9話 本選前
『
「Finding Myself.若い人は自分を見つけないといけない.この時代では自由に将来を決めることができる.だから自分に合ったものを見つけないといけない.自分について知っている必要がある.それも上辺だけではない」
「一時的な欲求を本当の自分の姿の全てだと思われては困る.それを満たすために入社して,手に入れた後は何か違う,と感じてしまう.自分の価値観と社風がマッチしていることが双方にとって望ましい」
「腹が減ったら,食べたいという欲求がある.しかし,人はそれのみで生きるわけじゃない.その欲求を満たせば次に他の欲求が出る.もし,満たすことなければ,本当の自分はそれだと勘違いしたままだ.道理に反することをしろ,というわけではない.しかし欲求を一時的にでも満たせば満足して,より本当の自分を見つけることができる.可能な限り,生徒の自主性を尊重し,個性を伸ばしていくことが教育で重要ではないか?」
「教育は,社会に適合するような洗脳という面を持つ.つまり躾だ.中学生の中盤くらいまではそれでいい.そして途中で,常識を疑いだすはずだ.世の中で悪と呼ばれているのは本当に悪か?悪に憧れる時期もあるだろう.それを終えた後に,次は,自分の社会への関り方を考えるはずだ.自分というものはどんな個性があるか,社会にとってどのような存在になるか.その答えを見つけるには,表現だ.自分を表現しなければ自分というものは見えてはこない.とまあ,いろいろ言ったが,つまりは,校則厳しすぎ,社会人じゃないんだからもっと緩くていい,というわけだ」
「子供が子供として扱われるのは近代以降だ.だからそれに適した教育の蓄積は少ない.だからこそ,考え,調べ,実験し,実践していかなければならない.自分の責任になるのが嫌だからと,生徒が卒業するまで波風立てないように曖昧にやりすごそうというのは納得できない.少なくとも,私達から言わせて貰えばそう見えている」
「財産の1つに文化資本という考え方がある.それを提供するのは,家や友人ばかりではなく学校も含むのではないか?それなのにあなたたちのやっていることは,生徒自身に何ら工夫の余地無く,あなたたちにとっての定量が容易な『指示通りにやったかどうか』のみ.育てたのは好奇心も課題発見できる感性もない勉強嫌いばかりだ.大学にとっても会社にとっても欲しい人材は,主体的に考え,自分と立場の異なる人とコミュニケーションがとれる人.私の目からは,社会にもあってないし,教育理念とも乖離しているように見えるが?」
「ゲームマスターは私がやります.鋭い感性を失っていない為に苦しむ人々を救い出し,社会に役立てる人材を埋もれさせません」
「楽しいことと聞いて何を思い浮かぶ?それはあなたの記憶の中,あなたの価値観,あなたの世界の中でからしか思い浮かべることしかできない.だから,楽しみたければ世界を広げなくてはならない.広げるためには様々な価値観との接触が必要.しかし,人は自分を否定しかねない価値観を受け入れることはできない.ならばどうする?ちょっとやそっとのことでは否定できない絶対不変の自分を見つけること.それを見つけた後でなら,様々な価値観を受け入れることができる.それができれば,この世界を楽しむことができる.私はそう考える」
』
ソフォラ,実況のビター,解説のサラダの3人が学校の屋上で本選の下見をする.学校の外には田畑が広がっている.
「サラダは誰が勝つと思う?」
「それは教えない,考えたことはあったけど,もう必要ない」
「どういうこと?」
「どこで聞き耳を立てているか分からないからね.喋ったら不公平じゃない?こういうのを予言の自己成就というんだったかな?」
サラダはビターを見上げて尋ねる.ビターは無言で頷く.
「それなら仕方ないね」
「サラダと同じ理由で俺も喋らない.しかし,組み合わせを決める際に,この人が勝つと予想しているな,とばれてしまうかもしれない.だから探ろうとしないでくれ」
「分かった.気をつける.先に知っていたって観客じゃないから関係ないから気にしないわ」
「対戦の組み合わせだけど…流れを支配しようとするタイプ,その場で最適解を選ぶタイプ,布石を敷きながら動くタイプがあるように思えたから,それらの衝突が後になるような組み合わせが面白いと思う,ねえビターお兄ちゃん」
「俺は気付かなかった….俺は参加者達の人間関係から組むべきだと思う.また戦おうぜ,といったライバルとぶつけるとか喧嘩別れした奴とぶつけるとか」
「…,ノート見せて.まずは考える」
「はい,後で返してね
ソフォラは2人のノートを見て考える.
