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第十三話:いざっ、花の都“鳴戸”へ!

 結局、美好で開催された今回の“巫女送りの儀”は、勝者の決まらぬまま終わりを告げた。

 その元凶であるボクが何を言ってるんだって話だけど、やってしまったものは仕様が無い。そう思えるようになったのだけは進歩だと思う。


「どっちにしろ、アタシか卑弥呼ちゃんの一騎打ちだったしね。いいんじゃない?」


 とは、ヒハヤお姉ちゃんの言。これまでヒハヤヒメってきちんと呼んでたんだけど、それでは他人行儀だと言われちゃったのだ。

 それにこっちもなんか、卑弥呼って呼ばれるのに慣れちゃったなあ。

 本当の名前はヒルコなんだけど、いつの間にか美好の街でもボクは卑弥呼とよばれるようになっちゃった。もしくは日巫女、もうだれが勝者かなんて論じるまでもないと思う。

 他の参加者だったお姉さん方、ごめんなさいっ! と謝らざるをえない。ボク達がいなければ正式な、まっとうな巫女が選ばれていたはずなんだし。


 まぁ、それはそれとして。

 美好の玄関口である関所を通過した先の波止場には、都へ向かう船の準備が着々と進んでいた。

 用意された木船は“巫女送りの儀”で選ばれた女性が使う神船だ。細々とした装飾が木彫りされている方に視線が行きがちだけど、良く見ればとても頑丈な(ひのき)で造られていることが見てとれた。


「準備はちゃんと出来ているんでしょうねえ?」


「もちろんでございますとも。決してお二人にご不快な旅路はさせませぬゆえっ!」


 ヒハヤお姉ちゃんの質問に、長である太い男が顔を赤らめつつ答えた。

 巫女送りの儀で長だと名乗っていた男は、美好の長でもあったらしい。いかにも汗臭くて女癖の悪そうな男だが、今はもうヒハヤお姉ちゃんの魅力にめろめろだ。

 都に案内しろという女神なボクが口走った命令は、叶えられたことになる。


『魅了の権能だな。女の魅力をもって、男心というヤツを燃え上がらせるのだ。人の男であれば、アヤツに逆らえる者はおるまい』


 それ、ボクは使えないの?


『会得できるとしても、あと五年は時が必要よの』


 ボクは十四歳、まだまだ子供だってことね。


「ちぇ~」


『別に必要はあるまい。なにしろ、この俺が居るのだからな』


 と、ボクの中にいる神様は胸を張ったみたい。

 そのわりには、昨日の騒動に一切関わってこなかったけどね。


 でも、まあ。


 少しは、吹っ切れたかな。うん。


 とりあえずはヒハヤお姉ちゃんの言うとおり、自由に生きてみようと思う。これ以上の人殺しはやっぱり、したくはないけどね。

 と、なれば。まずはこの革命を成功させなくてはならない。善も悪も関係なく、ボク自身が生きてゆくためには平穏が必要だからだ。もう奴隷生活に戻るのは勘弁してほしい。


「一時はどうなることかと思ったけど、なんとか美好を通過できそうで良かったよ」


 とは、出港準備を急ぐカヤお姉さん。ご心配をお掛けしました。

 同時にちゃっかりと自分の席を確保したヒハヤお姉ちゃんも、とんでもない事実を口にしてくれる。


「それどころか、追っ手に心労を注がなくて良いのは有りがたいわよ。なんたって、今の美好を支配しているのは卑弥呼ちゃんだもんね」


「へえ、そうなの。……ってボク、この街を支配しちゃったの!?」


「なぜ本人が一番自覚ないのよ? 今だって元美好の長が従っていたじゃない」


「えっ、あれってヒハヤお姉ちゃんに従っていたんじゃ」


 まるで責任の押し付け合いのような会話に、カヤお姉さんは完全にからかい体勢だ。


「アタシの眼には、どっちにもって感じに見えたけどねえ。火の、巫女神さま?」


「ええぇ…………、姫から神に格上げされてるよぉ。それに巫女送りの儀に選ばれた子って、王さまの奥さんになるんでしょ? ヒハヤお姉ちゃんがやってよぉ」


 最後の希望にすがる気持ちで、ボクはもう一人の女神樣にすがりついた。よくよく見れば、目の周りに影が出来ている。まだ疲れが取れていないのだろうか?


