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夏の扉を開けるとき  作者: 萩尾雅縁
第四章
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ノート

 ショーンの行動は呆れるほど大胆だった。昼食を食べてこい、と僕を追いたてスミス夫人の気を引きつけている間に、(アーノルド)が探しているノートのコピーを見つけたと偽って、堂々と彼の作業小屋を訪れていたのだ。普段ならこんな変則的な出来事を嫌がる彼も、お目当ての魔法陣という手土産のあることで、手放しで彼を迎えいれたらしい。

 ショーンという奴は侮れないな、と思ったのは、月の満ち欠けとアーノルドが作業小屋に籠りだした日を鑑みて、満月に合わせて人形を作り始めたに違いないと推察したことだ。人形と月が関係するなどと、そんな発想は僕にはできない。だが彼が言うには、そのことに気づいたのは僕の漏らした疑問かららしい。


 もしも(アーノルド)が精霊召喚の儀式を望んでいるとしたら――。


 必要になるのは当然、魔法陣だけではなく器となる人形だろう。そうショーンは考えたのだ。そして、一つの仮説を導きだした。


 精霊召喚が第一の儀式、異界の扉を開くことが第二の儀式としてアーノルドの世界が構築されているのならば、成立させている精霊との契約を破棄することで魔術を破ることができるのではないか。

 僕には理解し辛い理屈なのだが、要は精霊の人形を壊すことで、閉じ込めた精霊の能力を解放し契約そのものを無に返すということらしい。そうすれば、(アビー)の形見ともいえるあの人形を壊すことは避けられる。ショーンは、アーノルドの死期を早める可能性だけでなく、それ以上に僕の心情を気遣ってくれていたのだ。


 しかし、その場で聴いているときはなるほど、と思ったのだが、間をおいてよくよく考えてみると、疑問点がいくつも湧いてきた。

 まず一度目の儀式で、彼は精霊の人形を儀式の後自ら壊している。コウがハムステッドヒースで赤毛と行ったという儀式でもそうだ。そっちは意図的ではなかったような口ぶりだったが、本当かどうかは怪しい。

 だが二度目の儀式では人形は破壊されることなく、回り回って赤毛の手に渡っているのだ。ショーンは、異界の入り口を開けるだけでなく、閉じ込めるという継続性の維持を必要とする願望だからではないか、というのだ。

 だがそれをいうなら恋愛成就だってそうだろう。そもそも感情の成就とはどういう状態をいうのだ? 恋愛も結婚も、想いを遂げることよりも継続させることの方がよほど難しい。


 そして中でも一番理解できないのが、同じ魔法陣が使われているといっても、別の人形の破壊がコウの暗示を解くことに繋がるのだろうか――、ということ。僕にはかなり眉唾ものに思える。だが魔術というものが、そもそも僕にとっては眉唾そのものの世界だ。否定しきることもできない。僕の考える因果律が働く世界でないことは確かなのだ。


 ここで確かだと言えることは、アーノルドが四大精霊の人形を三度作っているということ。なんらかの儀式を執り行うつもりだ、ということ。精霊召喚の魔法陣の図案を探していたということ。たったそれだけにすぎない。



 

 サンルームで分かれてからショーンは書斎へ戻り、僕は一人で居間へ入ってそんなことを考えていた。それにもう一つ、気になることがあった。

 もし、アーノルドが精霊召喚の儀式を執り行い、スミス夫人が魔術師を連れてくることになったら――。赤毛にコウがここにいることが知られることになりはしまいか? あるいはもうすでに、奴は知っているのかもしれない。もし仮にコウの身体を取り返しにきた奴の手によって暗示が解かれて、コウが目覚めたとしたら――。


 コウは僕のことをどう思うだろう?


 無理やり連れだし、意識を失わせ、それでも手許においたまま手をこまねいて見ているだけ。失望する? 怒る? 軽蔑する?


 自己の内的世界にアビーを囲っている、(アーノルド)と同じことを僕はしている。





「坊ちゃん」


 ノックの後、スミスさんがドアから顔を覗かせる。大柄な背を丸めて、もじもじと両手を擦り合わせながら立っている。窓辺に佇んでいた僕は、軽く首を傾げて彼を見た。


「私たちは、旦那様に忠実にお仕えして参りました。決して、決して、ご意志に逆らうようなことはいたしておりません」


 思いつめたような彼の眼差しに、しっかりと頷き返した。


 夫人ではなく、夫の方が言い訳にきたらしい。赤毛と繋がる彼らから、今度こそコウを助ける方法を引きださねばと、思いがけない機会(チャンス)到来に僕は、心中の緊張とは裏腹のおっとりとした微笑を浮かべて、「どうぞ」と彼を部屋に招きいれた。






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