「じゃあ俺たちはその間に,席や機材なんかの用意を….話が聞きたくなったら呼んでくれ」
「うん,よろしく」
「次の日曜日にデートしない?」
帰り道,キヨシはシオリに尋ねる.
「私たちは,ただの協力関係」
「いいじゃん,楽しいもんだと思うけど?」
「…そうね.ハルカたちに疑われなくて済みそうだし」
「ハルカ?」
「私の友達.あの子たちは,私が恥ずかしがって控えめなんだとからかうから」
「俺に対して?」
「うん」
「確かに.俺に,いや,人に頼るところを見ないな.いいよ,頼ってくれても」
「そう言われても…すぐには….今度ね」
2人は約束をして家に帰った.
シオリは駅の拭き抜けホールの中央にある巨大なエスカレーターの横にもたれて携帯を見ている.腹と腰を前に出し,左腕をわき腹の上に軽く当て,携帯を左手で操作してる.近くの男達は,その様子を目で捉える.
「(短いスカートだな,誘っているに違いない)」
「(この人だかりの中,嫌そうな表情をしてない,ナンパ待ちか?)」
「(優しい顔だ.女は嫌な相手には嫌な顔をする,俺に好意があるに違いない)」
「(時々こっちを見ている気がする.携帯で誤魔化しているが,俺が声をかけるのを待っている…)」
「(いい匂いがする.どうにかなりそうだ)」
シオリは携帯を仕舞って周囲を見渡す.目当ての相手を見つけて手を振る.
キヨシはシオリが手を振っているのを見つけて小走りで近寄る.
「ごめん,駅で迷って遅れた」
「いいよ,そんなに待ってないから,行こ」
「(なんだ,彼氏持ちか…)」
近くの男たちは,魔法が解けたかのようにさっきまでの勘違いに気付く.
2人は話ながら町を歩き,昼食を食べにレストランに入った.メニューを注文して,出てくるのを待つ.
「キヨシくん」
「ん?」
「何だか嬉しそうに見えない」
「えっ,そうかな?一息ついて気が抜けてるだけじゃない?」
「……」
「何だよ?」
「少なくとも,私はあなたの思っているより器の大きい人間だと思うよ」
「…,優しいなあ.甘えちゃおうかな」
「どうぞ」
「…シュメール人って知ってる?」
「…?知ってるけど…昔栄えていた人たちでしょ?」
「彼らは治水で氾濫を抑えて,さらに灌漑農業を行っていた.それが繁栄に繋がっていた.だが,徐々に塩害で生産できなくなったと言われている」
「うん,そういう説があるね」
「今の俺は幸せだ.だが,その幸せが怖くなる.今,俺が不自由なく暮らし,安全安心を追求し,さらに欲深く求めることで,将来の人々の財産を前借しているような気がしてくる.そう考えると素直に喜べなくなってしまう.(言ったところでどうなるんだ,悩んで頼る弱々しい男に見られるだけだというのに…)」
「…技術士倫理綱領の1つに持続可能性の確保というものがある.つまり,そういう風に考えているのはキヨシくんだけじゃない.全くの手付かずじゃないから,その足跡を追ってさらに上のレベルへ行ける.私達がやればいい.それに,1日や2日で終わるようなことじゃないから一時的に忘れて気を休めることも必要じゃない?」
「そうかもしれない.しかし,気を休められるようにシステムを整備するのが重要じゃないか?」
「それもそうだけど…でもそれはすぐにはできない.一度離れなければ了見が狭くなって道を踏み外しかねないよ」
「なるほど,難しいな.きっと唯一の答えはない.トレードオフだってあるんだから…」
「そうだね.答えは時と場合で変わるだろうね」
「(不安になる.この世の絶対のものはないのか?安定して留まっていられる場所はないのか…?)」
サラダが出てきて,2人は無言で4分の1ほど食べた後に,馴れたためシオリが話を始める.
