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夏の扉を開けるとき  作者: 萩尾雅縁
第四章
173/219

化身 3.

「どこから話せばいいだろうね――」

 コウの口許から笑みが薄れ、瞳はやるせなさを湛えて伏せられる。


「まず、ここはどこか、ってことからかな。ここは――」


 コウの唇は動くのを止める。けれどそれは言い淀んでいるというよりも、どう説明するか言葉を探しあぐねているようだった。


「正直、僕にも判らない。でもたぶん、アーノルドの、きみのお父さんの作った人形のなかにある虹のたもとなんじゃないかと思っている。そして、そのなかにある仕掛けられた檻の内側なんだ。きみは? どうやってきみはここまで来たの?」

「ショーンに頼んでこの世界を壊すための儀式をしたんだ。儀式そのものは失敗してしまったんだけど、その後スティーブがアビーの人形を壊して――。いつの間にか、虹のかかる草原にいた。そこからまたアーノルドの館を見つけてここまで来た。きみは、ずっとこの環の檻に囚われていたの?」

「そうだともいえるし、そうでないともいえる」


 曖昧な言い様に、つい小首をかしげてしまう。コウは思案にくれている様子で視線をあてどなく漂わせている。


「判らないよね。えっと、つまり、この環に捕まえられたのは僕の魂なんだけど、僕の心はずっとアーノルドの館にいて――。魂も心もこの地にあるから、きみは無意識に僕に引きずられて、僕の身体をここまで運んでくる羽目になった」


 コウの世界では、魂と心と身体が、別々に存在できるのか。それに以前には、魂は分割も可能と言ってなかったっけ? 自我はいったいその内のどこに属しているのだろう――、などと今は関係ない疑問ばかりが気にかかってしまう。


「どれが一番先になるのかな? 魂がまず囚われて? それから心?」

「うん。きみのトリスケルが扉を開いて、そこから僕は囚われてしまったんだ」

「それは僕のせいなの? それで、きみを捉えたのは赤毛(ジンジャー)?」

「赤毛? ドラコじゃないよ。僕は地の精霊(グノーム)に捕まったんだ」


 だめだ。もうついていけなくなった。

 この魔術的世界というやつは、どうにも僕の手に余る。背中の模様(トリスケル)が扉? それに地の精霊だって? コウの人間関係は――、はたしてそう呼んでいいのかどうかも判らないが、いったいどうなっているんだ?

 質問したいことは山とあるのだが、何をどう訊くべきなんだろう? 論理的に解るようになんて言いだすと、またこの世界そのものを否定してしまいかねなくなる。


 黙ってコウを見つめるしかなかった僕に、彼は申し訳なさそうに「ごめん」と謝った。僕はゆっくりと(かぶり)をふる。


「それにもちろん、きみのトリスケルのせいってわけでもない。僕がきみを好きになってしまったからだよ。ぼくのなかには――、」


 言いかけたその口をぽかんと開けたまま、コウは固まったように動かなくなった。

「コウ? どうしたの?」と彼の頬に手を当てると、彼はびくりと跳ねあがり、ぜいぜいと苦しそうに肩を上下して息を吸いこんだ。


「もう、今更いいじゃないか! ここまで来てくれてるんだから!」


 ふくれっ面をして、じっと暗闇を睨んでいる。僕もそこに視線を流してみたけれど、誰かがいる様子も、何かがある様子もない。



「あ、ごめん! それから、地の精霊の悪意ってわけでもないんだ」と、コウはとってつけたように付け足す。


 ますます訳が解らない。仕方がない。解らないことを一つ一つ訊いていくしかない。これは腰を据えてかかるしかないのだな、と今になって合点がいくと、なんだかおかしくなって笑ってしまった。

 コウが困ったように唇を尖らせている。僕は手を伸ばして彼の頭をゆっくりと撫でる。かわいい。コウはやっぱりかわいい。


「そもそもこのトリスケルって模様は何なの? きみにとって、どういう意味があるの? 僕なりに調べてはみたんだけどね、扉って意味にはつながらなくて、僕の何が悪かったのか、いまだに理解が届かないんだ」

「きみは悪くないよ! そもそも火の精霊と彼の関係が――、」


 と、またコウは言葉を喉に詰めてしまったように息を止める。だが、それとほとんど同時に抱きついてきて、一気に息を吐ききるようにまくしたてた。


「きみのせいじゃないんだ。それがきみの(さが)なんだから。ドラコがそんなきみを利用しようとするから――」



 ――こいつのせいじゃないか! あの野郎そのままに横暴で、強欲で、おまえを囲い込むことしか考えない!



 コウの内側からそんな声が響いてきた。聞き覚えのある、甲高い、金属質な声が――。






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