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流れゆく時に花束を  作者: 南戸由華
4/11

カイン

更新が不定期で申し訳ありません。

キャラクターの性格を表現するのが難しいです。

 

 昨日は大変な雨だった。

 本日は打って変わった晴天である。


「いい天気だ。気持ちがいいな。」


 カインは雲のない空を見上げながら、爽快な気持ちで歩いていた。


 向かうは、この田舎の村唯一の薬剤師の所だ。ちなみに、この薬剤師は彼と同い歳の幼なじみでもある。


 薬屋に着き、入口の扉の取手に手をかける。

 しかし、扉は開かなかった。


「ん?いつもだと、もう営業時間のはずなんだけど…臨時休業か?」


 カインは裏に回り、彼女の家の方の玄関に行った。

 ノックして中に聞こえるように声を張り上げる。


「アトラー!いるかー?腕の怪我を診て欲しいんだが…」


 少し間が空いて、中からゴソゴソと音がした。少しして、見慣れたブロンドのショートヘアの女性が扉を開けた。ぼーっとした顔でカインを見上げる。


「…おはよ。」


「お、今起きたのか?お前にしては珍しいな。」


「え、今…?…。…。…!!!!」


 アトラがすぐさま慌て出す。

 もう、とっくに開店時間を過ぎている。


「ごめん!完全に寝てた!すぐ開ける!」


「おーいいぞいいぞ、ゆっくりで。こっから上がっていいか?店は俺が開けとくから、お前は顔でも洗ってこいよ。」


 もう何度もお邪魔した家なので、間取りは完全に頭に入っている。店も何回か手伝った。


「ほんとにごめん!すぐに済ますから、お願い!」


「へいへい」


 普段は冷静なアトラが珍しく慌てている。滅多にお目にかかれない光景だな、と洗面所に向かう彼女の背中を見ながらカインは思った。


 店に向かうと、電気を点け、入口の扉の鍵を開けた。

 とりあえず、店主が来るまでは店番しとくか、と思い、カウンター内の椅子に座り、アトラを待つ。


 カインとアトラの住む村は大きな山の麓にある。村に医者はおらず、大きな病院に行くには、馬や馬車で街の方へ行かなければならない。

 だから村の者は皆、大きな病気でない限り、このアトラの薬屋に訪れる。


 10年前、アトラ一家はこの村にやって来た。父と母に連れられて、幼いアトラはどこからかふと現れた。

 村の者は何やらこの国の中央の都市から移住してきたらしい彼らを、最初は不審がった。


 しかし、アトラの父ヤイルと母ベラは大変賢い薬剤師であり、怪我の治療や簡単な病気であれば診察して薬を出してくれたため、近くに病院がないこの村ではなくてはならない存在になった。



