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流れゆく時に花束を  作者: 南戸由華
5/11

目覚め

少し短めです。

 

 ーー時はほんの少し前に遡る。


 ひとまずカインに店番を任せたアトラは急いで顔を洗いに行った。


 昨晩はあまり眠れておらず、両親がいなくなってから初めて寝坊してしまった。

 とにかく、急がなければ。

 ぼーっとする頭を無理やり起こし、何から準備をすればいいかを考える。


 顔を洗っていると、ふと昨晩のことを思い出した。


「そういえばあの男の人…」


 そう、昨晩はあの男の治療と看病で眠れなかったのだ。


 アトラは昨日、男の傷をある程度血止めすると、すぐに傷を縫う作業をした。

 マルクが呼んできた医者が来る頃にはもう縫う作業は終わり、身体を綺麗に拭きあげていた。


 念の為医者に診てもらうと、処置に問題はないと言われ、彼女はほっとした。

 知識はあったが、実際にあんなに深い傷に対処したのは初めてだったのだ。

 そして、男がうつ伏せで寝ても息苦しくないように、頭の部分に穴が空いた移動式の簡易ベットに、医者とマルクの手も借りて、男を移動させた。


 アトラは薬剤師ということもあり、医者に男の看病を任されることになった。

 昨日は店を閉め、彼女が傷の様子を見ながら男の身体を拭いたり、適度に体の向きを変えてあげたりと一日中看病したが、結局男が目覚める事は無かった。


 夜になると、男は痛みからか、うなされながら寝ていた。

 背中の傷に薬を塗ると、男の体を横に向け、汗だらけの顔と体を拭いてやる。それを繰り返した。

 男のうなり声と汗がずっと止まらなかったので、結局アトラはほとんどつきっきりで看病していた。


 少し休もうと、男の血で汚れたとなりの自分のベッドのシーツを替えて、そこに横になった。そして気がつくと朝になっており、カインに起こされるのであった。


 洗った顔をタオルで拭くと、アトラはベッドルームに向かった。


「まだ寝てるかな…」


 ベッドルームの扉から覗くと、男がまだベットに寝ているのが目に入った。


 起こさないようにそっと近寄る。

 ベットの下を覗いて、頭の穴から男の顔を見る。

 少し、汗をかいて寝苦しそうだ。


 アトラは男の背中にかけているシーツをめくると、タオルを取って、包帯を巻いた男の背中を拭きあげた。

 次は仰向けに裏がえそうと体に触れた時、


「う…痛…」


「!?」


 男が声を出した。

 アトラが驚いて立ちすくんでいると、男はベットに手をついて体を起こそうとする。


「うっ」


 しかし、やはり背中が痛かったのだろう。一瞬体を浮かしただけで、すぐにまたベットに体を下ろす。


「だ、大丈夫ですか?」


 アトラが心配して声をかけると、男はゆっくりと顔だけアトラの方に向けた。


「俺は…生きてる…のか…?」


 綺麗な黒檀色の髪と眉に、色白の肌。整った顔立ちだが、ひどい痛みが彼の顔を歪ませているようだ。少しくすんだコバルトブルーの瞳がアトラを見る。


「ええ、生きてますよ。危ないところでした。傷がまだ痛むでしょう?ゆっくり休んで下さい。」


 アトラは男を見て軽く笑顔を作り、タオルで男の顔の汗を拭こうとした。

 しかし、男はタオルを持った彼女の手をはたき、少し大きな声で言った。


「やめろ…俺に触るな!俺を助けようと、見返りなんてないぞ。どこに行っても…こんな偽善を受けるぐらいなら、死んだ方がマシだ!」


 急な大声にアトラはびくっとした。

 彼女だけでなく、他の誰もを完全に拒絶するような彼の強い言葉にアトラは呆然とした。

 なんと声をかけたらよいのか分からず、アトラが固まっていると、男が再びベットに手をつき、震えながら体を起こし始めた。


「く…」


 激痛に苦しみながら必死で体を起こそうとする様子を見て、アトラはついさっき拒絶されたことを忘れて、思わず男を止める。


「だめです!まだ傷は完全に塞がってないんですよ!」


「黙れ!どうせ俺はここでは生きていけない…いや、どこにも、俺の生きる場所なんてない。」


 男はやっとこさ上半身を起こすと下半身を動かし、床に足をおろす。


「…だから、死にに行く。」


「何を…言ってるんですか…?」


 見ず知らずの男に怒鳴られたという恐怖以上に、頑なに世界を拒み、自ら命を絶とうとする男に対して、疑問と驚きと同情、そして…わずかばかりの既視感をアトラは感じた。


 アトラの脳裏に懐かしい声が響く。


『やめろ!無理に優しくするんじゃない!……お前は私を……誰も私を……なら、死んだ方がマシだ!』


 ガタッと男が立ち上がる音を聞いて、アトラははっとした。

 よろよろと部屋の扉に向かおうとする男の前に、慌てて彼女が立ちふさがる。


「だめです。」


 アトラは速まる鼓動を抑えて、強く言った。


「どけ。もう誰にも世話は受けな…」


 言いながら、男が急に大きくふらついた。


 なんとか持ちこたえようとするが、やはり耐えられず、大きく前のめりになる。


「あ、ちょっと…待って…待ってって…わああああ!!」


 そして、前にいたアトラにぶつかると、どすん、と彼女を下敷きにして床に倒れた。



 そして、今に至る。


 倒れた男の頭の横からアトラが困った顔を覗かせている。


 カインは予想外の出来事に驚いて目を見張った。

 誰だこいつは。


「…お前、俺の知らない間にやっと女に目覚めたか。」


「ちょ…何言ってるの!とりあえず助けて!」


 アトラが顔を少し赤くしてカインを見る。


「この人、昨日治療した怪我人なんだけど、さっき目覚めて外に出ようとして…倒れちゃったの。」


 アトラは端的にカインに状況を説明する。


「痛みと貧血で気を失ったみたい。ベットに運んで、うつ伏せにさせてあげて。」


「なんだ、患者か。お前の男じゃないのな。」


 自分の心が少しほっとするのを感じながら、カインが軽口を叩く。


「言ってないで早くしてくれない?」


 アトラはやはり冷静に答えた。

 へいへいとカインが男を持ち上げると、アトラは男の下から這い出した。

 乱れた服と髪を整える。


 そして、ついさっきの男の言葉を思い出した。

 まだ、動悸が収まらない。


 ーーなぜ、こんなにも胸が痛むのだろう。

 全くの他人の言葉なのに。

 あぁ、そうか。私は、


 似たような言葉を過去に言われたことがあるのだ。

 それも、自分が愛した人間に。



お読みいただきありがとうございます。

今回短めですが、キリが良かったのでここで終わってます。

登場人物の視点を変えるのって難しいですね。

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