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幽霊の正体

 談話室に鳴り響くヴァイオリンの音色。

 辺りを見回すが人なんて一人も居ないが、確かにヴァイオリンの音色が聴こえる。

 一先ず二人は談話室の謎解きは後回しにしてヴァイオリンの音色を突き止めることにした。


「ラインハルト、静かに。音色が聴こえないだろ」

「ご、ごめん」


 ヴィクトリアが耳に手を当てながら、音の場所を突き止め様とする。

 流石は獅子の一族、野生の獅子は耳が良いからねって口から出そうになり、ラインハルトは急いで自分の口を塞いだ。

 恐い獅子と言ってしまいご機嫌斜めだから、言ったら今度こそ噛み殺されてしまう。


「暖炉の方から聴こえる」

「暖炉ってことは……」


 暖炉の近くには人なんて居ないし、まして幽霊も居ない。

 暖炉の繋がっている場所、それは。


「屋上だ!!」


 二人して同時に屋上と言ってしまう。

 それが年頃故に恥ずかしくなってしまったのか、互いに視線を逸らしてしまった。

 だが直ぐに視線を戻し、互いに頷く。


「屋上に向かうか、ラインハルト」

「そうだね、ヴィッキー。出来れば本物の幽霊がいいな。僕も幽霊が居ないと信じるヴィッキーの常識を覆したいからね」

「バカを言うな。私は幽霊を信じている、お前の常識を覆したいがな」

「え~酷いよ。純粋無垢な少年心を打ち砕くなんて、酷い女の子だな」

「黙れバカ。お前こそ幽霊を居ないと信じてやまない少女の常識を打ち砕くな」


 いつもの調子で冗談を言い笑い合う二人。

 そして二人は談話室を出て階段をゆっくりと上がって行く。

 あまり大きい足音を立てると部屋で寝ている候補生達を起こしてしまうからだ。

 候補生達が寝ている二階に差し掛かると、一歩先を行くラインハルトに後ろからヴィクトリアが声を掛けた。


「ラインハルト。その……ちょっと待っててくれないか?」

「でも急がないと幽霊が居なくなっちゃうよ? 怖いんだったら僕だけで行ってくるけど」


 一連のヴィクトリアの行動からして本当は幽霊が怖いんだとラインハルトは思い、気を利かしたつもりだったが、かえってヴィクトリアが怒りだしてしまう。


「いいから待てと言っている! ちょっと理由は答えたくない……」

「答えたくないって……子供じゃないんだから。ちゃんと言ってくれないと僕だって分からないよ、ヴィッキー」


 ヴィクトリアが何を言っているのか分からないラインハルト。

 恥ずかしそうに顔を赤らめてヴィクトリアは、()()()()を指差しながら少しだけ大きい声を出す。


「少しは察しろ、このバカ! お前の鈍さは帝国一だな!! 私は……花摘みに行きたいんだ」

「花摘み……? あっ!?」


 ここにきてヴィクトリアの言っている意味を理解したラインハルト。

 ヴィクトリアが指差したある場所とは女子トイレであると分かると、ラインハルトも顔を赤面して反対を向く。


「いいか、耳に手を当て絶対に動くなよ? もし動いたりしたら標的艦にお前の体を縛りつけて、その締まりの無い顔を艦砲射撃の的にするからな!」

「出来ればそんな悲惨な末路は辿りたくないから、僕は絶対に動かないと約束するよ。その……()()()()()?」

「バカ!」


 気を利かして言ったつもりだったが、どうやら逆効果だったらしい。

 ついつい女心は難解だなと感じてしまうラインハルト。

 それから間を置かずヴィクトリアが小走りで戻って来た。

 わざとらしく咳払いすると一言。


「ま、待たせたな」


 ラインハルトは小走りで帰って来たヴィクトリアを見て「本当は幽霊が怖いんでしょ?」と言いたかったが、標的艦に縛りつけられて艦砲射撃の的になるという、極めて不名誉な最後は遂げたくないと思い口を紡ぐ事にした。

