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猫は泳げない

 プールで泳ぎの特訓をすると決めた二人。

 幸いにも昼間の訓練は座学が中心だった為に体力を奪われずに済んだ。

 流石に湯浴みの後にプールはダメと思い、第七班は前半組だった為、後半組の第三班のフレイとフレイの寝台戦友であるカールに代わってもらった。

 このカールもラインハルトと同じく平民出身の候補生で、ラインハルトの数少ない男友達だ。

 ラインハルト曰く、カールは情報士官か補給士官の才能があると。

 ヴィクトリアが理由を聞いたら、何故か言い難そうに「う~ん。ちょっと君には言えないよ」と言われ、はぐらかされてしまう。

 ヴィクトリアも深くは追及しなかったが、後に二人の間でちょっとした事件に発展してしまうが、今の彼女は知るよしも無い。

 午後の座学が終わり二人は急いで夕食を食べるとプールのある施設に向かった。

 月明かりが満月から三日月に変貌して、丁度いい感じの明るさがプールに反射して煌めく。

 士官学校と言っても流石に更衣室は男女別に別れており、二人は別々の更衣室に入った。

 更衣室の中は簡易的なシャワーもあるが、今回は利用せずにおくことにしている。

 せっかくの湯浴みが出来るのに利用しないのは勿体ないと二人は考えているからだ。何故なら二人ともお風呂が好きという共通点がある。

 ラインハルトが着替え終わり、プールの端で軽く体を動かして待つことに。

 士官学校の男性用水着は至って普通だ。膝上くらいまでの長さの水着で、フェーニクスが校長をやっているから派手か奇抜の二択かと思ったのだが。

 そして遂にヴィクトリアが月下のプールに現れた。


「ま、待たせたな……」

「大丈夫……だよ……」


 ヴィクトリアの水着姿に一瞬だが、心が高鳴ってしまった。

 良くも悪くもフェーニクスらしさが出ている水着だ。

 士官学校の水着だから一体型のスクール水着と思っていたが、バストとヒップが別れたバンドゥビキニタイプの白い水着。

 少ない月明かりでも分かるヴィクトリアの白い肌に、ベアトリクスに可愛いお胸と揶揄されたが、決してそんな事はない立派な胸をお持ちだ。

 それに元から細い脚が際立って一段と綺麗に見える。

 ラインハルトは一瞬だけベアトリクスに感謝したが、ラインハルトの視線に気づいたヴィクトリアが早速噛みついてきた。


「なっ!? ジロジロ見るな! あっちを向いてろ!」

「ご、ごめん!」


 条件反射でつい背中を向けてしまうラインハルト。

 だが次の瞬間、ある事が頭を過る。

 士官学校の水着は男女共に紺色だったはず、しかもスクール水着みたく一体型の。

 記憶を遡りヴィクトリアの水着の色を思い出すと白い水着で一体型ではなくビキニタイプだった。

 背中を向けたまま、ラインハルトはヴィクトリアに質問した。


「あのヴィッキー、どうして水着が違うのかな?」


 ラインハルトの質問にヴィクトリアは()()()()の名前を口に出した。


「レベッカ上級生に言われたんだ。折角の練習なんだから可愛い水着を着ろって……その方が男子は喜ぶし、教えて貰った御礼になるからと」

「あの人か~」


 ラインハルトは思わず両目を手で押さえた。

 そんなラインハルトの後ろから弱々しい声で聞かれた。


「その……おかしいか? 私はこういう水着を着たことが無いから、あまり似合ってるかどうか分からないんだ」


 ヴィクトリアは帝国の王女殿下なのだから、水着なんて着ることは少ないし、立場上同い年の友達が少ないからイマイチ分からないのだろう。

 そんなヴィクトリアに今だ背中を向けてままのラインハルトは答えた。


「ううん。おかしくないし、すごく似合ってるよ」

「本当か!? 私は嘘が嫌いだからな」


 ラインハルト言葉に明らかに嬉しそうな表情を浮かべるヴィクトリア。

 ラインハルトは相変わらず背中を向けたまま話した。


「信じて欲しいなヴィッキー。君は嘘が嫌いだからね。だから本当の事しか言わないよ。思わず見惚れちゃったくらいだ」


 いつもの様に真実味に欠ける話し方と言葉だが、今回は信じて貰えたみたいだ。


「う、うむ。今回は信じてやる。特別に見てもいいぞ」


 やっと振り向く許可を貰えたラインハルト。

 ラインハルトの視線の先には恥ずかしそうに胸元を隠すヴィクトリア。


「助かったよ。背中を向けたままで教えろと言われたら、流石にどうしようと思ってたんだ」

「流石に私もそんな仕打ちはしないから安心しろ」


 ラインハルトは振り向いたはものの、いつもの様に真実味に欠ける話し方で水着の事は一切触れなかった。

