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プロローグ 君と僕の旅路の始まり

 この物語は少年ラインハルトと少女ヴィクトリアとの短くも長い物語なる。



 草木が濡れ湿り、雷鳴が轟く灰色の空。

 広大な草原には大勢の()が待機しており、主の声を待っていた。

 この馬と言われたものは普通の馬と違う。

 上等な毛並等は無く、冷たくも強い鋼鉄製で出来ている。まして血など通っておらず、食べ物も普通とは違い、油を主食としている珍しい馬だ。

 後に誰かから『鉄騎(戦車)』と言われ、後世の戦場で主力兵器となるらしいが、それはまだ先の話になる。

 その巨大な馬は、まるで大樹の様な長砲身を備えつけて、足は大小幾つもの歯車、通称『ボギー』をキャタピラ……これまた通称『履帯』という鋼鉄のベルトを一緒に回転させ進む。

 当初、この鉄騎と言われる兵器はアーキタイプヴァッフェ……試作蹂躙戦闘指揮車と何とも長い名前がつけられていて、帝国の新型主力兵器と期待されていた。

 しかし見事にテストに不合格を食らい、士官学校の片隅で静かに熔鉱炉行きまで残りの人生ならぬ余生を謳歌していた。

 だが、ある物好きな姫様に見定められたのが運の尽き。

 その姫様曰く「乗員に問題がある。私()なら上手く操縦し、この駄馬を立派な名馬に育てられるわ」と言い、ここで連れの少年の運もある意味尽きたのだ。

 こうしてアーキタイプヴァッフェ『試作蹂躙戦闘指揮車』はめでたく試験運用兵器として通称鋼鉄の騎兵の異名から取り、鉄騎(てっき)が誕生した。



 冷たい雨が打ち付ける中、少年は戦車の上に立ちながら双眼鏡を覗き込む。丈の長い黒いブーツに乗馬用のズボンを履き、上半身は雨に濡れない様にポンチョのフードを頭まで羽織っている。

 そのフードのすき間からは夏の夜空の様に仄かに青みがかった黒髪が垣間見れる。

 この場所には似つかわしくない程に優しい瑠璃色の瞳が双眼鏡のレンズから見えた。

 黒髪少年の眼前に広がる地平線は雷の様に点滅する。これが雷ならどんなに良いことかと黒髪少年は思ったが現実は一万光年くらい離れている。

 少年が乗っている鉄騎のハッチが開いて金髪の少女が声をかけた。

 黄金の獅子の様に輝く金色の長髪の上には制帽を被り、たまごの様な輪郭に白い肌。そして瞳は焔色の少女だ。


「戦闘が始まったな。我らの出番は明朝からだったな?」


 少年を見上げる少女の瞳が輝いている。

 明らかに楽しそうな子供の瞳に少年は溜息を漏らしながら思う。


(明らかに楽しそうにしているな……)


 そう少年は思ったと同時に仕方無いと考えた。

 彼女がどう思うと関係無い。彼女の血筋がそうさせるのだ。

 古の建国時代から彼女の一族は特別な一族。

 黄金獅子(アルムルーヴェ)の一族と言われる皇族、しかも王女殿下なのだから。


「うん。出来れば出撃せずに降伏してくれるとありがたいんだけどなぁ~」


 少年が希望的未来を口にするが、呆気なく王女殿下の口から放たれる榴弾で爆散してしまう。


「ラインハルト。お前、バカだバカだと思っていたが、阿呆でもあったのか? 知らなかったぞ」

(うわぁ~僕に対する新しい認識が増えて良かったよ、王女殿下)


 ラインハルトの脳内では皇女殿下が放った榴弾を急いで修繕して反撃する。


「降伏してくれれば楽だなって思っただけ。そうすればみんな死なずに家に帰れるからね、可愛いヴィクトリア・フォン・アルムルーヴェ殿下」


 不意にラインハルトに名前を呼ばれヴィクトリアは、ほんのり赤らめた顔をハッチに半分だけ埋めて呟いた。


ナール(バカ者)……」


 不意討ちて一回は引き下がるが、ただでは引き下がらないのが黄金獅子一族の家系的特徴だ。

 埋めていた顔を出して、ラインハルトを指差す。


「ラインハルト、あまり雨に打たれ過ぎると風邪を引くぞ。一応、お前は私の副官兼直掩戦隊の指揮官なのだぞ。大事な作戦の前にうっかり風邪を引かれたら、私が無能な上官だと思われるだろうが」


