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FMゲーム  作者: Ridge
8/11

8話 予選7戦目

 授業中,窓際の席の少年は外の山を見つつ,友人達との会話を思い出している.

「テニス部?テニスは楽しいけど,部活でやるとなると,家には金が無くて…」

「いや,その…,野菜が高くなってあまり買えないから,野草を….みんなには内緒な」

「…ごめん,葦茂布くんの言っていること分かんないや.家は父親がいないから,ごめん…」

「大学は近くがいいな.兄貴がバスで10時間くらい乗って帰ってくるのが辛いって言ってたから.新幹線に乗れたらいいんだけど,家は金が無いからな」

「大人になりたくないな,毎度毎度納期が間に合わないって言って残業ばかり.仕事がもらえるのに文句言ったらだめだけどさ」

 少年は目を閉じ,ぐっと力を入れた後に目を開ける.周囲からは人が消えていた.代わりに銀髪の女性が机にもたれて立っている.

「誰だ?」

「私はソフォラ・レア・ブレストウッド.あなたをゲームに招待しに来た」

「ゲーム?」

「好きに表現できるゲーム.家で横たわっているよりも気分がいいと思うよ」

「へえ,そうか.他をあたってくれ」

「あなたは未来への希望を持たないことで,今が幸せだと考えている」

「燃費が良くていいじゃないか.それとお嬢さん,それは違う.持たない,ではなく,持てないだ」

「そうかしら?物は溢れ,サービスは隙間を埋めるように広がっているというのに?」

「それは希望に直結しない.余暇も給料も満足に得られず,倫理も足りなければ,いくら物やサービスが溢れていようと無意味だ.儲けや余暇は終わりのない投資につぎ込まれる.どれだけ努力しようと上の連中の作った壁によって阻まれる.奴らは金持ち地区に住み,ローカルな繋がりで独占する.身内以外に富や地位を出す気もないし,一般人と違って税金を払わずに蓄えるが,一般人の集めた税金は利用する」

「そうかもね.しかし0か100かでは無い.…あなたには焦燥感がある」

「何にだ?」

「何ら努力することなく手に入っている幸せに,後ろめたさを感じて,何かしなければという焦燥感が」

「ハッ,くだらない」

「あなたは不安を感じている.今の人々が安全な生活をするために,将来の人の生活を奪っているのではないかと,考えたことがあるんでしょう?」

「お前に話したつもりはないが?」

「私達の手に掛かれば簡単なことよ」

「例えば,河川の氾濫を防ぐためのダム.現在の人々にとっては安全と繁栄を得ることができる.しかし,未来の人々にとっては,土砂と水の減少で痩せる土地と塩害の侵食,そして維持費もかかる.いつかは利益よりも損失が上回り,そして壊した環境は回復に多くの時間を必要とする.あなたは何とかしたいと思った…」

「どうにもできない.資産家たちは短期の利益回収を好むし,影響力のある人というのは,経験と人脈,それと資産を備えた後先短い老人たちだ.自分達が被害を受けないのなら動かない.それも全世界で一箇所だけがやっても無駄なら尚更だ.大体,環境ばかり考えて競争に負けたら,壊れた環境で暮らすよりも不幸な目に合う」

「もう打つ手が無いと?」

「ああそうさ.これが適当な状態なんだ,無理が通れば道理が引っ込む.もしそれで滅ぶようなことがあったら,それはどうしようもなかったというだけのことだ」

「その割にはよく喋るわね.あなたは本心ではそうは思っていないんじゃない?」

「何だと?」

「私には,自分の間違いを見つけてくれと言わんばかりに主張しているように聞こえるけど?あなた自身,本心が見えてはいないようね.だけど,表現すれば見えてくるかも…?」

「…だからゲームに参加しろと?」

「いいえ,ゲームに参加しない?と尋ねている」

「…まあいい,乗ってやる.ゲームに参加しよう.勘違いするなよ,断るんごあ面倒になっただけだ」

「待ってました」

 ソフォラはゲームのエントリーをした後,説明する.