「ダメダメ。どう考えても私より卑弥呼ちゃんの方が、何の疑いも持たれずに城へ入れるわ。そもそも私は、大王の后になれないもの」


 そんなこともおくびに出さず、ヒハヤお姉ちゃんはニカリを笑った。これはきっと、何かとんでもない事を口にする前兆に違いない。


「どうして?」


 おそるおそる、ボクはその答えを問いかける。


「だって、弟だから」


「おとうと?」


「そう、まさかのまさか。天高原でも無双と名高い私の弟。雷神:タケミカヅチが、この北志国の大王だったの」


「へ? ……ええええええええええ――――――っ!?」


 もう、大変なの確定してるじゃん! 行きたくないよぉ、もお。

 驚きつつも、嫌な顔をしているとヒハヤお姉ちゃんは苦笑いを浮かべた。


「そんなに心配しなさんな。大丈夫よ、私もついてゆくから。最低限、卑弥呼ちゃんの貞操は守ってあげる」


「それは心強いけどぉ」


「それとも、本気で私の妹になる?」


「な、ら、な、い!」


「……おい、何時まで無駄話をしているんだ? 出発するぞ」


 そんな会話の応酬をしている間にも、出航の準備が整ったようだ。

 革命軍川組の頭であるワクさんの号令に従い、ボク達は船に乗り込んだ。これ以降はこれまでのように船の間隔をあける必要はない。堂々と都である鳴戸までいけるはずだ。

 なんてったって、これは神へ捧げる巫女の船、神船なのだから。ゆらゆらと不安定な船に乗り込み、ボクはヤケクソ気味に声を張り上げた。


「こうなったらもうやるっきゃないよね。行くよ行く! さあ、しゅっぱ――」


 ボクの意識は、ここで止まっている。

 いったいぜんたい、何が起こったのか。それを知るのは、北志国の都“鳴戸”に着いてからのことだった。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 ぴちょん、ピチョンと。

 規則的に天井から水滴が落ちてくる。それがまるで時を図るかのようで、ボクが長い間この石牢に居る事を自覚させる。四肢と首には鉄の輪がはめられ、身動きできないよう鎖でつながれていれば尚更だ。


 ボクに降りかかった危機が何だったのかは察しがついている。

 あの神船に乗り込んで、他の皆が乗り込むお手伝いをしようとした、その時に不意打ちを受けたのだ。そこまでは分かる。

 不可解なのは神様が憑依したこの身が、意識を失うほどの衝撃を受けたという事実だ。並みの武器では、いやいやそれどころか神様でもないかぎり、こんなこと。


『うむ、神の一撃をもろうたということよな。人間も中々あなどれぬ』


「感心してるばあい!? そもそも、あそこに居たボクを気絶させられる神様なんてっ」


 該当者は一人しかいないじゃないか!

 そうボクは心の中に居る神様に反論しようとしたが、弁解したのは神様ではなかった。隣の牢から聞き慣れた声が耳に届いた。


「ちょっとちょっと。たしかにあそこに居た神格者は私だけだけど、卑弥呼ちゃんを気絶させたのは……あの男よ」


 隣の牢にはボクと同じく、拘束された女性の姿が。


「ヒハヤお姉ちゃん! 無事で良かったよ。って、あの男――?」


 ボクはそこまで口にして、信じられない気持ちで一杯になる。

 そもそもボクら革命軍は女性兵がほとんどだ。他の男は都への誘惑にかられてしまったはず。ある者は娘を連れて、ある者は一人身で楽園を目指した。あの里に残っていた男性は、今は別行動で動いているミカさんと、もう一人はボク達と一緒にいた……。


「目が覚めたようだな」


 ワクさんだけだ。やはりこの人は人間にしか見えない。けど手に握られたボロボロの剣は別だった。

 