 このラインハルトを心配しているのか、自分の評判を気にしているのか分からないのが、本人は以外と全部纏めての意味で言っているのかも知れない。

 その証拠に鉄騎の中に入れと彼女の焔の瞳。黄金獅子の家系にだけ許された焔の瞳が訴えている様に見えた。


「気持ちだけありがたく受け取るよ、ヴィッキー。それに今は雨に打たれていたい気分なんだ。ここが故郷に似ていて気分が落ち着つくから。あ、もしかしたら一緒に車長席に座って暖めてくれるとか?」


 ラインハルトが冗談めいた事を言うが、ヴィクトリアは案外冷静に対応した。


「バカ。だが、確かに此所はお前の故郷の故郷に似ているな。何にもなく、無駄に草原が広がっている所や……そう! 湿気臭いとこが特にな!!」

(……率直な感想をありがとう)


 ラインハルトの故郷を嫌みなく華麗に皮肉るヴィクトリア。

 普通の人だったら故郷を馬鹿にされると怒るものだが、ラインハルトは馴れてしまい、もはや怒る気もなかった。

 それが彼女、ヴィクトリア・フォン・アルムルーヴェの性格が……いや、気高き一族と言われる黄金獅子の血が言わせるのだから仕方無いと。

 不意にヴィクトリアも車長のハッチから出て来て、ラインハルトの横に立った。


「ちょっと!?」

「私もお前と同じ様に雨に打たれていたい気分なんだ。なんだ、お前は私が隣に居ると何か不都合なのか?」


 真っ暗な夜でも僅かな光でも輝く金色の髪。

 そして焔の瞳がフードを被ったラインハルトの顔を下から覗き込む。


「と、とんでもない! 気が済むまでいいよ」

「うん。そうする」


 ラインハルトの言葉に満足したのか、ヴィクトリアは僅かに笑みを浮かべて傍らに立ち、一緒に双眼鏡を覗き込む。

 地平線では雷が落ちた様に光が点滅し、まるで夏の花火の様に爆発音が響き渡る。

 不意にヴィクトリアが覗いていると視界が暗くなった。


「?」


 ヴィクトリアが双眼鏡から目を離すと同時に雨に打たれている感覚が体から和らぎ、雨に打たれて冷えた体に優しい温もりが伝わってきた。

 自分の体を見るとポンチョが被せられており、傍らにはラインハルトが居る。


「大隊長に風邪を引かれたら、副官兼直掩戦隊の僕の評価に関わるからね」

「ラインハルト……」


 ヴィクトリアは照れくさいのか仄かに頬を赤らめる。対するラインハルトも我ながら恥ずかしいのか視線を合わせない。

 ヴィクトリアの顔がラインハルトに近づいた。ラインハルトは男女の()()かと思い瞳を閉じた。

 だが現実は一万光年くらい離れていたみたいだ。


「お前、ポンチョは一人分しか無いのか? これだとジメジメして余計に暑苦しいではないか」

「あぁ……そうだね。気付かなかったよ、ごめん」


 普通の男女ならロマンチックな雰囲気になるのだが、ヴィクトリア・フォン・アルムルーヴェは一味違う……と言うより普通の男女なら、こう言う雰囲気の時に伝える術を彼女はあまりよく知らないのだ。


