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夏の扉を開けるとき  作者: 萩尾雅縁
第二章
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ショーン 2.

 しばらくなにをするでもなくぼんやりしていたのだけれど、ふと思いたって冷蔵庫内を物色した。やはり思った通りだ。ガラスの大鉢にカラフルな野菜サラダが冷やしてある。続いて開けたオーブンには、まだ温かいむわりとした空気に包まれたコテージパイ。ガスレンジ上の鍋にはスープもできあがっている。そして、棚に置かれた紙袋はブランチ用のパンか。

 

 やはりコウが用意したのかもしれない。テーブルの食器も、彼が前もって準備していたのかも。まさかそんな――。でも、コウならあり得る。ショーンの愚痴を聞きながら、昨夜のうちからこまごま働いていたのかも……。その方が他人がいつの間にか家に入りこんで食卓の準備までしている、などという妄想よりもよほど現実的だ。


 そんなことをぐるぐると考えていると、


「あ、アル、おはようございます」


 バズが眠たげな顔で入ってきた。バズだけ? コウは一緒じゃないのか――。安堵と不安が同時に湧きあがった。とはいえバズの前だ。素知らぬ顔をして客用カップを棚からおろした。


「おはよう。コーヒーでも淹れようか?」

「いただきます」


 手持ち無沙汰からかドアにもたれていたバズは、背を向けてコーヒーの準備をしている間に、窓辺に移動して楽しげな声をあげていた。


「こんなことしてるんだ。コウかな、彼らしいですね!」


 コウらしい? 意味が判らず彼に目を向けると、バズは窓枠に置かれていた二つのグラスの一方を持ちあげて鼻先に近づけていた。半分ほど残った赤い液体が、日に透けるルビーのようにきらきらしい。もう片方のグラスには、おそらくミルク。やはり半分ほど入っている。そして、その横にはビスケットが数枚のった小皿もあった。


「これはラズベリー酒かな? ブラウニーもミルクよりもお酒の方が好きなんだね!」


 くすくす笑いながら解ったように言うバズに、問いかけるように小首を傾げた。そんな僕の仕草にすぐ気がついて、彼は笑うのを止め、どこか挑発的な色合いをその瞳にのせた。


「ご存知ないですか、ブラウニーのこと? 人間の家に住みついて、家事をしてくれる妖精ですよ。窓辺にミルクとビスケットを置いておくのは、ブラウニーへのお礼のしるしで。悪戯されないようにって、おまじないの意味もあったかな。でもお酒まであげてるってところが、コウらしくて」


 御伽噺か――。


 コウがそんなことをしているなんて、気づきもしなかった。居間にダイニングテーブルを置いてからは朝食もそっちで食べている。こうしてキッチンに来ることじたいが、減っていたからかもしれない。


「それでコウは? まだ眠ってるのかな? 彼、調子悪いとなかなか起きられないですよね。大丈夫なのかな」


 コウのことをよく知っているようなこの口調が癪に障る。そのうえでの探るような瞳。なにも応える気になれず、ちょうど湯が沸いたのをいいことに彼を無視してコーヒーを淹れた。


 それに、答えようがないじゃないか。コウがどこにいるのか、僕の方が知りたいのに――。


 黙ったまま、彼にカップを手渡した。一瞥した窓外の、芝生の緑が目に眩しい。今日も暑くなりそうだ。今年は例年よりも気温が高い。コウは、こんな中を出かけているのだろうか。


「彼、昨夜はわりに早めに引きあげたのに――」


 バズが憮然と呟く。


「早めに――って?」

「マリーがやけ酒に付き合ってあげる、って言ってくれて、ワインだのウイスキーだの出してきてくれたから。ショーンも、コウはお酒は飲めないし、疲れてるみたいだから先に休んでくれって言って。ミラのことはマリーの方が話も通じるからって。アルが一度様子を見にきてくれたでしょう? それからすぐに、コウも部屋に戻ったのに」


 僕が部屋に戻ったのなんて、まだ二時にもなっていなかった。だがコウが戻ってきたのは明け方だ。どういうことだ? それまでコウはどこにいたんだ? 

 思わず眉をよせた僕をバズが訝しげに伺っている。これ以上僕らのことを勘ぐられるのは不愉快で、「ショーンを起こしてくる。もう少ししたら食事にしよう」と言い捨ててキッチンを後にした。





 コウはどうしたんだ――。昨夜も、今も――。


 塞いだ気分のまま居間のドアをノックする。返事がない。そのまま静かにドアを開けて中を覗いても誰もいない。


「アル」と階上から声がかかった。マリーだ。「アル、携帯が鳴ってるみたいよ」


 きっと、コウだ!


「ありがとう」と、一足飛びで階段を駆けあがった。





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