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流れゆく時に花束を  作者: 南戸由華
8/11

配達

かなり久々の更新になります。

よければお読みください。

 

 ーーこの女は、なんだか普通ではない。


 エルは食器を洗うアトラの背中を椅子に座って見ながら、そう思っていた。


 瀕死のところをアトラに救われてから、一週間が過ぎていた。

 アトラの的確な治療と看病のおかげで傷も大方ふさがり、エルは1人で立って歩けるほどまで回復していた。


 世話をされながら最低限の言葉を交わしただけで、エルは決して心を開かなかったし、アトラも全く追求することもなかった。

 しかし、そんな数少ない交流の中でも、エルは彼女に対して違和感を感じていた。


 特に何か変わった部分があるわけではない。何が普通ではないのか、エル自身も言葉に表すことができずにいた。

 彼女の、歳にそぐわない冷静さがそう思わせるのだろうか。


 彼女はあまり笑わない。笑っていたとしても、意識して笑みを作っているのが分かる。

 ひどく無愛想にふるまうエルに対して、彼女は怖がることも、嫌な顔をすることもなかった。ほとんど無表情か愛想笑いでふるまうのだ。


 その姿は凛々しいようで、痛ましいようにも感じた。

 冷静に考え、自身の生き方に納得しているような雰囲気を持ちつつも、何だか窮屈に生きているような。


 まるで、何かに囚われているような、そんな雰囲気。

 自分と”取引”したのも何か関係があるのだろうか。

 薬屋や家事の手伝い等の労働以外にも何か求められているのではないか。

 ”取引”といってもやはり、エルは無意識にアトラの優しさの真意を探っていた。


 そうやって、人の優しさの裏に潜む何かを考える時が1番、自分が自分でいられるような感覚で満たされた。


 エルがアトラに求められる可能性のある対価について、考えを巡らせていると、食器を洗い終わったアトラがくるっと振り向いた。


「よし、じゃあ今日から少しずつ手伝ってもらおうかな。」


「分かった。何をすればいい?言っておくが、力仕事はまだ無理だぞ。」


「分かってるよ。えーと…じゃあこの近くに住んでる人たちに、薬の配達をお願い。ゆっくりでいいから。」


 そう言うと彼女は部屋の隅にある棚から地図を取り出し、エルに差し出した。


「配達までしてるのか?随分と丁寧な店なんだな。」


 地図を受け取りながら、エルが聞くと、アトラが少し困ったような笑顔を作った。


「まぁ、この村唯一の薬屋だし、お年寄りも結構いるからね。いつも私が忙しい時はカインに頼むんだけど、彼は剣の稽古もあるし、あんまり頼りたくないんだよね…」


「幼なじみだと言うから、もう少し気の置けない仲なのかと思っていたけど、そうでもないんだな。」


 エルが嫌味っぽく言うのに対し、アトラは寂しい笑顔を浮かべた。


「まぁ…ね。人に頼らなくていいなら、それが一番だから。」


「俺はどうなんだ。」


「あなたとは取引だから。」


 きっぱりと切り返すと、エルに背を向け、洗面所の方に行った。




「ついでに軽く挨拶しておきなよ。みんな、あなたの顔知らないだろうし。」


 薬と地図、財布を入れた鞄を肩から下げたエルを、アトラが玄関で見送る。


「面倒だな。行って、薬を渡して金だけ貰えばいいじゃないか。」


「だめ。街とは違って、ここは小さい村なの。近所の人はみんな顔見知りだから、知らない人が家に来たら、警戒するよ。私の手伝いって言ってくれればいいから。」


 アトラがきっぱりと言い返した。

 エルは心底面倒臭いと思ったが、ここで言い争うのもどうかと思い、しぶしぶ承諾して家を出た。


 今日の配達は5件。どれもアトラの家からそう遠くない。

 1番近い所が最後になるように配達する順番を決め、エルは歩き出した。


 ここは小さく、静かな村だ。人口も少ない。

 国の中央から離れた辺鄙な場所にあり、近くには高い山脈がそびえ立っている。


 アトラはエルを街から来た者だと思っていたようだが、エルは後の都合を考えて、同じ言語を話す隣国から亡命してきたのだと彼女に言った。

 最初は怪我が治り、体が動くようになったら自分で死にに行くつもりだったが、アトラの言う優しさ、その裏に潜む考えを知りたいという思いの方が強くなっていった。


 それに、無理に自ら死ななくても、いずれ天界にはない”不純”に耐えきれず死ぬことになるのだろう。それがエルに課された罰だ。


 山脈を越えて亡命してきたと言うと、アトラにかなり驚かれた。

 それほど高く、越えることが困難なのだ。それゆえ、この国と隣国では、同じ言語を使うものの、ほとんど交流はないらしい。

 だからそれほどエルの身元が怪しまれることもなさそうだった。