「あ…隣東苑くん…」

 廊下を通る際,マヤは何か言いたげに相手の名を呟く.

「…?松来さん,どうしたんだ?」

「恥ずかしい目にあった.辛い…」

「……」

「私には大学生の兄がいるんだけど,友達を連れて実家に戻ってきてて,図書室の本で得た知識を…」

「(喋る順が整ってないな.抑えがたい感情が先行しているのか)」

「喋ったら笑われて.どうも古い情報だったみたい.例えるなら,フォークの背でライスを食べるのが正しいみたいな古い情報」

「それは災難だったね.本によって主張が逆のこともあるけど…まあ,気付けてよかったと思えば…」

「この学校の図書館について調べたら,古い本ばかりで旧版や旧訳ばかり買っているらしいの.その方が安いからって.こんなの,見た目を誤魔化しているだけじゃない!?中身が伴ってない!」

「酷い話だ.そんな奴らが教育者面して何を教えられるというんだ」

「チェッ…もう図書室嫌い」

「この学校はどうせ学生の声など聞かない.松来さんは大学に進学予定はある?」

「あるよ,でもどうして?」

「図書を大事にする大学,服装規定がない大学に行けばいいんだ.自分の個性とそれに合った風の大学を選ぶ.行けるように勉強しないといけないけど…」

「あっ,そうか.そうすればいいのか」

「どんな図書館も,図書館という存在だけど,それにも良し悪しがあるものだよな….意識しないと,全て一括りにしてしまいそうだ」

「そうだね,一度振り返ってみることが重要かもね」

「イライラは収まったかな?」

「…100の言葉よりも,1回頭を撫でてくれる方がいい.いや,何でもない.そうだ,木の下が好きだったよね?」

「もう無いけど」

「あっ…えっと….この辺りだと真夏と紅葉前に街路樹の剪定をするでしょ?あれ,普通やらないらしいよ.この辺が変」

「えっ,そうなの?確かに庭は年に1度,あとはメンテナンスのようにするだけで別物だとは思っていたけど」

「近くに植えてある街路樹は知ってる?」

「コブシだったかな?そうプレートに書いてあった.木陰はないし,正直,醜いから興味が無い」

「あれね,本来はあんまり剪定しない奴だよ.自然に形ができるからね.真夏に枝を全部落として,紅葉前にも枝を全部落とすなんてことは普通じゃない」

「街路樹だから家の木と違ってそういうものだと思っていた…」

「台風前に切るとか枯葉が落ちないように切るとか言ってるけど,都会の方じゃそんなことはしない」

「そうか,ありがとう.また一段と大学進学で都会に出たくなった.松来さんと話すと新しい知識がついて面白い.何かお返しをしないとな」

「いいよ,それで商売してるわけじゃないから.お礼とかお返しとか考える関係は嫌.もっと気楽なのでいい.それに,私はさっき新しい視点を知ることができた」

「そうだな.これくらいが気楽でいいかも」

「じゃあ私行かなくちゃ.またね」

「また今度」

 その日の夜,キヨシの家族は全員リビングに居た.父と母はテレビを見ながら洗濯物を畳んだり机の上を片付けたりして,姉はソファに水理学の本を読んでいる.キヨシは少し離れたところでコーヒーを飲んでいる.

「流石は自然を愛する国民だね.欧州に来てまで並木道を鑑賞するなんて凄いや.僕だったら,自分の住む市内に作るね」

「まあ,並木道を見るために店に?すごいわ.私だったら,家から自転車で5分のところにある図書館で満足しちゃうわ.…ああ,図書館の敷地内に木が植えてあるの.晴れの日は外で読めるのよ,タダでね」

 テレビは外国の旅行の話のようだった.キヨシは半分寝たような意識でぼんやりと聞いている.

「皮肉って馬鹿には褒めているように聞こえて,頭使っている人には退屈しない言い回し,優れものだと思わない?」

 姉は人差し指を本に挟み,ソファにもたれて頭を後ろに倒して左後ろのキヨシを見る.姉は怪我の治療のため通院するために帰郷している大学生である.