「私は一生の仕事をしたいって話したの覚えている?」
「うん,でもまだ全部話した訳じゃないんだろ?」
「…将来は,人件費が切り詰められたり,定年退職者達のボランティアが増えたり,増税で一般国民に回ってくる金が減ると予想できる.それに金持ちにあんまり課税すると海外に逃げる.そうすると,実家にいれは野菜も服も簡単に手に入るのに,この人と結婚したら満足に手に入れることができない,それは耐えられないと言って一生結婚しないってなりそう.それは嫌」
「妥協ラインを下げると?」
「結果的にそうなるけど,そういう視点を最初から放棄する.自分で稼いで,夫婦で支えあって生きればいい.生活の質が下がることを承知で付き合ってくれて,その中で幸せを見出して生きていけるようにしたいし,相手にはそうであってほしい.外食していながら言うのもなんだけどね」
「(やっと心を開いてくれたという感じがする.今までは,こんなこと言ったら引かれるとか馬鹿にされるとか考えていたんだろうか.)俺は,そんな先のことを考えたことが無かった.だから良いのか悪いのかまだ分からない.しかし,その気高い心に俺は惹かれる」
「…あなたは私の内面を褒めてくれる.とても嬉しいよ…,…ありがとう.あと…退路を残した物言いは流石ね」
「(皮肉か.拗ねちゃって,かわいい)」
「何ニヤついてんの」
次の料理が運ばれる.
「んー,なんでもない」
「私に失望しないの?」
「君の考えすぎだ」
「あなたと話す時は,一から十まで話さなくていいから楽ね」
「そんなこと気にしてたら,勘違いを恐れて何も喋れなくなる」
「ふふ,それもそうね」
「……」
「…….…私の知り合いがバイトしているんだけど,ああ学校の許可はとっているよ.彼女が休もうと思って休めないのが可哀想.休んだら人手が足りなくて潰れてしまうから,夕方から夜までのはずのバイトが朝まで延長になったり,6連勤したりとか,とにかく大変そう.休むと店長が全く休めなくなるのが気の毒で簡単には休めないとも言っていた」
「うわ…」
「私は最初にそれを聞いたときに辞めてしまえばいいと言った.そうしたら,稼げなくなると困るから,と言われた.それから,私はそのことを大人に言おうとした,けれど止めた.そのせいでバイト先が潰れたら彼女はもう学校に通えなくなる.そう考えると不憫に思ったから.その後は,私は対策を考えることは止めて,彼女は不幸だったと思うことにした.私はそうじゃなくて良かったと自身の幸運を噛み締めた.…私はこの程度の人間」
「(俺に,何か答えを求めているような…,咎められて白黒はっきりつけたいとでも言うような….だが…).ごめん,俺にもどうすればいいのか分からない.俺も同じように思うだろう,そんなに卑下しないでくれ.ただ…もし,救うことが出来るとすれば…」
「すれば…?」
「自分が従業員を幸せにできる会社を作るか,政策で良い方向に誘導できる公務員になるのが手じゃないかな?」
「目の前の人は見過ごせと…?」
「だってどうしようもないじゃないか?俺たち高校生には,そんな力はない.頼れる大人もいない,そういうことだ」
「…ベストな答えじゃないけど,その答えを待っていたのかもしれない.いつまでも頭に残って背徳感を感じているよりも,すぱっと忘れられる諦めが欲しかったのかもしれない.いや…,キヨシくんに言うことで,外に記憶を残すという行為を通じて,忘れてもいいよと自分に言い聞かせたかったのかもしれない」
「なるほど,それも表現の一種かもね.人が死んだとき,忘れないと辛いけど忘れたらいけない気がする.墓を立てたり,墓に収めることで,後で思い出せるから忘れても大丈夫だと気が楽になる.そういう感じか」
「これで暗い話はお終い.…キヨシくんのお陰でやりたいことがはっきりしたかも,あとゲームのお陰」
「というと?」
「やっぱり私は法律や補助金と罰金で人の行動を良い方向へ誘導する仕事がしたい.人を救うにはそれが有効だし,パズルみたいな面白さもあるし」
「それは良かった.…俺は何がしたいんだろう?」
「試してみれば分かるよ.さあ,デートの続きをしよう.そこで分かるかもしれない」
「うん,そうだね…」
2人はデザートを食べて会計を済まし,店を出た.この後夕方まで遊んだ.
帰りの途中で2人はゲーム世界に招待された.今までとは違い,無機質な空間で,8人の参加者が一同に集まっていた.ソフォラが向こう側に立っている.
「ゲーム参加者の皆様にお知らせです」
「(あいつ敬語喋れたのか)」
「先ほど全ての予選が終了しました.次は本選です.組み合わせは当日発表します.本選は3日後に行いますので,準備をよろしくお願いします.連絡は以上です.それでは本選でまた会いましょう」
8人は現実世界に戻された.
「よし,次は誰にも負けない.そして答えを見つけ出してやる」




