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第十四話:淫姦の都“鳴戸”

 ガラガラとという車輪の音と、石畳を踏む蹄の音だけが鳴り響く。

 裏切り者ワクの用意した隠れ家は郊外にあったらしく、ボク達は牢ごと馬車の荷物となって移動している。その道中、ヒハヤお姉ちゃんは弟さんの豹変ぶりに心を痛めていた。


「まさか、あの子があそこまで憎しみを溜め込んでいたなんて――」


 もともと家族という存在が記憶にないボクには、ヒハヤお姉ちゃんの悲しみを理解できるなんて言えない。それでもワクさんの裏切りは、ミカさんとカヤお姉さんを悲しませたことだろう。

 美好で行なわれた“巫女送りの儀”へ赴くボクを、カヤお姉さん一人に任せたのも、ワクさんは自分の正体を義姉であるヒハヤお姉ちゃんに気づかれたくないからだと、今なら分かる。


 けどそんな悲しみに浸る余裕があったのも街中に入るまでだった。

 一国の都なだけはあって活気のある城下町だ。至る所に篝火が灯り、頼りない月明かりなど此処では必要ない。豪奢な石畳の街道には人があふれて活気に満ちてはいるが、不自然なほどに男女の立ち位置が分かれていた。


「あのお姉さん達って……」


 ボクは分かりきった問いを口にする。


「……もちろん、みんな娼婦よ。彼女達は、文字通り自分の身体でその日の糧を得ているの」


 そんな問いに、律儀にもヒハヤお姉ちゃんは答えてくれた。

 要するに、買う側と買われる側なのだ。両脇にはずらりと木造の店が立ち並び、玄関口には私が商品ですと言わんばかりにお姉さん達が立っている。男達は街道を散策し、今夜のお相手を見繕うわけだ。

 一見すれば、華やかな世界にも見える。事実、店の奥には花形役の女性が誇らしそうに君臨しているのも見えた。


「女にも意地があるからね。たとえ娼婦だとしても、その中でも段位があるのよ。中でも最上ともなれば、金持ちってだけじゃあ相手にもしてもらえない。……けど」


 ヒハヤお姉ちゃんはそこまで言うと、一つ大きく息を吸い込んだ。


「けど?」


「そこまで上り詰める娼婦なんて数人もいやしない。なら他の大多数はどうなってゆくのかは……、元奴隷の卑弥呼ちゃんなら言わなくてもわかるわよね?」


 ボクはお姉さんにならって大きく深呼吸すると、深く頷いた。

 そう。女性というだけで差別され、不浄だと言われる。なら男の何処がそこまで偉いんだろうか? 男が女より体格がよく、力が強いのは、次代の子を生む女性を守るためではないのだろうか?

 ボクの脳裏に村長や副村長、そして裏切り者だったワクムスヒの顔が浮かび上がる。どうしてこう男という生物は女性を道具のように利用せねば満足できないのか。


 城下街の大通りを進むだけで、この都がなぜ“鳴戸”と呼ばれるのかがよく分かる。

 どの店の戸からも、“娼婦の鳴き声”が聞こえてくるからだ。昼も夜も関係ない、逃げ場もない、娼婦の都。此処こそ、まさに女の地獄。

 ボクはそんな鳴き声を常に耳へ入れながら、城の門前にまでやってきた。

 もう気分は最悪だ。こうして牢ごと馬車で運ばれている今も含め、この都全体がボクの心を蝕んでゆく。


「男なんて、……ダイキライだっ」


 ボソリと呟いた独り言。それを聞いていたのは隣に居るヒハヤお姉ちゃんと、ボクの中に居る神様だけだった。



 ◇


 

 国の都に建つだけあり、ずいぶんと豪勢な造りをした神社(しろ)だった。屋根は最近敷いたばかりの萱葺きだし、極太の柱で組まれた外壁は真っ白い粘土が塗られている。

 もちろん何重もの兵が居る門を潜らねばたどり着けない、王の住処だ。


 暴れられないよう、木枠で組まれた牢に入ったまま。裏切り者のワクを先頭に謁見の間へと通される。そこは綺麗な畳がしかれた聖廟な雰囲気が漂っている。


 上の座に下ろされた薄布の先に、誰かがいる。

 しかも、両脇に二人だ。つまりは此処の主人は二人居るってこと?