 カッシャー.

「キヨシの珍しい泣き顔ゲット」

 姉は携帯でキヨシの写真を撮る.

「こら!お姉ちゃん,やめなさい」

「どうしたキヨシ?」

「えっ…」

 キヨシは手で拭って涙に気付く.

「あー…,(まだ引きずっていたのか),自転車ですぐのところに図書館があるなんて羨ましいと思ったんだ.図書館にも質の違いがあって,場所によって全然違うことを思い出して,地域格差のような埋めがたい壁が見えてきて,悪いところで過ごしている人は,ずっと気付かないまま大人になってしまうなんて可哀想だと思ったら,涙が….(なんとか誤魔化せたか?)」

「そうか,何とかしなければな」

 父の言葉の後,姉は本に栞を挟んで立ち上がり,キヨシに近づいて耳打ちする.

「あんた,隠しながら喋ると長くなるね」

 姉はキヨシの肩をポンポンと叩きながら自室に戻っていった.


 次の日,土曜日の9時ごろに起きたキヨシは水分補給と身支度を整えた後,カードをオンにして外に出た.特に用事はなく,近くを歩いて鳥の鳴き声を聞きながら深緑の葉を見て休もうというものだ.

 キヨシはスクランブル交差点を歩く途中でゲーム世界に招待された.

「これより,隣東苑氷志と葦茂布異蔵の試合を始める.バッジを選んで」

 キヨシは正六角形,黒猫,三日月,渦を選ぶ.イゾーは手,赤ワイン,炎,球を選ぶ.

「それではこの宝石に触ってスタート」

 ソフォラは後ろに移動して消え,2人は宝石に触って試合が開始される.


 キヨシは黒豹を放つ.イゾーは火炎放射で焼き払い,炎波がキヨシを襲う.キヨシは竜巻を前に出して炎を吸い込みつつイゾーに向かって動かす.イゾーは雨を降らして炎と渦を消す.イゾーは続けて影の手を伸ばして信号機を掴み取り,キヨシに投げつける.キヨシは三日月状の刃を飛ばして切断する.イゾーがグラスを投げると,落下地点から赤い液体が噴出し,地面をぐちゃぐちゃにする.液体を引っ込め,再び影の手を出して液化した地面を抉ってキヨシに投げる.キヨシは透明な正六角形の壁を出して防ぐ.

 キヨシの正六角形と渦のバッジが変化してびっくり箱になる.イゾーの炎と球のバッジが変化して青と赤のマーブル模様になる.

 キヨシは巨大なびっくり箱を呼び出し,蓋が横に開いてバネ仕掛けのパンチが飛び出す.イゾーは右手を前にして,炎と水の混ざったような攻撃をする.パンチは勢いが殺され,キヨシは箱に押しつぶされて倒れた.

「試合終了.葦茂布異蔵の勝ち」

 ゲーム世界が終了して2人は現実世界に戻る.

「俺の負けか」

「…俺の能力は『混沌』.反発属性の組み合わせでどちらでもないものを作る.切れ味が強いものに対する防御とか打撃に対する防御のように使いまわそうとしても無駄だ.不意打ち気味で面白みがなかったな」

「そうか?俺は面白かった.俺の能力は『昇華』.2つ以上のバッジを元の絵柄とは違う解釈を組み合わせたものに変化する.俺のも奇襲製が高いな.少し話さないか?」

「といっても,何を話すというんだ?頑張るための情報交換か?」

「駄目なのか?それにしても,なぜそう思った?」

「戦っていれば分かる.頑張るだの努力だの,やるだけ無駄なら最初からやらなければいい」

「それを決めるのは十分に検討してからのことだ」

「それに真面目にやれば不幸になるだけだ.働けば働くほど,儲ければ儲けるほど弱者を食いものにしているのだから」

「貧困ビジネスのことを言っているのか…?そういう仕事ばかりじゃない」

「貧困ビジネスに限らない.騙される方が悪い,そういう目にあうのは自己責任,勉強が足りない,遊んできた奴らは知ったことか.嫌なら勉強しろ.親からよく聞くだろう?」

「聞かない」

「嘘だね.あんな奴らを助けるなんて甘いことを言うなとか,不幸な身の上な人がいないと嫌な仕事をする人がいなくなる.それじゃ社会が回らなくなるから必要だとか,きれいごとじゃ済まないことを教えてくれないのか?」