 最初の配達先は足の悪い老婆の家だった。

 ノックをして呼びかけると、車椅子に座った清潔感のある老婆が玄関先で出迎えた。


「あら、どちらさんだね?」


「あの、しばらくアトラ…さんのところで手伝いをすることになった者…です。エルと言います。」


「あら、そうかい。アトラちゃんのとこの。あの子、1人で大変そうだったからね…こんな男前が傍にいるなら安心さね。」


 老婆は顔をしわくちゃにして微笑んだ。


「あの、ブランデルさんのお宅で合ってますか?」


「そうそう、私がブランデルであってるよ。」


「じゃあ、この薬を…」


 エルは「ブランデルさんへ」と書かれた小さい包みを渡した。


「ありがとうね。ほら、お代。どうかあの子の面倒みてやってね。」


「…はい。」


 お金を受取りながら、複雑な気持ちになる。

 不本意ながら、今面倒を見られてるのは自分の方だ。


 ブランデル老婆に笑顔で見送られながら、エルは次の家に向かった。


 その後は特に何事もなく、2件回った。最初は不審がられたが、アトラの名前を言うと、あっさり打ち解けられた。

 村の者は村唯一の薬剤師のアトラをたいそう信用しているようだ。


 4件目はリト・トンプソンという者だ。

 地図にある家に行き、ノックする。


 しばらくすると、扉が開いた。

 しかし、エルの目の前には誰もいない。

 エルが驚いて立ちすくんでいると、視界の外から声が聞こえた。


「お兄さん。ここ、ここ。」


 声のする方へ顔を下げるとエルの腰ほどの背丈の子供が目の前に立っていた。


「…失礼した。リト・トンプソンさんはいるか?」


「リトは僕のことだよ。薬持ってきてくれたんだね。ありがとう。」


「え…」


 宛先人はてっきり大人なのかと思っていた。


「ご両親はいないのか?」


「ううん、お母さんは中で寝てるよ。お父さんはずっといないけど。」


「そうか、お金はあるか?ないならお母さんを起こしてお願いするんだぞ。」


「え…いつもお代はいらないって言われてるんだけど…」


「!?そうなのか?」


 …あいつ、何も言ってなかったぞ。

 親が前払いしてるのか?


「悪い。知らなかった。じゃあこれ、渡しておくな。」


「うん、いつもありがとう。…って、アトラお姉ちゃんにも言っておいて。」


「分かった。じゃあ、またな。」


 リトの笑顔に、少し何かが引っかかるような感覚を覚えながら、リトの家を出て、次の配達先に向かう。


 最後の1件は、最もアトラの家に近い、アルベリオンという家だ。


 ノックをしようと扉の前に立った時、


 ガチャッ。


「ぐっ!!」


 急に扉が開き、エルは顔に手痛い一撃を食らってしまった。後ろに大きくよろけたが、なんとか体制を持ち直す。


「あ、ごめんなさい!!人がいるとは気づかなくて!!」


 顔を押さえながら声の主を見ると、アトラよりか少し若い少女が立っていた。茶色い髪に茶色い瞳。


 …誰かに似ている。


「大丈夫ですか…?ごめんなさい…つい慌てちゃって…本当にごめんなさい…」


 目つきの悪いエルが怖いのだろう。少女は泣きそうな顔で何度も謝った。


「…大丈夫だ。アルベリオンさんの家であってるか?薬を配達しにきた。」


 怖がらせるつもりはないが、本当に痛いため不機嫌な顔になっているのが自分でも分かった。


「は、はい。あ…もしかしてアトラさんの…?」


 少女が恐る恐る聞く。


「そうだ。事情があって、今日から手伝いをさせてもらってる。」


 身近に知る人の関係者だと知って、少女は安心したようだ。表情が少し明るくなる。


「そうなんですね。お薬は私のおばあちゃんが飲むんです。あの、良かったら、中で直接渡してくれませんか?…きっと、挨拶したいと思うので…」


「…分かった。」


 家も近いのだ。おそらく、親密に付き合っている家なのだろう。少し顔を見せて紹介くらいしておかないと、後でアトラに小言を言われそうだ。


 家にあげてもらい、少女に案内してもらう。


「あの、さっきは本当にごめんなさい。おばあちゃんが変なことを言ったから、つい、慌てちゃって…」


「変なこと?」


 少女が歩きながら少し不安そうな瞳でエルを見た。


「その…『天使様が来る』って言ったんです。」


 エルは驚きで思わず足を止めた。


「天使…?」


「あ、ごめんなさい!変な話をして!」


 少女も慌てて立ち止まり、体をエルの方に向ける。


「その…私のおばあちゃん…正確にはひいおばあちゃんなんですけど、若い頃に天使に会ったことがあるんだって話を、私が小さい時にしてくれたんです。」


 エルの頭の中に大きな疑問が浮かぶ。


 天使に会ったことがある?どういうことだ?