「それに、貴重なポンチョを……」


 自身に被せられたポンチョを広げて見せた。もともと一人用のポンチョなのを、ヴィクトリアに被せる為に首回りをナイフで切って、口を広げたのだ。

 そのお陰で二人入れるようになったが、ヴィクトリアを濡らさない為にポンチョの大分部をヴィクトリア側に寄せている。


「だがまあいい、お前にしては上出来だな。冷えた体が温まる」

「気に入って貰えて良かったよ」

「だが……こうすれば、二人が温まれるぞ!」

「えっ!?」


 不意にヴィクトリアがラインハルト側に体を寄せる。もはや寄せると言うより、密着に近い体勢だ。


「これでお前も濡れずに済むし、お互いの体が温まるな。こう言う場合、お前の国の言葉では確か……」

「……たぶん一石二鳥だと思うよ、ヴィッキー」

「そう、それだ!」


 何故かお互いに視線を合わせず同じ所を見つめる。

 冷たい雨が降り、耳には花火が爆発する様に砲声が響き渡る。闇夜の視線の先には雷が光った時みたく閃光が光っていた。

 一般的な年頃の男女なら、もっと気の利いた場所で愛なりを言葉や行動で語らうのだが、生憎と二人してそう言う気の利いた術を残念ながら持ち合わせていないのが残念な所だ。

 だが……お互いにぎこちなく手を合せ、お互いの指を一本一本交互に合せ強く、そして優しく握る。

 そしてポンチョに雨が打ちつける音なのか、相手の心臓の音なのか分からないが、互いの肌を通して伝わる。

 無言の時間が過ぎていくとヴィクトリアが昔を懐かしむ様に口を開いた。


「なんだか、こうしていると軍の士官学校を思い出すな」

「そうだね。でも僕としては、あの時みたいな出来事はあまり起こって欲しくないなぁ。お陰で死にそうになったし……」

「ラインハルト、またお前の希望的未来を言う悪い癖が出ているぞ?」

「あれ、そうだった? おかしいなぁ~」


 ラインハルトが悪びれた様子を見せながら、わざとらしく頭を掻いた。そんな姿を見ながらヴィクトリアは小さな溜息を漏らしながら言う。


「出ていたぞ。だいたいお前は、なぜ軍の士官学校に来たのだ? 死にたくないのなら他の道もあっただろうに」

「なぜって……。生憎と入学時には戦争なんてやってるとは知らなかったんだ。それに帝国軍に居れば退役したときに、大学の学費やら入学金までも面倒をみてくれる。君も知っている通り、入学時の僕の実家は()()()()()()と違って、ごくごく普通の平民だったんだよ?」


 最後の言葉はなるべく皮肉を強調してヴィクトリアに言ったが、余り効果的では無いようだ。


「そうだったな、許してくれ。私も人の事が言えないな。ついアルムルーヴェの悪い癖が出てしまう……」


 あくまでも自分の非ではなく、アルムルーヴェの血筋のせいにするヴィクトリア。

 敵国の人達からアルムルーヴェがなんて言われているか知ったら、彼らが大地を引き裂く位に怒るだろう。

 そう彼らは『傲慢にして、強欲の黄金獅子(アルムルーヴェ)』なのだから。


「学費と言えば……。お前、()()()()で卒業時に皇帝から爵位と領地を貰ったであろう? おまけに褒賞金も出たと聞いたぞ。何故それを使わぬ? それを使って任官を拒否すれば、今頃は大学とやらに行けたはずだろ」

「まぁ、確かにね。皇帝からは子爵の爵位と、僕の身には重い……じゃなくて、身に余る程の領地を貰ったよ。お陰で領地の管理やら、領民の要望で忙殺されそうだけどね……」


 普通なら戦地に届く手紙は家族や恋人の手紙が届くが、ラインハルトの両親は亡くなって養子として育てられた。幸か不幸か書く必要も無いのだ。

 だからラインハルト宛の手紙の大半は領民からの要望書……実質は苦情の手紙になる。


「お前、毎回手紙を開く度に溜息を漏らしているぞ。そんなに嫌なら代わりの領主を雇えばいいだろ?」


 心配そうにラインハルトの顔を覗き込む。これを帝国貴族の人達が見たら、さぞかし驚く光景だろうに。

 あの『傲慢にして、強欲の黄金獅子(アルムルーヴェ)』が人様の心配なんかするなんて、さぞかし珍妙で憐れな人だと、きっと好奇の視線と期待を抱く事に違いない。


「手放すなんてとんでもない! せっかく僕を頼って苦情を……手紙を出してくれているんだ。頼りない領主なりに期待に応えなくちゃいけないから」


 ラインハルトの言葉に安心したのか、さっきまで心配そうにラインハルトを見ていたヴィクトリアの表情が和らぐ。


「ならばよい。なんなら先輩貴族である、この私。ヴィクトリア・フォン・アルムルーヴェ伯爵が、領地の運営と領民をより良く導く為、領主としての心構えを教えてやっても良いぞ」


