表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/29

第十八話:側妃と最後の神。

 ある意味、これは大団円と呼べる結果なのかもしれない。

 ボクは大王にあてがわれた一室の雨戸を開け、夜風を顔に浴びながらそんな事を想っていた。

 なぜなら少なくとも革命軍、いやもはや反乱軍と呼ぶべきだろうけど、そこからは一人の死人も出ずに今日を迎えていたからだ。


 ヒハヤお姉ちゃんは正式にこの北志国の正妃となり、大王の懐へ潜り込んだ。もともと武力で雷神に敵うわけもないから、後宮の主人として内からこの国を変えようとしていたのだ。ある意味、思惑通りとも言える。

 裏切り者のワクムスヒは国軍の隊長になり、正式にカヤお姉さんを嫁にしたとの風の噂が届いている。元々ヤツの目的はカヤお姉さん本人だ。それならば酷い真似をされる心配もないだろう。

 そしてボクはなんと、ヒハヤお姉ちゃんに次ぐ地位である側妃となり、この城で丁重にもてなされていた。大人しく従うための条件は、ヒハヤお姉ちゃん以上の後宮に対する絶対的支配権。これさえあれば、たとえ大王でもお世話になった側女さん達への乱暴狼藉はできないはずなのだ。


「ほんの少し前まで奴隷だったボクが美好の姫巫女になって、そして今では鳴戸のお妃様か。冗談にしても笑えないし、誰も信じてくれないよね」


 今となってはあのボロボロで身軽すぎる奴隷服が、なんとも恋しくさえある。なにせ側妃の衣装ときたら、どれだけの布を重ねれば気が済むんだと怒鳴りたくなるほどの厚さと重さをほこっているのだ。しかしてそれも、贅沢すぎる悩みだと自重せざるをえない。


「……大団円なのはボク達だけ、でもないんだよね」


 淫姦の国“北志国”の都、鳴戸。

 その名に違わぬ光景が今も城下からボクの耳に届いている。今日も、そして今も街の女の子達は、自らの身体をもって奉仕し続けている。それだけが唯一、生きるための糧を得る手段だからだ。


 可愛そうではある。

 けど元奴隷のボクから見れば、まだ娼婦で居られるなら幸せな方だとも思う。 

 娼婦が幸せなんて、酷いことを言う女の子だ。そう軽蔑されるかもしれない。

 でも美好から牢へ入れられて、そのまま馬車で鳴戸の城下を通った時。ボクは心の中で思いはしたけど、口にしなかった言葉があった。


 それは奴隷と違って、彼女たち娼婦には“人生を賭けて勝負する権利”が与えられているということだ。


 確かに以前ヒハヤお姉ちゃんが言っていたように、勝負に敗れて落ちぶれる娘だっているだろう。

 しかし裏を返せば、それは生存競争に負けた結果だ。これがもし奴隷なら落ちぶれるなんて段階をはさまない。黄泉の国へ一直線、真っ逆さまに墜ちるだけ。


 それに加えて、ヒハヤお姉ちゃんが作り上げた娼婦制度は、何も頂点に立たなければならないわけじゃない。

 お店も客である男達の人数分、娼婦である女の子達も数がいる。しかも客の所持金に応じて、上中下の三段階を担当する娘達が必要だ。お店の主人はそれだけの人数を飢えさせない程度に、そして見目が悪くならない程度には食べさせなければならない。

 それに加え地位を上げていければ、娼婦のお給料も良くなっていくという。頑張れば自分自身を買い取れる未来さえ見えてくるのだ。


 ならば後は自分の努力と運次第、神様のいう弱肉強食は女性にさえ平等だ。


 そう、平等なのだ。

 他人から見ればボクは、奴隷から側妃にまでのし上がった剛運の持ち主ということになる。


 でも、


「でも、このままで良いなんて。……言えるワケがないだろぉ!」


 豪奢な木彫りの手すりに、ボクは神様がくれた左拳をたたきつける。鈍い打撃音と共に、木目にそってヒビが走る。

 事態は一応の決着をみた。だからって納得できるかと言えば、そんなことあるわけがない。


 鳴戸に来てからというもの、ボクの“男嫌い”は病のように身体を犯してゆく。

 これまでボクが並べ立てたのは、あくまで“男からみた理屈”だ。

 誰もが望んだ結果では決してないし、ボクが出会った優しい女性達の心は踏みにじられている。


 ボクを奴隷から人に戻してくれた恩人、カヤお姉さんはミカお兄さんという旦那さんが居るにも関わらずワクムスヒの妻となり。

 ボクを妹として可愛がってくれた恩人、ヒハヤお姉ちゃんは実の弟の正妃となった。

 二人は決して、その男を愛しているわけじゃない。


 これが平等?


 事態は決着をみた?


