第5夜 泉の精
夜が来た。
眠りにつくまでもなく、私は森をさまよっていた。
どれほど歩いたろうか?
程なく、木々の揺れ動く狭間に滾滾と湧く泉を見つけたのだった。
私は急にのどの渇きに襲われて我も無く、泉に駆け寄り、ごくごくと一気に飲み干していた。
そして、ふと我に返って、水底を見透かすと、そこには綺麗な色の小石がたくさん敷き詰められているのだった。
私は透き通った、水の中に手を入れると、その小石を掬い出した。
それは私の手のひらのなかでキラキラとゆがんだ光りを発してあたりの木の間を照らし出した。
そしてわたしの周りの木も草も花も、急に多弁になり、囁きだすのだった。
花はしおらしく、恋を語りだし、
木々は、雄弁に、神話を語る。
遠くにリンゴの木があり、私は惹かれるように、そこへ急いだ。
近づくとたわわに実っていた。私は実を一つもぎ取る。
すると、リンゴの木は身をくねらせて、もだえるのだった。
「血のリンゴを取り、更に、それを食べるなら、永遠に呪われるよ」
そんな声がどこかから聞こえてきたような気がした。
しかし、のどの渇きに耐え切れず、私は貪り食ってしまっていたのだった。
私は急にめまいを覚えてその場に蹲ってしまった。
薄れゆく意識の中で、私は、白いうさぎたちが飛び跳ねて泉に向かうのを見たような気がした。
どれほどか時がたったのだろうか。
私は泉のほとりに横たわっていた。
泉の中ほどに小島があり、そこに、白い衣をまとった少女が座っている。
その少女はこんな歌を口ずさんでいた。
「私は命の泉の精、ずっと前から、あなたを知っている。
でも、あなたは、本当はもうずっと以前から死んでいる。
命の水を飲んだから、こうしていまだ生かされている。
でも、もし、その、水が枯れたなら、あなたは、再び、死の眠りに就く。」
私には何の意味かさっぱり分からなかった。
しかし、何だか、心に響き、遠い思い出の彼方に、過ぎ去った過去の幻影を
見るような思いに囚われるのだった。
そうだ、私は再び眠りに就かなければならなかったのだ。
第5夜 終わり