 翼を失い、天使でなくなったエルは例外として、天使は生きている人間には見えないはずだ。


「私も大きくなるにつれて、おとぎ話かなって思ってたんですけど、さっき急にそんなこと言い出すからびっくりしちゃって…本当にごめんなさい。」


「そう…なのか…。痛みはもう大丈夫だ。気にしないで、おばあさんの所に案内してくれ。」


「あ、はい!」


 少女は再び歩き出し、エルもついていく。

 この家の1番奥の部屋にたどり着いた。

 少女が扉を開ける。


「おばあちゃん、上がってもらったよ。アトラさんの手伝いの人だって。」


 その部屋は日当たりがよく、窓から溢れる光で部屋が満たされていた。

 背もたれのある大きめの椅子に、かなり高齢の老婆が腰掛けていた。


「あら、男前の天使様が来たねぇ。」


 老婆が、部屋に入ってきたエルを見て穏やかに微笑みながら言った。


「おばあちゃん。天使様じゃないよ。普通の男の人だよ。」


 少女が老婆の言葉を否定し、エルに「多分、少しボケてるんです…」と小声で言った。


「いやぁ、でもこの人から私が昔会った天使様と同じ、とっても優しい雰囲気がするのだもの。きっと天使様に違いないよ。」


「そんなこと…ありません。俺は普通の人間ですよ。それに、俺に優しさなんか…」


 動揺と複雑な気持ちで、エルはそれ以上何も言わず、最後の薬を取り出した。


「これ、配達の薬です。」


「あら、ありがとうねぇ。」


 老婆がゆっくりとお礼を言う。その微笑みから察するに、おそらく、まだエルを天使と信じているのだろう。


「あ、お金持ってきます!ちょっと待っててくださいね!」


 少女が慌てて部屋を出た。


 少女の足音が遠くなったのを確認し、エルは老婆に話しかけた。


「あの、本当に天使に会ったことがあるのですか?」


「ええ、まだ私が若かった頃…近くの山で山菜を取りに行った時に、足を怪我してしまってね。歩けなくて困っていた時に、天使様が現れて怪我を治してくれたんだよ。」


 天使の癒し(ヒール)だ。

 老婆がどうして天使を視認できたかは分からないが、傷を癒したというのなら、その天使は天使の癒し(ヒール)を使ったのだろう。

 あれは正確には痛みを和らげるだけだが、老婆が怪我を治してもらったと勘違いしてもおかしくない。


「それは、どんな天使でしたか?」


 エルが聞くと、老婆は窓の外の遠くに目を向けながら、ぼんやりと思い出すように言った。


「どうだったかねぇ…もう、顔はあまり覚えてないんだけど…あなたと同じ、綺麗な黒髪の男の人だったよ。優しい空気を纏っていて…真っ白な翼が背中にあって…あれは天使様で間違いないねぇ。」


 老婆は再びエルの方へ顔を向けると、にっこりした。


「さっきあなたが家に来た時、あの時の天使様と同じ雰囲気を感じたから…てっきりまた天使様に会えると思ったんだけど…あなたには翼が無いねぇ。」


「…俺は、普通の人間ですよ。」


 それに、優しい雰囲気なんて持ってるはずがない。

 俺は優しさなんて、持ってないんだから。


 もう少し例の天使について聞こうとした時、部屋の外からバタバタと足音が聞こえた。

 なんだか、足音が増えている気がした。


 少女が部屋の扉を開けた。


「お金、持ってきました!あ、それと…」


 少女の後から1人、青年が部屋に入ってきた。


「私の兄です。今ちょうど帰ってきたので…」


 エルははっとした。見覚えのある男。

 男の方も面食らった顔をしている。


 ーー全く、アトラも一言言ってくれればいいものを。


「あら、カイン、お帰り。早かったんだねぇ。」


 老婆がのんびりと言った。




お読みいただきありがとうございます。

のどかな風景ですが、フラグはしっかり立てていきます。

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