 ふざけるな、この国は何もかわっちゃあいない。

 男が女を虐げた上での平等に、平穏に一体なんの価値がある。

 男共が用意した箱庭の中で勝負し、与えられた結果で満足してどうする。


 これまでの女性は男共に奉仕してきた。

 ならば以後は、男共に奉仕してもらおうか。いや、それはそれで面倒なのかも。


「かみさま、ボク。もしかしたら願い事、……決まりそうかも」


 ボクは独り言のように暗く、ボソリとそう呟いた。


『で、あるか。だが以前言った俺の忠告も忘れるでないぞ? お前は、お前のために俺を使え』


「もちろんこれはボクの、ボクだけの願いだよ。誰にだって邪魔はさせないし、否定もさせな――」


 そこまで口にして、ボクは異様な気配を背後から感じた。

 でもこの感じ、久しぶりではあるけど始めてではない。けど今のボクにとってはイヤに感じてしまう気配だった。


「……ヒルコ」


 ぼそり、と小さくも男らしい声がボクの名を呼んだ。この名でボクを呼ぶ人は今や数少ない。

 しかも、それが男の人ともなれば尚更だ。


「お久しぶり、です。――――ミカお兄さん」


 ここからでも山中を駆け抜けてきた、男らしい汗の臭いが漂ってくる。間違いない、革命軍の御頭にして、カヤお姉さんの旦那さんであるミカお兄さんだ。

 本来なら再会を喜ばねばならないはずだった。間違えちゃいけない。だって彼は味方だ、味方のはずなんだ。

 それでもワクムスヒの裏切りという現実と、ボクの心に渦巻く男嫌いが、ミカお兄さんを信用させずにいた。



 ◇



 あいも変わらず無口な人だ。というのが、久しぶりに再会したミカお兄さんの感想だった。

 自分から何かをするわけでもなく、ただ与えられた命令をこなす人形のような人。なんとなくではあるけれど、ボクのそんな印象は間違っていないと確信できる。

 ミカお兄さんはボク達とは違い、革命軍にあっても単独で行動していた。その目的は、各地に点在する里に協力を求めて戦力を増強することにある。彼等とて五十人にもみたない戦力で革命を達成できるなどとは考えていなかったのだ。

 ミカお兄さんの表情からは喜びも悲しみも伺えない。ならば、直接問いただすほかないだろう。ボクは覚悟を決めて、口を開いた。


「他の里から協力は得られたの? それを纏めた軍は? ……話して」


「…………失敗した。元々成功する見込みのない反乱だ。訪問した里の誰もが、今という現実の変化を望まなかった」


 ミカお兄さんはボクの“話せ”という命令を忠実に実行する。それに革命軍側であるはずのミカお兄さんが、自分達の革命を“反乱”と呼ぶのにも違和感が残った。


「……ふーん、そう。ねえ、ミカさん」


「……?」


「カヤお姉さんは、貴方の奥さんは幼馴染のワクムスヒへ嫁入りしたよ。しってた?」


「………………」


 ボクはこの男を試すように事実を突きつける。

 普通の人なら驚き、慌て、どういうことなのかとボクへ詰め寄るはずだ。それなのに、自分の奥さんが非道な手段で奪われたというのにっ!


「ねえ、なんで顔色一つ変えないの? もしかして、お人形さんなの?」


「………………」


『人形か、言い得て妙だな。ヤツの正式な名は甕速日神(みかはやひのかみ)(みか)とは酒や水を入れる瓶などの意味をもつ。命令という中身がなければ人形同然(やくたたず)なのは当たり前のことだな』


(そんな屁理屈はどうでもいい。問題はこの人が、ボクらを裏切っているのかどうかってこと!)


『それは、自らの口で問うてみるがいい』


 少しだけ楽しそうな調子でボクをイラつかせながら、神様はボクにそう言い放った。言われるまでもない。


「こんな所に来てる場合じゃないでしょ? ボクは側妃として大王に監視されている、この城から動けない。なら唯一自由に動けるミカお兄さんがやるしかないんだ。自分の奥さんを取り戻すためにね」


 わざと命令にせず、状況の説明だけに留める。


 案の定だった。ミカさんはボクの言葉を“命令ではない”として聞き流し、再び待ちの姿勢になった。


「俺のコレまで受けた命令は、

 カヤの“里の頭として皆の腹を空かせるな”

 同じくカヤの“里の侵入者に害意があるかどうか見極めろ”

 ワクの“北志国に分散した里に叛意がないか調べあげ、別の反乱軍をまとめ上げろ”

 この三つだ。カヤの命令だった里はもはや無く、ワクの命令も失敗であるが遂行済み。


 よってこれより俺は待機状態に入る。ヒルコ……俺に、命令を」


「命令なんかじゃなくて、自分の意思で動けよっ!!」


「その命令は受諾できない」


「アンタの大切な、愛する人がっ! 幼馴染だって言ってたワクムスヒに奪われたんだ。 やることなんて一つしかないだろっ!!」


「一つとはなんだ。命令は具体的に、詳細に願う」


 顔色一つ変えることなくミカはボクの命令を待っている。


 いや、ちょっと待って。


 今この男、何と言った?


「ねえ、ミカさん。念の為もう一度聞くけど……」


「なんだ」


 ミカは自分が最近になって受けた命令は三つだと言った。

 革命軍が出発する時に発したワクの命令はどうでもいい。もうすでにこの時、裏切っていたとしても別段驚きはしない。

 だがもう片方、カヤお姉さんからの命令は聞き捨てなら無い。


「“里がもうない”ってどういうことっ!?」


 あの里にはまだ、軍に参加できないお婆ちゃんや、


 カヤお姉さんとこの人の一人娘である、ミイちゃんが――――。


「……? もう一度、報告を実施する。カヤの命であった里関連はもう実行できない。戦力を根こそぎ革命に注ぎ込んだあの里は防備が手薄となり、近隣の大里によって攻め滅ぼされた。


 生存者の有無は、――――不明だ」


 ……そんなっ。

 最後までお読みいただきありがとうございました。

 主人公が良い感じに病んできましたね。かみさまへお願いを言う日も近いかもしれません。いったい、ヒルコちゃんは何を願うのか。よろしければお付き合いください。


 では、また明日17時に。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