 混乱するボクを置きざりにして口を開いたのは、同じ牢に居る隣の女神樣だった。


「只今もどりました。留守番ご苦労さま、根折(ネサク)石折(イハサク)


「ふえっ!?」


 隣の女神樣とは、もちろんヒハヤお姉ちゃんだ。その口ぶりは、下座に居る人のそれじゃない。明らかに薄布の先に居る二人より上にいる物言いだ。


「「お帰りなさいませ(なのです)、ヒハヤおねえさま」」


「ふええっ!??」


 しかして上座の二人は、それを無礼だとは受け取らなかった。それどころか薄布をめくりあげて姿を見せ、同じ段の畳まで進むと頭を垂れたのだ。


「お姉さん、この子達は?」


「ああ。この双子はね、私の妹なの。左のひょろりと手足が長いのがネサクで、右のがっしりどっしりしているのがイハサクね。仲良くしてくれたら嬉しいな」


 あの裏切り者のワクムスヒといい、一体カグツチ一族は何人兄妹なのか想像もつかない。

 それにひょろりとか、がっしりどっしりとか、女の子を表現するのに相応しくない言葉だなあ。たしかに、二人はそんな感じの姿形をしている。言われてみれば、顔立ちもどことなくヒハヤヒメお姉さんに似ていなくもない。


「「よろしくお願いします(なのです)。…………」」


 今度はボクに向かって挨拶をしてくれる双子ちゃん。呼吸が合いすぎで、どっちの子がなのです口調なのかも分からない。とりあえず自己紹介のお返しをしよう。


「ボクの名前は、ヒルコ。よろしくね二人共」


「「はい、よろしく(なので)――――ええっ!!??」」


 仲良くなれるように握手をしようと格子の隙間から右手を伸ばす。けど、この双子ちゃんはボクの名乗りでビックリしているみたいだ。そして救いの視線をヒハヤお姉ちゃんに向けている。


「二人共、彼女の名を呼ぶ時は“卑弥呼お姉さん”と呼びなさい。いいわね?」


「「はい、(なのですぅ)!」」


 なになに? ボクの名前ってもしかして、口に出す事さえはばかれる下品さなの?

 そりゃあ確かに、蛭の子なんて気味が悪いけれども。さすがに口に出来ないほどじゃあ、なくない?


『ふむ、まあ今はそう思っておけ。存外、卑弥呼という名も気に入っておるのだろう?』


 と、神様。まあね、そうじゃなきゃとっくにヒハヤお姉ちゃんにも「ヒルコ」って呼んでもらってるだろうしね。

 一見、此方の方が優位に立ったような会話だった。けどそれは、この双子ちゃんだけに当てはまるものであり、ここが王の間で、ボク達は牢に入っているという事実は変わらない。