「………………」「………………」


 お互いの沈黙が、永遠にも感じる。

 それでも現実は目の前にある。それでも信じられなかった。


「なんで、裏切ったの?」


 そんな、単純すぎる質問しか口にできない。


「答えは二つある。一つ、惚れた女を自分のモノにしたかった」


「その(ヒト)って」


「お前は気づいている風に見えたがな。もちろん、カヤだ。この都じゃカヤは遊郭にも勤められんだろうしな。革命が失敗したのなら、俺がもらってやる他あるまい?」


 確かに、ワクさんは時折カヤさんに執着するような素振りを見せていた。だがカヤさんはミカさんの奥さんだ。そして三人は幼馴染でもあるという。

 普通に考えれば、ワクさんは涙を飲んで二人を祝福する他ない。ならば確かに、力ずくでしか手に入れる手段はないだろう。

 それが一つ。そしてもう一つの答えは、ヒハヤお姉ちゃんが答えてくれた。


「じゃあもう一つは、貴方を捨てた私達への復讐かしら? ワクムスヒ」


 その言葉で、ワクさんの瞳に狂気がやどる。


「覚えているんじゃないか。まったく酷い義姉もいたもんだぜ」


「……義姉?」


「ええ、私達の父である火神:カグツチは、この世の母とも呼ばれる主神:イザナミの産道を焼きながら生まれた咎持ちの神。ゆえにもう一人の主神であるイザナギの神剣によって切り刻まれた。


 その神剣から生まれた神こそが私達。 


 長男:甕速日神(みかはやひのかみ)

 長女:樋速日神(ひはやひのかみ)

 次男:建御雷之男神たけみかづちのをのかみ


 厳密に言えば他にもっと兄妹は居るのだけど。その中でもっとも異端なのが、父であるカグツチが唯一女性と子を作り、地上へ使わした人間。それが――」


「そう。それが俺、ワクムスヒ。生まれながらに身体の至るところへ穀物の種を植え付けられた、食い物人間さ」


 沈黙が周囲を支配する。

 聞こえてくるのは数秒おきに落ちる水滴の音だけだ。


「ええ、会うのが久しぶりすぎて気づかなかったわ。美好から出発する船に乗り込んでいる男が、まさか義弟だなんて」


「義弟とも思ってないくせに、良く言う。神になれなかった失敗作であるこの俺は、夜海原へ捨てられたのだ」


 ボクの脳裏に、里でカヤお姉さんに食べさせてもらった稗の粥が思い起こされる。一日の殆どが暗闇に覆われた夜海原では、草木の生長などほとんど見込めない。ボクのいた村で村長がイネを独占していたように、ほんの数人分がやっとのはずだ。

 なのにあの里では、迷い込んだ他人であるボクにさえ粥を振舞えるほどに食料が富んでいた。

 それは、このワクムスヒがいるおかげだったんだ。


「そう、俺の体は食い物の種であふれてる。その種を生かすために体は痩せ細り、このままでは死を待つばかり。ならば惚れた女の一人も奪いたくなったとして止むをえまい」


 里で結成された革命軍の総大将はミカさんでも、作戦を指揮していたのはこのワクムスヒだ。罠を張る必要もない、さぞ容易な道のりであったろう。


「……美好から都の鳴戸まで、早くても五日はかかるはずだったよね?」


 最後の悪あがきとばかりに問いかける。

 ボク自身の体内時計を信じるなら、まだ二日ほどしか絶食していない。しかしあっさりと答えが返ってきた。それはこれまでの不審な行動を証明するものでもある。


「あらかじめ、手漕ぎの早舟を呼んでいたからな」


「じゃあ、美好に行く途中の調理でわざわざ火を焚いたのも?」


「当然、此方の現在地を知らせる狼煙だ」


「わざわざ、ミカさんを単独で行かせたのも!」


「何と言っても、アイツの存在が最大の障害だったからな。今頃、都より出陣した山狩り部隊の餌食になっているだろうよ」


 なんて冷たい声だろう。仲間だった頃はあんなにも温もりが感じられたのに。元々この革命は“失敗こそが成功”だったんだ。


「じゃあ、最後の質問。どうやって、ボクを気絶させたの?」


「一振りだけという条件で、神剣を振るう権利を頂いていた。この、十掬(とか)の剣をな。かの尊き雷神にして、この国の支配者であらせられる義兄:タケミカズチ様こそ俺の唯一の理解者よ」


 タケミカズチ。その名が出るまでボクは、最後の希望がないのかと淡い期待を抱いていた。

 でも、もうダメだ。この男(ワク)はもう、雷神の力に魅了されている。


「待ちなさいワクムスヒっ! 騙しているのは私やミカじゃなくて、むしろ――」


「もはや聞く耳もたん。同じ咎の血を引く者の情けだ。せめて牢の中で覚悟を決めるがいい。この世との別れが、どのような方法になっても驚かんようになぁ!」

 最後までお読みいただきありがとうございました。

 この話をもちまして第一部前半“美好編”が終わり、続いて後半の“鳴戸編”が始まります。

 とりあえずはいけるところまで毎日更新を続けますので、よろしければお付き合いください。ヨロシクお願いします!

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