山越えとチョコレート
翌日には楽しかったオスカラの町を立つと旅は山越えになるみたいだ。
森と崖の続く道を進む王都への旅路の最大の難所だとのこと。
山越えの街道は三つほどあるようだが危険な道ほど何もなければ早く越えられるものの、魔物の生息領域だったりと運が悪ければ死ぬことも珍しくないらしい。
伯爵様とオレ達の馬車は一番遠回りで安全な街道を行くことにしている。
ちなみにオスカラと次の町までの間には山越え専用の護衛の冒険者が居るようで、伯爵様もAランクだという五人組の冒険者達を雇っていた。
山専門の冒険者らしく道中の危険な場所や出没する魔物に至るまで詳しい、山岳ガイドのような冒険者みたいだ。
「そういえばチョコレートはありますか?」
「あっ、はい。輸入品なためかなり高価ですが」
「では今日のおやつにチョコレートケーキでも焼きますね」
「あるの!?」
「ええ。お一つ味見しますか?」
ただいつ魔物が襲って来るかと緊張感溢れる兵士や冒険者の皆さんと、馬車の中の女性陣の空気が違いすぎる。
先日のアイスでチョコレートを思い出したオレは、昨夜のうちに密かに補給を済ませた物にチョコレートを頼んでいたんだよね。
エルはそれでケーキを作ろうとメアリーさんにチョコの存在を確認したら、メアリーさんとクリスティーナ様の表情が変わった。
女の子が甘いものに目がないのは何処も一緒だね。
どうでもいいけどクリスティーナ様って絵に描いたような田舎のおてんばお嬢様にしか見えなくなってきた。
最初は多分猫を被っていたのだろう。
「ああ……。美味しい」
「私は初めてです」
加工用のチョコレートを一かけずつエルは二人に上げたら、二人とも静かになり味を噛み締めるようにゆっくりと口の中で溶かしている。
日本じゃ子供でも買えるんだけどなぁ。
「決めた! 私アレックスと結婚するわ! 四人目の妻でいいから!」
「いや、チョコレートくらいあげますから。人生を賭けないでください」
クリスティーナ様はやっぱり子供だ。
一かけらのチョコレートで突然とんでもないことを言い出してオレとエルを固まらせる。
そもそもエル達は妻じゃないって昨日話したのに。
「なんで! ちゃんと順番は守るわ!」
「オレは貴族様を妻になど迎えられる身分ではありませんよ。伯爵様のお孫さんなんですから、立派な人のところに嫁に行けますって。」
日本だと数十円もしないチョコレートで人生を決めないで欲しい。
そもそもオレは結婚なんてする気ないんだから。
「あの、クリスティーナ様。チョコレートなど欲しいのでしたら定期的に差し上げますよ。それではいけませんか?」
「……お祖父様の力が欲しいだけの貴族と結婚するなんて嫌なの。誰も私の気持ちなんて考えてくれなかったわ」
流石に困ったオレを見てエルが話を聞いていくが、意外に問題の根が深いというか不満は前からあったようだ。
まあ英雄と言われる伯爵様の孫娘が欲しい貴族は多いんだろうしね。
伯爵様も貴族な訳だから当然クリスティーナ様の気持ちを理解しても、貴族として生きねばならない限りは許されるワガママではないだろう。
この件はオレ達が口を挟んでいい問題じゃないね。
クリスティーナ様も無理なのは理解してるのだろう。
流石にワガママが過ぎたと感じたのかその後は静かに馬車の外を眺めていた。