 ヴィクトリアが鼻高々にラインハルトに言う。

 こういう上から目線なのが正に『傲慢にして、強欲の黄金獅子(アルムルーヴェ)』らしいと言えばらしいと言える。

 そんなヴィクトリアにラインハルトは少し苦笑いしながら答えた。


「じゃよろしく頼むよ。ヴィクトリア・フォン・アルムルーヴェ伯爵閣下」

「任せろ。お前の平凡かつ凡庸な領地を私は見捨て無いから安心しろ」

「あはは、平凡かつ凡庸な領地か……」


 またもアルムルーヴェの傲慢にして強欲の言葉にラインハルトは苦笑いするしかなかった。

 彼女に悪気は無いのだから。

 黄金獅子の血が言わせるのだからと思ったし、流石に馴れてしまった。

 きっと普通の人間……アルムルーヴェとは、どんな人間なのかを知らないと激怒してしまう。

 なんて無礼で厚顔無恥と罵声を浴びせるだろう、間違いなく確実に。

 などとラインハルトが思っていたらヴィクトリアが不意に聞いてきた。


「仮の話だが、お前は任官を拒否していたら大学とやらで何を学ぶ気だったのだ?まさか、自堕落な生活を無下に送る気だったとか?」

「失礼だな、ヴィッキー。前に君にも話したけど、僕は歴史研究家になりたかったんだよ。それに……亡くなった父さんは歴史研究家で、母さんは歴史を教える学校の教師だったんだから」

「……そうだったな。許せ、つまらぬ事を聞いてしまった」


 まるで叱られた猫みたいに暗い顔になるヴィクトリア。

 ヴィクトリアがいる帝国と、ラインハルトの居た国は十年前に戦争になった。

 結果は帝国の勝利……と言うよりは、一本的な勝利だった。

 限定的な戦争だったが一部民間人にも死傷者が出てしまい、その中にラインハルトの両親も含まれていた。

 その後は帝国の報国になり、ラインハルトは養父母に育てられる。

 ヴィクトリアは、言わば両親を殺した国の御姫様なのだ。

 普通なら憎むべき人間なのだが、ラインハルトも普通の人間と違っている。

 悪いのは彼女や帝国ではない、戦争が両親を殺したのだと。

 暗い顔のヴィクトリアに何か言おうとするが、なかなか気の利いた言葉が思いつかない。

 そして咄嗟に出た言葉が。


「それにヴィッキーは歴史好きな僕の為に、例の約束を叶えてくれるんだろ?」


 ラインハルトのそんな言葉にヴィクトリアは表情は明るくなり高らかに宣言する。


「あぁ! 必ずお前に私が深紅の玉座に座る瞬間を誰よりも近くで見せてやる! この私、ヴィクトリア・フォン・アルムルーヴェがな!!」

「うん。楽しみにしているよ、可愛いヴィクトリア」


 ラインハルトの可愛いヴィクトリアと言う言葉に頬を赤らめ、思わず視線を逸らして呟く。


ナール(バカ者)……」


 ラインハルトが任官拒否しなかった一番の理由。

 それは……彼女、ヴィクトリア・フォン・アルムルーヴェが皇帝となり深紅の玉座に座るか、はたまた名も無き戦場で倒れてしまうかを見届ける為である。

 まだこれは、ラインハルトとヴィクトリアの短くも長い物語の始まりに過ぎない。

 彼女が深紅の玉座に座るか、名も無き戦場で倒れてしまうかは誰にも分からないし、後世の人達のみが知っている。

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