 もう考える時間は残されていないようだ。


「「大王の、お成りでございます」」


 慌てて元の位置に戻った双子ちゃんの声が、厳かに部屋全体へと響く。

 そうか、この二人は小姓なんだ。だから上座にいたのだ。ボクは慌てて額を畳にこすり付ける。


 だってバサリと薄布をひるがえし、次に出てくる人はもちろん――。


「面をあげい。……久しいな、姉上。たとえ牢の中にあろうと、貴女の美しさばかりは消すこと叶わぬ」


 この人が雷神:タケミカズチ。この国の大王。身体中から発せられるヒリヒリとした威圧感は、問答無用に従いたくなるほどのものだ。

 けれどヒハヤお姉ちゃんはボクとは違い、頭をさげるつもりなどなかった。まったくもって堂々とした態度だ。


「弟に世辞をもらっても嬉しくないわね。そのような言葉は、かの三貴子であらせられるツクヨミ様から頂けてこそ光栄というものよ」


 ツクヨミ様って、誰だろう? とは疑問に思うけど、口は挟んでよい空気とも思えなかった。そう思う間もなく、二人の話題はすぐさまボクの方へと移ってくる。


「ふん、相変わらずの減らず口よな。そこな娘、名を何と申す」


「――っ!? ……卑弥呼と申します」


 とっさに偽名である卑弥呼を名乗ってしまうボク。さきほどの双子との会話が耳に残っていたのだ。ヒルコという名は、ここでは名乗らない方がいいらしい。


「で、あるか。ならば卑弥呼よ、巫女送りの儀を勝ち抜いたこと、まことに大儀であった。今後は後宮に住み、影から余を支えよ」


 わざわざ「よいな?」などど確認しない。ボクの返事も待たない。これこそが王の言葉だ。

 そして最後に大王の視線は、ボクらをここまで連行したワクムスヒへと注がれる。


「さて、最後に我が愚弟:ワクムスヒ。姉上方をこの都までお連れした功、お前にしては見事である。何か望みの褒美あるか? 何なりと申せ」


 裏切り者のワクは更に頭を下げ、念願である己が望みを願いでた。


「ありがたき幸せです兄上。ならば愛する女を一人、嫁に頂く許可を」


「……その女はいずこか」


「ここにっ」


 準備は万端、そういうことらしい。おくれて王の間に姿を表すカヤお姉さん、その表情は憤怒の色にそまっていた。


「くそ、離しやがれっ! ワクっ、よくも裏切ってくれたね。この大馬鹿がっ!!」


 おそらくは武器を隠し持っていないか調べられたのだろう。薄着の布一枚となったカヤお姉さんの姿はなんとも寒そうではあるが、顔は真っ赤に沸騰している。

 一世一代の勝負を台無しにされたのだ。カヤお姉さんの怒りっぷりは無理もない。一方の雷神は不思議そうに口を開いた。


「俺の眼が悪くなったか、仲間を売ってまで得るには腹のでた見目のわるい女よ。貴様は不細工が好みなのか?」


 その言葉を聞いたワクは、関係ないとばかりに切り捨てる。カヤお姉さんを不細工と言われて、少し怒ってるみたいだ。


「どうぞ、お好きに判断してくだされ。どちらにしろ、この都ではやっていけぬ女なはず。問題はありますまい?」


「大有りだ、この馬鹿っ!」


「ふむ、ふむふむふむ。重要なのは見目だけではないのだが、特にそのカヤという女はの……。まあ、よかろう。これはこれで面白い事態になりそうだ。その女、貴様に褒美としてくれてやろう。連れて行くがよい」


「……有り難き幸せっ」


 頭を下げたワクの口元が、ニヤリと緩む。話がまとまった、纏まってしまった。もしかしたら今後、もう二度と会えないかもしれない。ボクは思わず名を呼んでいた。


「カヤお姉さんっ!」


 カヤお姉さんも、ボクの存在に気づいてくれた。そして、こう言ってくれたんだ。


「ヒル――っ!? ……いいかい、絶対に死ぬんじゃないよ。そして生き抜く為に、殺しを躊躇うんじゃないよ! いいねっ!?」


「おねええさああああああああああっん!!」


 こうしてボク達の革命軍。いや、反乱軍は壊滅した。

 無様なものだった。身内の中に裏切り者がいたなんて、しかもそれが頭だったなんて。

 最初から失敗する未来しかなかったのだ。


 そしてボクは、今年の“巫女送りの儀”で選ばれた巫女として。


 この北志国の大王にして、ヒハヤヒメお姉さんの弟にして、神。


 雷神:タケミカズチ。


 彼の後宮へ、新米側女として入ることが決定した。

最後までお読みいただき有難う御座いました。

このお話から第一部の後半へ突入していきます。

前半に振り撒いた伏線を回収しつつ、読み応えのある作品を目指していきますので、どうぞお付き合い下さい。

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