アトラ
二人目の主人公です。
雨の音で、アトラは目覚めた。
ゆっくりと体を起こす。
頬が湿っている感覚があり、雨漏りしているのかと一瞬驚いたが、すぐに、自分が泣いていたのだと思い出した。
「あぁ、またか。」
つぶやきながら、服の袖で顔を拭う。
よくあることだ。泣きながら寝ることなんて。
はぁーと大きくため息をつき、ベットから降りる。
――朝は、割と平気なんだけど。
ベットルームのカーテンを開けると、バケツをひっくり返したような土砂降りの風景が広がっていた。
「今日はお客さん、少なそうだな。」
嬉しいような悲しいような、微妙な気持ちで、アトラは洗面所に顔を洗いに行った。
ここは、ある田舎の村。
15歳の時に、両親を失ったアトラは、かれこれ3年、1人この家で薬屋を営んでいる。
両親はいなくなる前に、アトラに薬剤師の資格が取れるくらいの知識を叩き込んでいた。
おかげでなんとか、この若さでも生計を立てることができている。
今日は雨でお客さんも少ないだろうから、在庫の確認と整理をしようと彼女は考えた。
洗面所の鏡を見る。
目が腫れ、クマもできている。
自分の醜い顔に少しげんなりしながら、顔を洗う。使い古した硬いタオルで顔を拭くとキッチンに向かい、朝食の準備を始めた。
パンをトーストし、作り置きのスープを火にかけながら、隣のコンロで目玉焼きを作る。
簡単な朝食だ。でも、一人で食べるにはちょうどいい。
冷蔵庫から牛乳とバターを取り出し、棚から食器を出してテーブルに置く。
パン、スープ、目玉焼きを食器に載せる。
いつもと同じ。
1人だけの食卓。
もう慣れた。
きっとこれからも、何も変わらない。
朝食を終え、歯を磨くと、アトラは店の方へ出向いた。
アトラの家と店はつながっていて、家のキッチンの奥の扉を開けると薬屋のカウンター内に出る。
カウンター内の壁側には乾燥した薬草や、出来上がった薬を分別して入れておく大きな薬棚がある。薬棚は、上から下まで正方形の小さな引き出しがたくさんついており、それぞれ違う薬草や薬が入っているのだ。
アトラはカウンター内に置いているはしごを取り出すと、それを使いながら棚の上の方の引き出しから順に中身を確認していった。
どこに何が入っているかは、もう完全に頭に入っている。
「ハギ草、サラ草…タジの根も追加しとくか…。」
縦一列を確認し、足りないものを紙に書き留める。この単純な作業が、彼女は好きだった。
それをやっている間はそのことだけを考えることができ、他に余計なことを考えずに済む。
ーー思い出さなくて良いことを、思い出さずに済む。
淡々と作業を進め、その作業の5巡目に入ろうとした時、
ドンドン!と店の入口の扉を外から激しく叩く音がした。
驚いて扉の方を見る。まだ開店前なんだけどな…と怪訝に思っていると、扉の向こうから、土砂降りの雨音に混じって聞き慣れた声がした。
「アトラちゃん!いたら開けてくれ!怪我人がいるんだ!」
常連のマルクの声だ。
慌ててカウンターを出て入口に向かい、鍵を開けて扉を開ける。
そこには体の大きなマルクが雨の中、人を肩に担いで立っていた。かなり荒い息づかいだ。
「よかった!いたんだね!俺の家の近くにこいつが倒れてて…ひどいケガだったから、病院よりも近くのここに連れてきたんだ。」
マルクがほっとしたような表情で説明し、少し振り向いて肩に担いでいる人物をアトラに見せた。どうやら若い男のようだ。背中にひどいケガをしている。
「ひどい…背中全体から血が噴き出してる…早く中へ!」
マルクを中に入れ、自分の家のベットルームに案内する。
男をうつ伏せでベットに寝かせてもらうと、アトラは男の呼吸を確認した。
かなり弱った息づかいが聞こえる。
彼女は雨で濡れている男の服を慎重に脱がせ、背中の傷を確認した。
背骨の両側に縦に2本、えぐられたような深い傷があり、そこから大量に血が出ている。既に雨でかなりの血が流れているはずだ。早く止血しなければ。
アトラはすぐさま近くの箪笥から清潔な布をたくさん取り出し、惜しむことなく、男の背中に乗せ、軽く押さえた。
布に血が滲んでいく。
「マルクさん、そこの箪笥にタオルが入ってるので、この人の服を脱がせて身体を拭いて上げて。これ以上体温が下がるとまずいから。私は薬を取ってくるわ。」
「分かった。頼んだよ、アトラちゃん。」
マルクに頼むとアトラは急いで店の方へ行き、薬と包帯、必要な道具を準備し、ベットルームに向かった。
そして、マルクと共に男の身体を拭き終わると、マルクに医者を呼んでくるように指示し、自分は応急処置に入った。
ーーこうして、彼女のいつもと同じ日々は終わりを告げることになる。
読んでいただき、ありがとうございます。
上手く話が進むか分かりませんが、精進致します。