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第十五話:後宮のひみつ(前編)

 大王との謁見を終えたボクは牢から解放され、奥殿にある後宮へと連行された。

 いくら美好で“巫女送りの儀”を勝ち抜いたとはいえ、反乱軍の一員だった事実にかわりはない。罪人として、一体どんな酷い目にあうのかと心の中で覚悟する。

 しかして女の園ともよばれる此処には罪も裁きもなく、ただ秩序と静謐を絵に書いたような規律正しい世界だった。

 とうぜん新入りで無教養なボクは、“礼儀作法や教養”などを叩き込まれるところから始まるみたい。


「んみゅゃあああ~」


 目の前に積み上げられた木簡の山に、立ち向かう気概が奪われる。机の上に顎をのせ、妙な呻き声も出ようというものだ。


「なんですかその獣のごとき鳴き声はっ、まだまだ後宮の側女として覚えることは山ほどありますよ!」


 そういってボクを叱咤するのは、側女長さん。この後宮の最年長でもある女傑さんだ。

 ボクも一員になってみて驚いたのだけど、後宮というのは別に若く美しい娘さんだけが住んでいるわけではない。大王のお世話や相談役までをかねる年を経たお婆さんが絶大な権力を握っていたりもするのだ。


「もう頭がぐわんぐわんするよう~」


 そんなわけで、もし弱音を吐こうものなら――


「ふむ、では身体を動かしますか? 水を張った皿を両手に、廊下を百往復! 一滴でも床に零せば最初からやり直しです!!」


 ――更に厳しい修行が待ち受けている。

 

 でも、そんなシゴキにも不思議と嫌とは思えない。


「にゃはは……」


「汗だくで笑うなど、なんとも奇妙な娘ですね。貴女は」


 側女長は呆れながらも苦笑している。

 奴隷だった頃の村長は、自らのためにボクを使っていた。でもコレは全て、側女長がボクのためを思って課した試練だ。そう思えば、汗の流し甲斐もあろうというもので。

 やさぐれたボクの心は、少しづつではあるけど説きほぐれてゆくような気がした。


 そんな厳しい修行の後に決まって来るのは、こちら。

 周囲に舞うは熱の篭った白い雲。真っ赤に焼ける石に水を垂らして。この灼熱地獄がなぜこんなにもボクを極楽へいざなうのか。こんなに贅沢な想いをすると、逆に罰が当たりそうで怖いくらいで。それでも側女は、身体を小奇麗にするのも仕事のうちみたい。


 そう、これはお風呂。


 蒸気で部屋を温め、一日の疲れを吹き飛ばす至福の時間。

 加えて、側女長に隠れてお喋りできる貴重な場所でもある。


「やっぱり、いつ見てもすごい赤髪……」


 そう言ってくれるのは、この後宮でできた初めての友達で双子の姉でもある“ネサク”ちゃん。


「赤だけじゃないの。赤の中に黄色もあるし、少しだけだけど青色もあるの」

 

 そして双子の妹の“イハサク”ちゃん。

 うまく自分の髪が洗えないボクを心配して、なんやかんやとお世話をやいてくれています。

 最初はしっかりと油分を取り除いた後に、微妙にすっぱい臭いのする海石榴(つばき)油を髪に塗りたくられ。


「顔がくすぐったい~」


 次は日焼けしっぱなしの顔に、とろとろの水をピチャピチャ。

 しまいには、


「あの、うまく隠しているみたいですけど。宮中へ剣を持ちこむのは禁止ですよ?」


 なんとこの双子さん、ボクが左腕に隠している神様の剣まで見破ってしまった。


(えぇ、なんで見えるのぉ!?)


『こやつ等は只の人ではない。ヒハヤや、タケミカズチと同じ血を引く“神寄り巫女”よ。巫女送りで入ってきた側女とは格の違う、半女神と言ってもいい存在だ』


 それって、半分女神樣みたいなもんってこと?