「聞いたことがないな.あの辺りは強盗が出るから気をつけろ,当たり屋がいるから気をつけろ,みたいなきれいごとじゃないことは聞くが,そういうことは聞かない」

「この世界はシャドーワーカーズのお陰で成り立っている.彼らに対価を払うようにはできていない.外部不経済と似ているな.真面目に働けば,人件費や手当てを削って利益を出すことになり,そんな当然なことはタダでやれとシャドーワークは増える.それを含むのに働かざるを得ない人たちを雇う.そして同時に俺たちは忙しい環境に放り込まれたストレスで,彼らを怠け者だとか給料泥棒だとか罵らずにはいられなくなる.彼らは,上を見てこんな苦しみを押しつけるなんてと憎まずにはいられない.誰が得するというのだ?」

「(否定してくれと言っているように聞こえる.自分の見聞きした世界が間違いだという証拠が欲しい,そんな風だ.)本当にそうなのか?お互いに比較的準拠集団でなければ,何も思わないと思う」

「同じ国民であっても?違う存在だと思えるのか?」

「偉い人が賄賂や脱税しても,俺には遠い話過ぎて興味が沸かない.良くないことだが….確かに,それを認めてしまえば国が傾くから認めるわけにはいかない,そのポーズが必要.しかし半年もすればきっと忘れてしまう」

「自分で稼いでないからかもしれない.自分で稼いで大変さが分かれば,そうは言えないんじゃないのか?」

「試してみないと分からない」

「…二極化していると言われることもある.お前の考えが正しいのかもしれないが,納得できるものじゃない.貧困は犯罪の温床だ.認めるわけにはいかない.…この県に牢獄みたいな学校が海の近くにある,知っているか?」

「ああ,それがなんだ?あそこは金持ちの学校だが?」

「どういう印象だ?」

「そうだな…,男子校で寮で指定外の娯楽禁止だから,フラストレーション溜まってそうだ」

「なるほど.全員が同じ訳ではないが,そういう目で見た.上の連中の思考も同じだ」

「一括りに下の人々は,こんな奴らだからこんな目に会っても仕方が無いと思うと言いたいわけか?」

「そうだ.それに不透明なものに対してもそうだ.マグロが減った.外国のせいだ,温暖化のせいだ,砂防ダムのせいだ,一番の原因が乱獲であったとしても獲るのを止めたら生きていけない,自分が罪悪感を感じずに生きるために信じたいものを信じる.昔は食べることができたのに,今の人は食べられなくてかわいそう,なんて言われてもどうでもいい.問題はバランスの崩壊による損害だ.上の捕食者が消えて増えすぎた捕食者が食い荒らしてズタズタにするとか,病気が蔓延するとか,物質循環が出来ずに重力に沿って沈んでいくのが問題だ」

 イゾーはハッと気付いて止まる.

「ん?」

「お前は話し易い.喋りすぎた.本選で会おう,さらば」

 イゾーは地面を強く踏んで去っていった.

「(話のレベルが合う人と喋って,引かれるかもしれないくらい喋ってしまったということか?俺もゲームが始まるまでは,話の合う人はいなかった.皆つまらない悪口や愚痴ばかり,洒落た言い回しもなくて直接的で下品.それで仲間として結束しているようだが,俺の肌には合わなかった.ゲームの参加者は俺と近い人たちだったかもしれない.もし,ゲームで出会うとうことがないのなら,どうやって同じ仲間を探せるんだ?目印は?…それが表現か?すぐに答えを出すものじゃないな,…他の価値観を受け入れる余裕ができたのかな,成長したかもしれない)」

 キヨシは全ての予選を終えて王冠マークのついたカードをじっと見る.

「次が本選だ.いくぞ」

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