何気ない一日
<俺は田中太郎 18歳、どこにでもいる高校生だ。ひょんな事から意識を失って気づいたら知らない場所に居た>
「ここはどこだ・・・?」
<おそらくそこは異世界なのだろう19世紀ぐらいだろうか?それほどの文明水準に感じる。通りは屋台で賑わっていて俺のようなTシャツにパーカーを着ている人物なんて皆無だ>
「あー、あのさ。君異世界からの転移者?」
<街を物色していると不意に後ろから声がかかった。背格好170cmほどで現代日本人から見るとレトロに思える背広のようなものを着た男だった>
「・・・なっ!?なんでそれを!?ここはどこなんですか!?」
「あー、その反応は完全に転移者だね。どっから来たの?顔立ちを見るに日本人?」
「もしかしてあなたも僕と同じなんですか?」
「いやそういうわけじゃないけどまぁこれが仕事なんだわ。どうせ死んでも別のどっかに行くと思うから安心して」
<そう言うと男は自身の胸に手を伸ばした。俺は咄嗟に見の危険を感じ身体中の筋肉に力を入れる。なに、ここは異世界だ。テンプレ通り行くとここで能力が……>
ッパーンッパーン
銃声が二発、男は特異な格好をした青年の頭と胸を撃ち抜いた。しかし街の人間は誰も気にしない。またかという顔だった。
仕事とは言えいい気分はしないな。
背広を着た男はそんな事を思いながら、青年の遺体を通りの脇に寄せた。
「おいおい旦那、勘弁してくだせぇ、そんな所に死体置かれちゃうちの店商売上がったりですぜ」
通りに屋台を出していたフルーツ屋の親父が男に不平を漏らす。
「仕方ないだろ。生憎馬を置いてきちまったんだ。もうじき警察の騎兵隊が来るから預かっといてくれ」
「そんな殺生な」
「はいこれ、証明書。騎兵隊が着たら渡しといて」
男はササッとメモ用紙程の小さな紙に何かを書いて店主に渡した。
「え、渡しといてって旦那は?」
「今時イレギュラーの死体一つくらい現場に証明書一枚ありゃ処理してくれるよ」
「へぇ、今そんなに簡単なんですかい。一昔前はイレギュラー一人出たってだけで大騒ぎだったのに」
「そりゃ一昔前って時代じゃないだろ?俺が生まれる前の話だぜ。ま、とにかくよろしく」
「ちょ、ちょっと旦那」
そう言って男はその場を後にした。
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石造りの街並みを静かに歩く男が居た。
彼の名前はマクシム。
ロマノフ共和国 国土安全保障省の役人だ。
彼の主な仕事はイレギュラーの処理。グラウンド整備の事ではない。
イレギュラーとは異世界転生・転移者の事だ。
イレギュラーは今から半世紀ほど前にその存在が明確な物となり今では多数のイレギュラーが確認されている。イレギュラーの存在自体実際には遥か大昔から在ったというのが現在の有力な学説である。
なぜイレギュラーが処理されるのか。
というのもどういうわけかイレギュラーは国家転覆や世界征服を目的に動く事が非常に多く、実際歴史上の多くの偉人や革命家には不審な点がいくつもあり、それらの人物のイレギュラー説は絶えない。
そのような時代背景から十数年前、現在この世界における最大の国際機関<世界会議>はエラーに対する一切の人道的超法規的措置を認める事を全会一致で正式に可決。各国は専門部署を設置しエラー処理に当たる事となった。
そしてヴァリャーグ大陸に広大な領土を持つ大国、ロマノフ共和国では国土安全保障省がその任務を担っている。
マクシムはしばらくすると街の中心部とも言える場所にある石造りの建物に入っていった。
一般的な郵便局程の大きさだ。
その建物がマクシム仕事場である。
「なんだマックスえらく帰りがはえーじゃねぇか」
オフィスに入ると同僚のイワンが声をかけた。
「息だけ止めてあとは警察に任せた」
マクシムはそっけなく自身のデスクに腰を下ろした。
「またかよ?こないだ中央署の署長がキレてたぞ。最近は手続きが簡単だからって適当に処理する執行官が増えてるって。わざわざここに怒鳴り込んできた」
そこはマクシムの仕事場、国土安全保障省 第一地方局 プキシン支局 イレギュラー処理執行部である。マクシムの所属する国土安全保障省は名の通り国家機関でありマクシムも国家公務員であるがイレギュラー処理という仕事の性質上全国の到るところに支局が置かれている。
支局の規模は様々で大都市になると一般的な警察署と同じぐらいの規模のものが置かれているがプキシン市は田舎町であるため支局員は全員合わせても20名程度である。
各支局を管理しているのは各地方の地方局でありプキシン市は第一地方局の管轄下にある。
イレギュラー処理が正式に認められた年から今までの十数年間で国土安全保障省の規模は数十倍にも膨れ上がり今や防衛省や警察庁と肩を並べる存在となっている。
「知るかよ、手順はしっかり踏んでるぜ?」
「ちゃんとイレギュラーかどうかの確認はしたのか?」
「したさ、どう見ても異世界人だった。Tシャツにパーカーとかいう」
「最近はイレギュラーの服を着せて俺達に殺させるなんて事件もあるらしい。それどころか異世界人風の格好が一部の若者でプチ流行してるって言うぜ?」
「ちゃんと質問もしたよ。日本出身だった」
「また日本か。一体どんな国なんだろうな」
「さあな、気になるなら本部がまとめた資料でも読め。腐るほどあるだろ?」
「そこまでは気ならねーかな」
日本とは多くのイレギュラーの出身国と言われている異世界にある国である。大昔はイレギュラーを捕まえるとその世界の研究等の為長く拘束されていたが、現在はそれらの研究が進んだおかげでよっぽどのことが無い限りイレギュラーの殺処分が認められている。
用はこれ以上特に必要がないくらい情報が出揃っているらしい。
しかし一応ノルマとして月に一度はイレギュラーを捕獲し本部に送るというものがあるが、今月分のノルマは週の初めにいきなり達成されたので後は全部殺処分となっている。
ジリリリリ
オフィスの電話がなった。電話はつい30年程前に急速に普及した代物である。当時程価格は安くなったとはいえ高級品でこのオフィスにはたった1台が置かれていた。
「はい。安保省プキシン支局イレギュラー処理執行部ですけど」
イワンが電話を取った。
マクシムは嫌な予感がしオフィスを後にしようとしたが遅かった。
「マクシム、仕事だ」
「さっき帰ってきたばっかだぜ?」
「仕方ないだろ今この田舎町にゃ執行官は俺とお前しかいねぇんだ。他の同僚の2人が出張に出掛けたの忘れたか?」
職員が20名程いると言っても全員がイレギュラー処理を行う執行官というわけではない。多くがデスクワークを生業としている。
「じゃあお前が行けばいいだろ」
「いいけどじゃあこの書類の山代わりに処理してくれる?」
イワンはドサっと書類を自身のデスクに積み重ねた。マクシムも同じ量の書類があったがマクシムはマメな性格なので月末である今頃にはもう書類は無くなっていた。
「そりゃお前の書類だろう?」
「俺がこの書類今日中に片付けられなきゃ執行部の責任だぜ?」
「ったよ。いきゃいいんだろいきゃ」
「おう、部長にはよろしく言っとくから安心して言ってこい。これ住所」
渡された住所を手にマクシムはオフィスを後にした。