『俺とは比べるべくもないが、まぁそう言うことだ。故に神しか見えぬモノも見抜く眼を与えられておる。だが』


 そこで神様は言葉をきった。そして再び笑ったかのように教えてくれる。


『安心するがいい。俺という存在だけは、ヒハヤやタケミカズチといった神でなければ見破れまい』


 なるほど。ある意味、一番最悪の事態は避けられるわけね。なんと言っても此処は女の園である後宮、男の神様が本来居ていい所じゃないのだ。


『うむ。ゆえに此度も存分に磨かれるがよい』


 ああ、里の奥様方にも散々オモチャにされたっけ。


(今度はどんな風に化けちゃうのかなあ、ボク)


 思わず心の中でため息をつく。前回とは違って、此処には鏡なんて高級品もある。ゆえに自分の顔を確認することだって出来るのだ。


『今回は村女ではない、品位と素養を兼ね備えた神に仕える娘共の作だ。出来栄えがまっこと楽しみよな。ふはははは』


 ふはははは、じゃないよ。お気楽な神様だなあ、…………もう。

 

 神の祝福をうけた“神寄り巫女”。巫女送りされた者の中でも一等才覚を示した双子さん。

 勿論ココに居るここにいる先輩妾さん達は、巫女送りの儀を勝ち抜いた人間の娘さんも沢山いて。明らかに城下街で見た娼婦のお姉さん方よりずっと綺麗で、気品にあふれてる。


 でもそれなら当然、才覚を示せなかった娘さん達もでてくるわけで。

 後宮に入れたからとて、安心はできない。ここで才なしと判断されれば、ボクも城下街で身を売らなければならなくなる。それは後宮に入った初日に側女長の口からすっぱく言われた現実だ。

 

 別にあの大王に抱かれたいわけじゃない、それどころか絶対にお断りだ。

 それでもボクは後宮での側女という地位を利用して、やらなければならないことがあった。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 こうして後宮での暮らしが始まったわけだけども。

 女としてのオツトメなど知るはずもないボクは、まず双子ちゃんのお仕事を見学するところから始まった。

 それに、しばらく生活するとボクは後宮の不思議な事実に気が付いた。


「えっ、大王から一度もお呼びがかからないの? この後宮を建ててから一度も??」


 清楚な純白の装束を着て雑巾を持ち、廊下の拭き掃除をしていたボクは意外な話題を耳にした。

 この衣装も最初は死装束にしか見えなかったけど、そんな違和感は数日で消え去った。それより今は、話題の方だ。

 情報源はこの後宮での先輩側女さん達。ボクがびっくりすると、良く話されている話題なのか他の先輩方も話にくわわってくる。女だけの井戸端会議というやつだ。

 さすがに大王と血の繋がっている双子ちゃんとは、こんな話できないもんね。


「ええっ、私も昨年来たばかりなのだけど……。これだけ素敵な御姉様方がいらっしゃるにも関わらず、タケミカズチ様から伽を命ぜられた方はいらっしゃらないみたい」


 それじゃあこの百人近い大後宮を持つ意味がない。

 実質ここの頂点に立っている側女長や、お世話係のお婆さん達だけではなく。今現在お話している先輩達は十代の半ばから後半、今が一番美しい時期だ。

 なのに“お呼び出し”がないのなら、なぜ美好で巫女送りの儀を行なわせ、見目の良い巫女を集めているのだろうか。最近の皆さんはその噂で持ちきりとなっていた。


「大王はきっと、“おたち”にならないのよ」


 とか、


「もしくは姉君を偏愛するあまり、私達は相手にされてないのよ。後宮をエサにして、姉君から嫉妬を頂戴しようとなさっていらっしゃるのかも」


 だったり、果てには。


「卑弥呼ちゃんが来た時には“もしや”とも思ったのだけどねえ」


 ボクの方にまで白羽の矢が。当然のごとく全力で否定する。


「いやいや、先輩方より先にお呼ばれなんてされたら大変ですよぉ」

 

 後宮に住むお姉様方は刺激に飢えているんだろう。それが危なければあぶないほど、もりあがる話題となる。

 そして最後には、


「ちょっと、ちょっと。他の方に聞かれたらどうするつもり!?」


 という言葉で締めくくるのが恒例だ。


 そんな、平穏が続いたある日。

 ボクは、一つの仕事を命じられた。


 そして先輩方の軽すぎる噂は、偶然にも一つ、見事に的中してしまうのだった。

 最後までお読みいただきありがとうございました。

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