 仕切り直して階段を上がって行く二人。

 二階から三階に上がり、屋上に通じる階段を上がっている時に事件が起きた。

 懐中電灯で階段を上の壁照しながら上がって行くと、何やら足元で水を踏む音が聞こえる。

 その現象に二人の脳裏に屋上の階段から赤い水が流れくるという話が思い浮かぶ


「ほらな。やっぱり屋上からの雨漏りだよ」

「でも今日は雨が降ってないよ」

「二日前に雨が降ったろ? きっと、その雨水が壁伝いに落ちてきたんだよ」


 あくまでも幽霊の存在を頑なに認めようとしないヴィクトリア。

 ラインハルトはそんなヴィクトリアにささやかな抵抗をしようと()()証拠を見せた。


「でも、この液体は赤色だよ」

「き、きっと鉄筋の錆び水だろ。この寮は古いからな」


 次第にヴィクトリアの顔に汗らしきものが吹き出てきた。


「そうかな? 錆び水しては、なんか綺麗過ぎないかな。それに、この匂いは――」


 ラインハルトの煮え切らない言葉にヴィクトリアが怒りだした。


「えぇい、お前しつこいな! 私が錆び水と言ったら錆び水なんだ! この話はこれで終いだ! 分かったな!?」

「う、うん。分かったよ、君の言う通りこれは錆び水だね……」


 ラインハルトの驚いた表情。その表情にヴィクトリアはつい言い過ぎてしまったと思い視線を逸らした。

 ついさっきまでは良い雰囲気だったが、その一言で一変してしまった。

 気不味い雰囲気が流れる中、ラインハルトは無言で階段を上がって行ってしまう。

 その後ろ姿を見てヴィクトリアは手を伸ばすが虚しくも何も掴めない。

 このままでは何か大事なものを失ってしまうと思い、その思いがヴィクトリアの背中を押す。


「待って……待ってくれ、ラインハルト」


 いつものヴィクトリアの力強さは微塵も感じられない、そのか細い声がラインハルトの足を止めた。


「その……許して欲しい。さっきは言い過ぎてしまった。ついアルムルーヴェの悪い癖がでてしまったのだ」


 ヴィクトリアの言葉に無言のままのラインハルト。


「それに……あまり言いたくないが、本当は幽霊が怖いんだ。怖さを紛らわす為に、お前にキツく当たってしまったのだ。その……許して欲しいなんて虫が良すぎる話なのは分かっている。参ったな、さっきから都合のいい言い訳ばかりしている……」


 謝罪の言葉を無言で聞いているラインハルト。

 その無言の背中が物語る様に、ヴィクトリアはラインハルトが本気で怒っていると思い、困り果ててしまう。

 こういう場合に何て言ったらいいのか分からないのだ。

 ヴィクトリアは帝国の……しかも皇帝の孫娘の為に普段は他人から謝れる立場だから、いざ自分が反対の立場に立たされると分からなくなる。

 そんな彼女の思いとは裏腹に少年の肩が小刻みに震えて突然笑い出した。


「な、何がおかしい!?」


 その言葉にラインハルトがついにヴィクトリアを向いてくれた。

 その光景にヴィクトリアは心が安堵する。

 理由は知らないが、また振り向いてくれたことがこんなに嬉しいとは思わなかった。


「ごめんごめん。君が必死に怖くないと装っていたけど……くく、君が幽霊を怖がっていることは知っていたよ。君は嘘が下手だからね、フフ……アハハ」


 お腹を押さえて笑うラインハルトにヴィクトリアは顔が真っ赤になり抗議した。


「お、お前! 最初から腹の中でバカにしていただろ!」

「酷いな~バカになんかしてないよ。必死に強がっている君が……その、可愛いなって」

「それをバカにしていると言うのだ!」


 まだ笑い足りないのか、必死に堪えるラインハルト。

 そんなラインハルトを若獅子は指を指しながら抗議する。

 そして階段を降りて、ヴィクトリアと同じ段に立つラインハルト。

 その表情から笑いが消え、いつもの締まりの無い顔で世間知れずの王女殿下に対等の立場である事を伝える。


「ヴィッキー。そういう時は、あれこれ言い訳ばかり言わないで素直に謝ればいいと思うよ。ごめんなさいってね」


 ごめんなさい。

 その言葉は思っていても口に出すのは難しい言葉。

 生まれて初めて出来た対等の立場のラインハルト。

 ヴィクトリア・フォン・アルムルーヴェという少女は生まれて初めてその言葉を彼の為に口から出す。


「う、うむ。その……さっきは言い過ぎた。ご、ごめんなさい」


 ぎこちなくラインハルトに謝るヴィクトリア。

 きっとこの光景を目撃した者は二つの出来事に驚くだろう。

 一つは『傲慢にして、強欲の黄金獅子(アルムルーヴェ)』の皇族が平民に「ごめんなさい」と謝っている事に。

 最後は、あの猛々しい獅子アルムルーヴェを手懐けている調教師(少年)は誰だと。


「気にしてないから大丈夫だよ」

「ほ、本当か!? 言っとくが、我らアルムルーヴェは嘘が嫌いだからな」


 気にしてないと言われ、さっきまでショボくれていた若獅子の表情に活気が戻る。


「嘘なんてつかないよ。でもショボくれていた時の君はちょっと可愛かったね。因みに僕は生まれて此の方一度も嘘はついたことは無いからね」


 いつもの締まりの無い顔で可愛かったと言うラインハルト。

 そんなラインハルトにヴィクトリアは少しだけ頬を赤く染めて一言。


「バカ」


 いつもの二人の関係に戻ると、不思議と二人で笑いあった。

 今までの気不味い雰囲気を洗い流す様に。

 そして今度は一緒に階段を駆け上がる。幽霊の存在を確める為に。

 まだ屋上からヴァイオリンの音色が聴こえていて、二人はドアノブを一緒に握る。


「準備はいい? ヴィッキー」

「あぁ。どっちの常識を打ち砕いても恨みっこは無しだから」


 二人はそれ以上は言葉を交わさなかった。

 それ以上は互いに必要を感じなかったからだ。

 そして遂に扉が開かれた。

 二人の目の前には不死鳥の様に真っ赤な濡れた髪色の長髪を三つ編みに纏めて肩より前に下げている女性がヴァイオリンを弾いていた。

 その女性は二人を見るなり演奏を止めて、ヴィクトリアを見て一言。


「あら? お久しぶりでね、殿下」


 どうやらヴィクトリアの知合いみたいだが、対するヴィクトリアは会いたくなかった様な表情だ。


「久しいな、出来れば会いたくなかったよ」

「それはそれは御期待に沿えず申し訳ありませんね、殿下」


 女性は笑いながらわざとらしく頭を下げ、笑顔でヴィクトリアを再び見る。

 月明かりに照され、黄金の髪色と真っ赤な髪色が光輝く。


「気にするな。それがお前達の楽しみだろ『勤勉にして、怠惰な不死鳥(フェーニクス)』いや、ベアトリクス・フォン・フェーニクス!」


 その名前を呼ばれ、僅かながらベアトリクスの顔から笑みが垣間見えた。

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