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夏の扉を開けるとき  作者: 萩尾雅縁
第二章
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御伽噺 8.

 居間に戻るとショーンはすでに自室に戻っていて、マリーが僕を待っていてくれた。

 テーブルの上はすっきりと、料理の載った大皿も、各々の食器もすでに片づけてくれている。散らばっていた椅子の残骸も……。だが、これは赤毛が処理したらしい。二人がキッチンにいる間に、いつの間にか消えていたそうだ。コウの言う通り、赤毛は熟練の職人にでも、修理に出すつもりなのだろう。


 居間からキッチンに場所を変えた。マリーが、ろくに食事を取れなかった僕とコウのために、ローストビーフとサラダでサンドイッチを作ってくれたのだ。「コウの見よう見まねよ」と、照れ隠しなのか怒ったような口調で言い、彼女はいそいそとお茶まで淹れてくれている。



「ところでコウは?」


 返事に詰まる……。


「コウもお腹すかせてるでしょ。何してるの?」

「――風呂に入ってる。屋根に上がって、埃だらけになったから」


 適当に誤魔化したつもりだったけれど、マリーは呆れたように僕を睨んだ。長いつきあいだからね。彼女にはお見通しだ。そうだよ、お察しの通り、愛し合っていたんだ。屋根裏部屋で――。


「よくこんなときにそんな気分になれるわね! そんなにドラコを煽りたいの!」

 ティーポットに湯を注いでいる間も、彼女の口はとめどなく動いている。立て板に水だ。

「ショーンも解ってなかったみたいだから話したの。あの人も、なんとも言えない顔で頷いてたわよ」

「頷くって、何に?」


 僕と向かい合わせに腰を下ろし、怒っているのか、イラついているのか、マリーは思い切り顔をしかめる。


「アルがコウと上手くいってるのは、私にしたって喜ばしいことだって思ってるわよ。コウがいることで、アルは以前よりずっと落ち着いてるし幸せそうに見えるもの。でも、もう少し周りのことを考えてほしいのよ」


 考えるって、何を? 


 サンドイッチを頬張りながら、小首を傾げた。


「アル、ショーンの前でもいちゃついてたんでしょ! いくら自分はゲイに理解があるつもりでも、目の前でラブシーンを見せつけられるのは複雑なものがある、って、彼、言ってたわ」

「ショーンが? やっぱり子どもだね」

「アル! 私だって彼の言うこと、何となく解るわよ。――上手く言えないけど、解らなくなるのよ、自分の知ってるコウとは違う誰かを見ているみたいで」

「揺らいでるのは、コウのイメージじゃなくて、自分自身のアイデンティティーだろ? コウに自分の理想の友人像を投影しているから、思い込みとは違う異質な面を受け入れられないんだ。ゲイの友人のいる自分ってものが受容できないのさ」

「そんなんじゃなくて――」

「おまけに、自分の劣情が刺激されたんじゃないの? 確かにそれはよくないね。気をつけるよ。これ以上、彼に変な自覚を持ってほしくないからね」


 頭で理解するのと、実感として認識するのはまるで違う。僕に甘える可愛いコウを見て性的に刺激された、そういうことだろ? 友人とは違う関係にある僕たちを羨ましく感じたんだ。だからそうやって、全力で否定しようとする。混乱して、僕たちの在り方にまで口を挟む。今のままだけでも充分煩いのに――。




 マリーは僕の冷ややかな物言いに、戸惑ったように口を閉じた。けれど視線を逸らしたまま、またすぐに喋り始めた。


「屋根裏部屋、片づいてたでしょ?」

「うん。久しぶりに上がって驚いた。香港へ赴任する前にアンナが片づけていたの? 捨てる前にひとこと言ってほしかったな」

「ママが荷物の整理を始めたのはもっと以前からよ。アルが大学に入った頃。それをコウが、」

「赤毛がいつまでもテント暮らしじゃ可哀想だから?」

「馬鹿ね。コウの部屋にするためよ」


 思わず、手にしていたマグを取り落としそうになった。


「どうして?」

「パパとママ、月末には帰ってくるのよ。一緒の部屋に住んでるって、言うつもりなの?」


 考えてもいなかった。連絡もろくに取っていないくらいだ。スティーブに、話さなければいけないこともあるのに。


「もともと、アルが留学してから空いた部屋を貸すはずだったじゃない。いつの間にかあの二人が来ることに決まってて……。どんな経緯(いきさつ)だったかも忘れちゃって……。アル、コウのこと、恋人だってパパとママに話すつもりなの? ゲイだってこと、これまでずっと隠してきたのに、いいの?」


 まったく頭になかったことをいきなり突きつけられて、何も答えられなかった。スティーブやアンナに、僕の性的指向(セクシャリティ)の話をするなんて――。


「その気がないなら解るでしょ。コウは自分で、ママに、ショーンって同居人が増えたので屋根裏部屋を使ってもいいか、って連絡して許可をもらったの。ショーンや私のことも気遣ってくれてるのだと思う。いろいろやりづらいのよ。アルはそういうところ、まるで気にしてくれたことないけど。家族のそういう面ってあまり露骨に見たくないの」


 家族――。不特定の相手じゃ心配だから、ひとりに絞れと言ったくせに……。




「マリーは今、恋人はいるの?」


 彼女をじっと見つめて、カマをかけた。あ、瞳孔が大きくなった。思った通りだ。にっこり笑って「好きな人がいるんだ?」と追い打ちをかける。


「相談にのってあげるよ」

「もう、話をはぐらかさないで!」


 ぷいっと顔を逸らすマリー。でもすぐに上目遣いで僕を見あげる。僕に()()()があるのだ。昔ながらの彼女の癖だもの――。


「何? 言ってごらん」


 こんな、回りくどい手なんてつかわないで――。


 




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