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宿直当番

 春の夜空から夏の夜空移り変わる季節。

 湯浴みを終えたラインハルトとヴィクトリアは寮の宿直当番の為に宿直室に居た。

 士官学校の宿直当番任務は寮から脱走する候補生や、門限破りの候補生を拘束するのが任務だが、実際はそんな事はあまりおきない。

 大方は椅子に座りながら無為に時間を過ごしたり、ただ廊下を行ったり来たりの繰り返しで、退屈極まりない任務だとレベッカから聞かされた。

 そしてヴィクトリアも椅子に座りながら無為に時間を過ごしていた。


「しかしレベッカ上級生の言う通り、宿直任務は本当に退屈極まりないな。何か銃撃事件の一つや二つくらい起きて欲しいものだ」


 椅子に座りながらヴィクトリアは死んだ魚の様な眼で、壁に掛けられている時計を見つめていた。

 そんなヴィクトリアにラインハルトは読みかけの本を閉じて宥める様に声を掛けた。

 肉食の獅子が暇潰しに草食動物を襲わない様にだ。


「士官学校で銃撃事件の一つや二つ起きたら、僕達じゃ対処のしようが無いと思うよ、ヴィッキー」

「それもそうか。銃撃犯相手に警棒と、この拳銃じゃ死にに行く様なものだからな。あまり死際としては美しく無いな」


 ヴィクトリアは腰に備え付けられたホルスターを叩いた。

 宿直当番の任務に当たる者は警棒と訓練用の模擬弾が装填された拳銃を供与される。

 ヴィクトリアとしては、実銃を供与されて欲しかったみたいだか流石に無理な話だ。


「君の美的感覚が、少しだけでもまともで僕も助かるよ。あ、暇潰しなら第三班のフレイから聞いた噂話があるよ」

「フレイ? 最近お前によく話し掛けてくる女候補生か。あまり噂話は好きではないが、暇潰しに聞いてやる」

「あはは……お手柔らかに頼むよ、ヴィッキー」


 ラインハルトは苦笑いしながら獅子の顔色を伺った。

 最近のラインハルトの悩みの種。それは、ヴィクトリアはフレイの名前が出るとちょっとばかりか不機嫌になるのが悩みだ。

 第三班のフレイはラインハルトと同じ平民出身の候補生で、特にヴィクトリアと何かあった訳では無いのだが、この名前が出ると若い獅子の機嫌が悪くなる。

 取り合えず若い獅子の機嫌をなるべく損ねない様に草食動物は話を続けた。


「実は……この寮には()()が出るんだよ」

「アレとは何だ? あまり抽象的な表現をするな。抽象的な表現は、お前の顔だけで十分だからな」


 どうやら既に少しばかりか機嫌を損ねているみたいで、ラインハルトに対する言葉がキツい。


「アレって言うのは寮に幽霊が出るって話なんだよ」

「幽霊? バカバカしいにも程がある。フレイもお前も十六だぞ」


 至ってまともの返しでラインハルトも拍子抜けしてしまう。

 普通の女の子なら怖がる所だが、生憎と相手は普通の女の子ではなく、帝国の王女殿下なのを忘れていた。


「僕も最初はそう思っていたんだよ。だけど何人も見たって言う人がいるんだ。例えば、湯浴みの間の蛇口から独りでに水が出たり――」

「施設の老朽化。大方、蛇口の緩みだろ」

「あとは、夜の談話室に居ると何処からともなく音楽が聞こえてきたり――」

「上の部屋で誰か音楽でも流していたんだろ」


 ヴィクトリアの正論返しにラインハルトも全力で応戦する。


「屋上に通じる階段から赤い血が流れてきたり、寮の女子トイレから誰かの啜り泣く声が聞こえて――」

「赤い血は雨水による錆びた水では? あそこは雨漏りがするからな。女子トイレの声は大方教官に怒られて泣いている候補生だろ。候補生は人前では泣けないから、女子はよくトイレで泣いているぞ」

「じゃ君も?」

「いや、私は――っ!? 言っとくが私は泣いた事など断じて無いからな!」


 ラインハルトの話術にうっかり乗せられそうになってしまう。


「そうだね。少なくても僕の知っている女性の中では、今のところ君が一番強いからね。泣いている顔なんて想像も出来ないや」

「ラインハルト、それではまるで私が女性らしくない言い方だぞ」

「とんでもない。君の誤解だよ、ヴィッキー。君は女性として、また人間としても強いって意味だよ。君自身が言ってたんだから、我らアルムルーヴェは気高き一族なんだからってね」


 アルムルーヴェと彼女を誉めたラインハルト。その不意打ちとも言える言葉にヴィクトリアは思わず視線を逸らして呟く。


ナール(バカ者)……」


 そんなヴィクトリアを見ながらラインハルトは懐中電灯をヴィクトリアに投げ渡した。


「そろそろ見回りの時間だよ。君が否定した幽霊が居ないか確かめないとね」

「居ないに決まっているだろ。お前、私の話を聞いていたのか?」

「勿論聞いていたよ。でも世の中、絶対は無いからね。例外は有るかも知れないし、僕としては幽霊でもいいから会いたい人がいるからね」


 ラインハルトの幽霊でもいいから会いたい人。

 その言葉にヴィクトリアは胸の奥が締め付けられる。

 もし、帝国と四季国が戦争なんてしていなければ、ヴィクトリアの目の前にいる少年は恐らく此所には居ないだろう。

 きっと普通の学校で楽しくやっていたに違いない。

 帝国が彼の人生と家族を破壊してしまった。

 その事実が、曲りなりも帝国の王女殿下という立場にいるヴィクトリアを苦しめる。

 直接的には関わってなくても、自分は帝国の王女殿下で、彼の家族を殺した側の一員だと。

 そして帝国を怨んでいるかも知れないと確証の無い思いが、ずっとヴィクトリアの胸に刺さっているままだ。

 そんな彼女の思いを知っていても知らない振りをしているのか、少年はいつもの様に少女に声を掛けた。


「さぁ行こうか、ヴィッキー。幽霊が居たら怖がって大丈夫だからね」


 締まりの無いラインハルトの顔を見たら、自分が悩んでいるのに馬鹿馬鹿しく思え、ヴィクトリアもいつもの調子で答えた。


「バカ、私が幽霊如きで怖がるか。間違っても期待するな」

「それは残念。普通の女の子大抵怖がるんだけどな。こうやって男の子の背中に隠れたりさ」


 ラインハルトが身振り手振りで普通の女の子の真似をするが、ヴィクトリアは鼻で笑う。


「そんな不様な真似が出来るか。アルムルーヴェのそんな所を他の貴族達に見られて見ろ、王宮内で笑い種にされる」

「じゃ大丈夫だよ。君の前には僕しか居ないし、貴族出身の候補生達は部屋で寝ているからね。更に運が良い事に僕は口が堅いし、貴族の知り合いが少ないから、安心して君の言う不様な真似が出来るよ」


 いつもの様に締まりの無い顔で言いながらラインハルトは笑って宿直室から出て行く。

 そんな後ろ姿を見る一匹の獅子。獅子の体は震え、頬を赤らめて怨めしそうに一言。


「バカ」


 そしてラインハルトが居なくなり独りで宿直室にいるヴィクトリア。

 何やら物音がすると小さな体がビクッと反応する。周りに誰も居ないか確かめると態とらしく咳払いをし、懐中電灯を握り締めてラインハルトの後を急いで追いかけた。

 あくまで平常心を装って。

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