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夏の扉を開けるとき  作者: 萩尾雅縁
第四章
176/219

化身 6.

 コウの手をとって、僕の命綱を押しつけるように握らせた。

 コウは正直だけど嘘つきだ。彼はいつだって自分のことよりも僕を優先する。だから、出口とつながるこのキノコの糸を僕から受け取らなかったのは、これを持つ者だけしかここから出ることができないからなのかもしれないと思ったのだ。


「きみの方がこの世界のことには詳しいもの。僕を導いて」


 コウは困ったように笑って、小さく頷く。僕の手をぐっと握る。絶対に離さないぞ、というふうに。僕はコウの責任感の強さを知っている。それを利用するようで申し訳ないけれど。

 でも、もしどちらか一方だけが、なんてことになったら、僕ではなくコウ自身を選んでほしい。簡単に自分を犠牲にしてしまうきみの性質が、僕は怖い。




「アル――」

「何?」

「僕がこれを持つとなるとね、きっとここからは、僕の来た道をたどることになってしまうと思うんだ」

「うん」

「つらかったら目を瞑っていて。見たくないことまで、見てしまうかもしれないから」

「どういうこと?」

「僕はアーノルドの館で、長い時を過ごしていたんだ」

「うん、彼からもそう聴いてるよ」

「ここは、きみのいない世界なんだ」

「今さらだよ」

「僕はもう、これ以上きみに傷ついてほしくないんだ」


 コウは真っすぐに僕を見つめた。とても真剣な眼差しで。


 今さら何を目にしようと驚くことはない、と口にしたところでコウの不安も恐れも拭いさることはできないだろう。だから僕は、「解った。そのときは目を瞑って見ないようにする。僕の手を離さないでいて」と言って微笑み返した。コウは軽く頷いただけで厳しい表情を崩さなかった。その代わり、繋いだ僕の手の甲にキスをくれた。



 歩きながら、コウはキラキラ光る金色の糸をするすると片手で手繰っていく。糸は僕たちを包む闇を絡ませ巻き取っているらしく、足元から少しずつ辺りの景色が見渡せるようになっていった。


 僕たちの靴底が踏みしめているのは、苔むした大地。その上に覆いかぶさるように羊歯の葉が被さる。そして、樹々の根本。羊歯の葉の切れ間切れ間に金の糸が砂金のように輝いて道を示してくれている。繭玉がテニスボール大になる頃には、背の高い樹々の梢の端々と、その上に輝く星空までが見渡せた。



「ホリゾントの空じゃないんだ」


 僕の呟きにコウも釣られて空を見上げる。


「ほんとだ、夜になってるね。きっとアーノルドの儀式の夜だ。となると今は冬だよ。冬至の日だ」


 とたんに、強風が吹きつける。気温がカクンと下がったように感じて、ぶるりと身ぶるいしてしまった。


「アル、寒いの?」


 コウはつないでいた手を背中に回して、僕に寄り添ってくれた。コウの光が強くなる。触れている部分から温もりが伝わってくる。


「きみが光っているのって、彼が内側にいるから?」

「そうだよ」


 そういえば、奴のことを忘れていた。すっかり大人しくなってしまっている。どうしてなんだろう――。ふと疑問に思うと、


 ――おまえのせいだ!


 と小さな声が聴こえてきた。コウが首をすくめてクスッと笑う。


「ここは地の精霊(グノーム)の結界内だからね。きみの規制が効力を持つんだ」


 ああ、僕が黙れって言ったから――、と、そんなことより、コウにも、奴にも、僕の心のなかで考えていることが聴こえるのか!


「僕は聴かないようにしてる! だって、そんなの、失礼だよね!」


 慌ててコウが弁解する。


 当然といえば当然なのか――。

 僕たちは同じ意識の内側にいるのだから。今さら気づいたこの事実に愕然としてしまった。内的世界が重なるということの意味を、僕は理解できていなかったのだ。

 コウが「つらくなったら目を瞑って」というのも、コウ自身の感受性で感じる痛みやつらい感情を、僕が僕自身のものとして直接的に受け取ってしまう可能性があるということだろう。


 だけど、それ以上に衝撃なのは――。


「と、いうことは、僕にもきみの心の声が聴こえるの? きみのイメージした絵なんかも見えるのかな?」


 心を知られる恥ずかしさよりも、コウの心を見たい好奇心の方が勝っていたのだ。心が浮きたって仕方ない。コウの心を、これくらい確かに知ることのできる機会なんて、後にも先にもないじゃないか!



「もう見てるじゃないか。ここは僕の心のなかだよ」


 コウは、僕の質問そのものが不可解でもあるかのように首をかしげ、真剣な眼差しで僕を見上げた。




 

 

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