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夏の扉を開けるとき  作者: 萩尾雅縁
第二章
47/219

ゲスト 5.

 たかが観念じゃないか――。


 そんな吐き捨てるような言葉で、全身を満たす苛立ちを一蹴する。


 マリーとよく似た波打つ金髪、身体の線を強調した挑発的な服装、誰彼かまわず向けられる媚びた視線、彼女は、口を開いていない時でも全てが煩い。


 ――私を見て、私を見て、と。




 僕の焦燥をさらに焚きつける存在、ミラが視界に入らないようにと、見るものなどない窓外を見つめる。


 僕は昔から彼女のことが嫌いだ。彼女が十代前半(ローティーン)の頃から知っているというのに。マリーの友人の中では一番長く続いている内の一人。それでも受容できない。

 もともと好感を持てないところへ、コウのことをけなしたのだ、とショーンから聴いた。そして実際に、彼女の前でコウが明らかにぎこちなくなるのを目の当たりにして、嫌悪感はさらに輪をかけて大きく膨らんでいる。


 好きだとか、嫌いだとか、そんな観念で自分の気分が左右される。今の自分の不安定さが腹立たしい。――この、わざとらしい女同士のお喋りも。

 もっとも、かしましさではショーンも負けてはいない。マリーは、この場で猫を被って大人しくしているバズのことが、気に入ったらしい。彼女は自分の邪魔をすることなく、気持ちよく喋らせてくれる相手に好意的だ。その点彼は合格だろう。このつまらないお喋りに、さも興味があるようなフリをするのが抜群に上手い。的確に女性を持ち上げて褒めるのも、コウよりよほど手慣れている。


 そのコウはというと――。


 こんな彼女らのためにキッチンに引っ込んで、何やら作ってやっている。必要ないよ、と言おうかとも思ったけれど、もともとは僕が水を向けたことだ。大義名分さえあげれば、コウならばこの場で味わう居心地悪さよりも、この方を選ぶかもしれない、と思って。こんな女のために、彼に不快な思いをさせたくなかったから。


 それに、僕と同じ部屋にいるよりもキッチンにいることの方が、コウにはしっくりと馴染むのかもしれないと、そんな漠然と胸に巣くう想いもあったのだ。


 コウには、コウだけの空間が必要なのかも――、と。


 もっと身近に感じていたくて、コウの部屋をさっさとショーンに渡してしまった。彼の意志を十分に確かめもせずに僕の部屋へ囲い捕らえたことが、最近の彼の不在の理由なのかもしれない。無節操で身勝手な赤毛が、コウを連れ回している、というだけではなく――。




 自分自身をこの場に留め、コウのいるキッチンへ行きたい衝動を抑えるためだけに、こんなどうでもいいことばかりを頭に浮かべている。


 ――つまらない。コウのいない時間も、空間も、なんと虚しい、意味のないものなんだろう。


 認めたくない彼の自由を、わずかばかり認める――、そんな些細なことからひたひたと染みでてくる焦燥は、どうでもいい思考で頭の中を埋め尽くしてみたところで、誤魔化すことすらできない。同じ家の中にいるのに、身も心も酷く遠い――。





「おまたせ」


 コウだ。大きなトレーを抱えて――。手伝おうと立ちあがりかけた矢先に、もうショーンがいる。「こりゃ、旨そうだな!」などと言いながら、涼しげにグラスに盛られた苺のトライフルに口笛を鳴らし、配っていっている。ミラはこんな時、餌を待つ犬のようにじっと座っているだけだ。周りに世話をされることが当たり前だと思っている。さっそく狭いローテーブルの上をてきぱきと整え、マリーがお茶を淹れるのを手伝っているバズの方が、まだ気がきくというものだ。


 僕の分だけ、コウが手渡ししてくれた。「即席で作ったわりに、綺麗に仕上がってるだろ?」と、良くできた工作を親に自慢してみせるように微笑んで。

 クリームと苺、スポンジケーキが交互に重ねられ、あの金色を帯びた薔薇のジャムがたっぷりとかけられたこのスィーツは、見た目に綺麗でいかにも女の子が喜びそうだ。マリーなんか特に。甘いもの好きのくせにやたらカロリーを気にするから、コウの工夫してくれるローカロリースィーツに目がないのだ。


 さすがにもう、僕もさっきのような意地悪はしなかった。不愉快な白薔薇(アイスバーグ)のジャムでも、気にする素振りは見せなかった。ミラに見せつけてやらなければ。コウに敵愾心の片鱗すら向けることのないように――。


 ここに来る前に喧嘩をした、というだけあって、ショーンは白々しいほどにミラに対して他人行儀だ。その様はコウが居間に入ってきてからますますぎこちなく際立っている。マリーはなんだって彼女を連れてきたのだか――。なんとか間を取り持ってくれ、と泣きついたのはミラの方か――。脚を開くことしか思いつかない女に、どんな入れ智慧をしたところで無駄だってのに。


 まぁ、どうだっていいけれど――。



 いかにも和気あいあいと取り繕ったこの茶番劇から意識を逸らし、ふと窓に視線を向けた。


 赤毛――!


 しばらく顔を合わすこともなくすんでいたのに。先週末の騒動以来の、あの小憎たらしい顔がテントの横に立ち、じっとこっちを――、いや、おそらくは僕を、睨んでいた。







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