 早く練習しよってヴィクトリアに促し、プールに入ろうとした瞬間、そっと振り向きヴィクトリアの耳元に囁いた。


「その水着、すごく似合ってるよ。ヴィッキー」

「っ!?」


 その言葉で一瞬ヴィクトリアの意識が奪われた。

 直ぐに意識を戻させると、ヴィクトリアの目の前には締まりの無いラインハルトがプールに入っていた。

 そんなラインハルトに向けて、ヴィクトリアは小さく呟く。


「バカ」


 そしてヴィクトリアは赤くなった頬と心を冷ます為に恐怖を押し殺し、月下のプールに足を入れる。



 プールの水面に反射する三日月が揺れ動く。

 ラインハルトの目の前にいるのは水着を着た帝国の王女殿下で、きっと後世の歴史家が見たら羨むことだろう。

 むしろ恨みを買うかも知れない。

 きっとそうだ。

 もしかしたらこの時代に生きる帝国の男性からだって、この光景は羨むことだ。

 それだけこの光景のヴィクトリアは綺麗で可愛らしいと思ってしまう。


「えっと……まずはどのくらい泳げるの?」


 ラインハルトはいくらヴィクトリアが泳げないと言っても少しは泳げるだろうと思ったが、現実は一万光年くらい道のりが厳しい答えが帰ってきた。


「まったくだ」

「まったく!? 少しも?」


 ラインハルトの驚いた声が気に入らなかったのか、ヴィクトリアの表情が険しくなる。


「言っただろ、私は泳げないと」

「そうだったね。僕の認識不足だったよ。泳ぎが上手くないという意味と思ってたんだ」


 これは道のりが厳しく遠い練習になるとラインハルトの脳裏に浮かび上がる。


「私だってすまないと思っている。私が泳げないのは理由があるんだ……」

「理由?」


 ラインハルトが聞きたそうな言葉を投げ掛けるが、ヴィクトリアは言い難そうにしている。


「その……笑ったり、人に言うなよ」

「分かっているよ。僕が口が堅いのは君も知っているだろ? 幸か不孝か僕には友人が少ないからね」

「後半は自慢にならないぞ。だが、お前は口が堅いのは信じてやる」

「未来の皇帝陛下に信じてもらえるなんて光栄の極みだね」

「黙れバカ」


 水面に揺れ動くヴィクトリアの表情。

 そして重い口を開いた。


「王宮には大きな噴水庭園があってな、幼い私は体を乗り出して噴水の中を覗き込んでいたんだ。だが後ろから奴が忍び寄って来たのに、私は気づかなかった……」

「もしかして奴って……」


 ラインハルトの脳裏に浮かび上がる奴は、きっと()()()しかいない。


「ベアトリクスの奴が後ろから私を突き飛ばしたんだ……」

「あ、やっぱり……」


 きっとヴィクトリアにとってトラウマになっているのだろうと思ったと同時に、ベアトリクスには「何をやってるの貴女は!」と言いたくなった。


「奴は水中で溺れてる私の首根っこをつまみ上げて言ったんだ……。なんだ獅子も猫科の動物だから、やっぱり人の形を纏っていても泳げない噂は誠かと。以来、私は水が怖くなった……」


 なんだか聞いていて、いたたまれない気持ちがラインハルトを襲う。

 きっとその光景を皇帝陛下やヴィクトリアの母親である皇太女殿下が見たら、今頃ベアトリクスは怠惰を謳歌していないだろう。

 暗い表情のヴィクトリアを見ていると、よっぽどのトラウマになっているのだろ。


「だ、大丈夫だよ。直ぐに泳げる様になるよ」

「本当か? 私は嘘が嫌いだからな」

「大丈夫。僕を信じて」

「うん、信じる。お前に命を預ける」


 命を預けると言って貰えるのは光栄の極みなのだが、士官学校のプールでは中々死ねない。

 それにアルムルーヴェの死に場所にしてはあまり美しくないとラインハルトは思ってしまったが、ヴィクトリアのやる気を削ぐ訳にはいかないので口を摘むんだ。


「まずは水面に顔を浸けてみようか? 最初は少しだけでいいから。慣れてきたら徐々に長くして」

「わ、わかった……」


 ラインハルトの指示に従い、水面に顔を浸けようとするが今一歩で止まってしまう。

 余程、水の中が怖いのだろう。


「ラインハルト……」

「ん?」

「出来れば……その……手を握っておいて欲しい」


 恥ずかしそうに頬を少しだけ赤らめて言うヴィクトリア。

 そんなヴィクトリアを見て、本当に可愛らしい仔猫ちゃんのままだと思ってしまったが、噛み殺されたくないので言葉に従った。


「分かったよ。これでいい?」

「う、うん。感謝する」


 困っていても上から目線の口調は相変わらずかと和んでしまう。

 ヴィクトリアの様に可愛い女の子の手を握れるなんて、ラインハルトの人生で最初で最後と思い、彼女には何も言わず今はこの瞬間をただ楽しんだ。


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