りだして一網打尽にすりゃあ、話も楽だったのによ。まあ、いい。追って命を下してやる。……下がれ」


 もう用は無いとばかりに手を横に振ったワクムスヒに従い、ミカさんは部屋を出て行った。あの人に感情はないのだろうか。里でカヤお姉さんと親しげに話している時には、それでも温もりを感じたと思ったのだけど。

 ついで、ワクムスヒはボクの方へ視線を向けた。その表情は、侮蔑の色が濃い。 


「おまえ、側妃にしてもらったんだってな。大出世じゃねえか、お妃様になれる奴隷なんて初めてに違いねえ」


 裏切りの代償に得た地位がそんなにも誇らしいものか。そう反論したかったけど、今はそれどころじゃない。ボクは慌ててワクムスヒの眼前にまで駆け寄ると着物を掴み、ミカお兄さんが教えてくれた事実を口にする。


「ワクムスヒ、ミカお兄さんの報告で大変なことが分かったんだ。里が、お前達の里が近隣の里に攻め滅ぼされたんだ!」


 一瞬、彼の左目蓋がうわずる。

 だがそれだけだ。衝撃の事実であろうボクの言葉に、この男は驚きもしない。


「ああ、それか。予想はしていた、問題はない」


「……え?」


「問題はないと言ったのだ。あの里には老人と幼児しか残していないからな」


 ボクは左拳を握りしめ、怒りで小刻みに痙攣させていた。


「それは見捨てたって意味か? ミイちゃんだって、……アンタも可愛がってただろ」


「……それがどうした。老人はもう使えぬ命であるし、子などまた作ればよいだろう。代わりはもう居る」


「おまええええええええええええっ!!!」


 限界だった。ボクは神様の左手を血が滲むほどに握りしめ、飛びかかると同時に顔面を殴りつけようと試みる。

 けど、ボクの足は動かなかった。側妃付きの神寄りの巫女である双子によって、ボクの足は捕らわれていたのだ。


「ヒルコさま、ダメなの」「あばれちゃ、だめなの」


 少しだけ慌てたのか、何時もと違って重なりきらない双子の声が聞こえてくる。

 二人はボクの傍に控えていたわけではない。ましてやボクの足にしがみ付いていたわけでもない。部屋の入口を見れば正座しながら頭を垂れ、畳の上に両手重ねて礼を取るように伏している。

 何も不審な点はなかった。只一つ、二人の両手が畳の中へと潜って見えなくなっていること以外は。

 根折(ネサク)は紐のように伸びた手を床下に伸ばし、ボクの両足をしかと掴んでいた。

 石折(イハサク)はそんな根折に寄り添い、彼女の腕を石のような重さへと変えていた。

 二人が側付きとして紹介された時に、予め忠告されていたことだ。この城は大王の住まう神聖な場所。乱暴狼藉は決してあってはならず、特に異例の出世であるボクにはお目付け役をつけておくと。たとえ何処に居ようとも双子の四肢は神社のどこにでも伸び、ボクを束縛している。

 当然ではあるけど、ボクはまだ雷神:タケミカズチに信用されていないのだ。


「アンタには、人の心ってものがないのかっ!」


 その場から一歩も動けないボクは、苦し紛れに叫ぶ。だがその程度でワクムスヒの心は揺らぎもしない。


「お前こそ現実が見えてねえにもほどがあるぞ。いいか、この国は文字通り神の国だ。雷神:タケミカズチ様が治める以上、俺ら人間がどう足掻こうが勝ち目なんてない。平穏無事に暮らしたければ、従うほかねえんだよ」


「そんなことっ!」


「現にお前だって側妃という立場にいる。負けたんだろ? 負けて、膝を折って。雷神樣の妾にしてもらったってわけだ。運がいいぜ、普通なら城下の娼婦で一生を終えるトコなのによ」


「ボクはまだ、諦めていないっ!」


「諦めないって革命をか? 里はもうない、全員が生死不明だ。このうえで革命を成したとて、誰が喜ぶ。万が一成功したとて、ただ王が代わるだけだ。雷神からアンタへ、火の巫女神へな。

 そうしたら今度は女に権力を持たせて男を虐げるか? ……この世に真の平等なんざ、ありはしねえんだよ。


 あるのはただ、強者が弱者を喰らう摂理だけだ!」


 ワクムスヒの口から吐き捨てるように、神様と同じ言葉が飛び出した。

 ボクが神様と出会って、里にたどり着くまで何度も心の中で教えられた真理だ。信じていなかったわけじゃない。でも心のどこかで、人はそこまで愚かじゃないと思っていた。


 慈悲の心というものが、人にはあるはずだと。


 絶望し、木板の床に涙を落とすボクに最後の言葉が降ってきた。


「せいぜい、タケミカズチ様に媚を売りな。女ができることなんざ、男を慰めることしかねえんだからよ」


 それは、北志国の都“鳴戸”では誰もが知っている常識以外のなにものでもなかった。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 それからのボクは、無為に時間を浪費する日々が続いた。

 ただ寝床から起き、飯を三度食べ、寝床に入る。それをもう何度くりかえしただろうか。かつて側女としてのイロハを教えてくれた先輩側女と側女長に、今ではお世話をされてしまう立場だ。


「そういえば里から出発する前にも、こんなことがあったなあ」


 今はなき、活気のある里の情景を思い出す。あの時は、これまでの奴隷生活で痩せきっていた身体に肉をつけるためだった。ボクはカヤお姉さんやミカお兄さん、それにワクさんに手厚く保護してもらったんだ。


 短くはあったけど暖かい日々だった。それが今ではもう、幻のように儚く感じる。


 今のボクに出来る事と言えば、監視役でもある側付きの双子と会話するくらいだ。


「二人は、何時からこの城に住んでるの?」


 話してみると根折(ネサク)ちゃんの方がお喋りで、石折(イハサク)ちゃんはお喋りが苦手なようだった。

 よってこんな質問をしたら、たいてい答えてくれるのは根折ちゃんだ。


「いつから? ……ずっとまえ、ずっとずっと。生まれた時はまだ明るい世界にいたの」


 明るい世界とはなんだろうか。この鳴戸みたいに外灯が沢山ある都かな?


「お兄さんと一緒にこの城へ来たの?」


「そう、最初はいっぱい、いっぱいのお兄さんお姉さんがいたの。神様のお姉さんも、人間のお兄さんもたくさんいたの。でも、真っ暗な世界に来たのは三人だけなの」


 この三人とは多分、ヒハヤお姉ちゃんとタケミカズチ、そしてミカさんのことだろう。過去には更に沢山の兄弟がいたのだろうか。

 正直、根折ちゃんの話はほとんどが理解できないものだった。でも二人は特にミカお兄さんに可愛がられているようだった。


「昔のミカお兄さん、言ってたの。ヒハヤお姉ちゃんとタケミお兄ちゃんは、此処にいるべき人じゃないって。ここじゃ、二人がかわいそうだって」


 可愛そう? 大王の地位に神様が?? まったくもって意味が分からない。

 もう、我慢の限界だった。せめて城下へ行き、カヤお姉さんの無事だけでもこの目で確認したい。

 そのためには…………。


「ねえ、じゃあボクが二人のお姉ちゃんになってあげようか?」


 この純真な双子を、ボクは騙さなければならなかったのだ。

 最後までお読み頂きありがとうございます。

 このお話で溜め込んでいたストックを吐き出してしまいましたので、しばらくお時間を頂戴します。たまに更新されたかな? と覗きにきていただければ幸いです。


 よろしくお願いします。

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