 カインも彼の弟が産まれる時に、アトラの両親に大変世話になった。


 カインの母が産気づき、2人に手伝ってもらっている間、まだ子供だったカインは母がいる部屋の外で待機しているように言われた。


 そのとき、当時8歳のアトラを初めて間近に見たのだった。

 同じくまだ子供だった彼女もカインの家に連れてこられ、部屋の外で待たされていたのだ。


「お前は、ヤイルさんの家の…」


 彼女は壁に寄りかかって立っており、カインが来ても何も言わずにちらと視線を向けただけだった。


 カインは初め、なんて感じの悪い暗い子供なんだろうと思った。

 彼は別の部屋で待機している2つ下のお転婆な妹と、目の前の静かな少女を頭の中で比べた。


「お前も見るなって言われてるのか?」


 感じが悪いとは思ったが、その時は母と、もうすぐ産まれてくる弟に対する心配で、誰かに話しかけてないと息が詰まりそうだった。


 アトラはカインの声にそういった感情を読み取ったのか、今度は顔を上げて彼を見、口を開いた。


「…うん。出産のときは…ひどい血が出てしまうから。子供には見せられないって。」


「え、そうなのか!?そんなに血が出るなら、母さんは大丈夫なのか?」


 カインが驚いて思わず大きな声を出してしまった時、


「うぅ…ああああ…!ああ!痛い!痛いぃぃぃ…!!!」


 嗚咽のような、叫び声のような声が、カインの母がいる部屋から聞こえた。


 まるで断末魔の叫び声のような声はカインの心臓を締め付けた。


「母さん…!!!」


「待って。」


 思わず母の元に走って行こうとしたカインの腕をアトラが掴んだ。


「離せよ!お母さんが…!」


 自分の母が苦しむ声がまだ続いていた。

 アトラはカインの腕を掴む手に力を込めて言った。


「あなたが行って、何が出来るの?…何もできないよ。さっきと同じように立ちすくんでいるだけ。それに、いきなり部屋に入る方が、苦しんでいるあなたのお母さんに余計な刺激を与えてしまう。」


 不安で熱くなっているカインに、冷ややかな彼女の声は胸に響いた。


「じゃあ、どうすれば…」


「祈るの。それが私達子供に出来ることなんだから。大丈夫。私のお父さんとお母さんがついてるから。」


 冷ややかだが、確かな自信が感じられるその言葉にカインは従わざるを得なかった。


 そして、カインは言われたとおりにじっと待った。不安でそわそわとする彼のすぐ隣に、アトラは変わらず静かに立っていた。


 おそらく、カインがまた感情に突き動かされないように、側で見ていてくれたのだろう。


 その時、自分と同じ子供なのにも関わらず、冷静な彼女をとても頼もしく思ったのを覚えている。


 その後、無事に弟が産まれると、カインはそのことにほっとして涙を流した。


 ちゃんと待って、祈っていてよかった。

 あの子の言う通りにしていてよかった。


 お礼を言おうと思った時には、既に彼女は自分の両親と帰った後だった。


 その時から、カインはアトラの家に遊びに行くようになった。

 自分の母親と弟を救ってくれた彼女とその両親に、少しでも恩返ししようと、お菓子を持って行ったり、友達の少ないアトラを外に連れ出したりと、子供なりに考えて行動した。


 家に行くと、アトラの父は店番をしているようで、アトラと彼女の母親がいつもカインを迎えてくれた。


 アトラも相変わらず静かで口数は少なかったが、嫌がる様子はなく、楽しんでくれている様子だった。


 しかし、アトラの両親が同時にいなくなると、静かだった彼女はまた一層静かになり、どこか影を感じるようになった。


 その影がなんだか放っておけなくて、カインは彼女が1人でいる時間をなるべく減らそうと、お互い大人になっても、こうしてしょっちゅう会っているのだ。


 家の方でバタバタと走って身支度をしている音が聞こえる。


「なかなか時間がかかってるな…」


 意外だ、とカインは思った。

 いつも彼が来た時には、アトラは既にすべての身支度を終わらせて、店を開けているのだが、見た感じ、服装は至ってシンプルであるし、化粧もしていないと思っていた。


 自分が知らないだけで、意外と女らしいところがあるのかもしれないと思いながら、カインがカウンターの新聞を手に取った時、


「ちょっと…待って…待ってって…わああああ!!」


 ドタドタという物音と共にアトラの叫び声が家の方から聞こえた。

 カインは驚いてさっと立ち上がると声の方へ向かった。


「どうしたアトラ?!」


 大きな声でアトラに呼びかけながら、早歩きで声が聞こえた方の部屋へ向かう。


  「ちょっと…カイン…助けて…」


 ベッドルームの方からアトラの困ったような声が聞こえた。


 開け放たれた扉からベッドルームを覗くと、そこにはーー


 床に倒れたアトラの上に、上裸に包帯を巻いた、背の高い黒髪の男が覆いかぶさっていた。




お読みいただきありがとうございます。

次回以降、ようやくメイン2人が絡み出す予定です。

2人の行く末を見守っていただければ幸いです。

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