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FMゲーム  作者: Ridge
7/11

7話 予選6戦目

 少女は駅から自転車に乗って家に着く.倉庫の引き戸を開けて自転車を入れて鍵を掛け,外に出て戸を閉める.庭を歩くと鶏が少女に気付いて鳴き声を上げ,それに気付いた他の鶏たちが集まってくる.少女は家の縁側に鞄を置き,しゃがんで鶏たちを撫でる.突風が吹き,砂埃が目に入り,少女は手の甲で軽く払いつつ瞬きをして砂を落とす.目の前から鶏たちが消え,少女が後ろに気配を感じて振り向くと銀髪の女性が縁側に座っていた.

「誰…?」

「私はソフォラ・レア・ブレストウッド.澄洲 悲狩ヒカリ,あなたをゲームに招待しに来た」

「ゲーム?あの子たちはどうしたの?」

「鳥さんたちならここにはいないよ.ここはゲームの世界で,ゲーム関係者以外の生物はいない.この草だって偽物」

「それなら,ひとまずは良し….ゲームって何のこと?」

「好きに表現できるゲーム.はっきりとね」

「私よりも向いてる人がいるよ」

「いいえ,あなたに向いている.あなたは自分が何かはっきりさせたいんでしょう?」

「……」

「家で鶏飼っていると言えば,ブラジルのクォーターだからね,と言われ,バナナが好きだと言えば,フィリピンのクォーターだから,と言われ,紅茶を良く飲むと言うと,イギリスのクォーターだからと言われる.自分を知ってもらうために表現しているはずが,相手には未知の領域に放り込まれる」

「……」

「あなたは内側に入ることが出来ずに寂しさを感じている.表現すれば,自分たちと違うと認識される.表現しなければ,分からない人として外へと追いやられる.あなたに必要なのは上手な表現と自分の気持ちに気付くこと,…そして,真の理解者を見つけるか見つけてもらえること」

「ゲームでそれを得られるというの?」

「上手な表現に関しては,ゲームの目的達成のために必要だから.それ以降はあなたの運と実力次第」

「ゲームにエントリーします」

「ようこそ,FMゲームへ.ルール説明するね」

 ソフォラは道具を渡してゲームを説明した.


「笠野,ちょうどいいところに」

「どうした?」

 キヨシとジンタは学校の廊下で会い,立ち止まる.

「君は,不景気だからこそ節約すべき,というようなことを言っていた」

「ああ,そう言ったね」

「しかし,君の家は店を経営しているんだろう?節約するよりも売れたほうがいいじゃないか.そこが気になって」

「どうも勘違いしているようだ.俺の家の店は生産者から買って消費者に売る,その間の差額で儲けている.その差額は店のサービスによって生み出される価値だ.必要なものを仕入れているだとか,店内が快適だとか,品質管理がなされているだとかだ.早い話,売り上げが少なくたって儲かるようにできる」

「仕入れ値を安くして,売値を上げるということか?」

「そう.しかし,俺たちの店を介することなく別の店や生産者から直接買った方が得だと思われたら売れない,儲からない.例えばカブの酢漬けを作るとする.生産者からカブや調味料を買い,自分で調理すれば安くできる.但し,自分が欲しいカブや調味料を作っていて売ってくれる相手を一々探すのは大変な労力を要するし,質の良し悪しは買ってみないと分からないのに,相場もその都度調べて払わないと買えない.その大変なところをサービス料を払えば,俺たちの店が代わりにやるということだ.このサービスが大きな価値を認めさせられるように優れたサービスを提供する,それで儲ける」

「ああそうか,なるほど….俺は,購入者と店という分け方で物事を見ていたから勘違いをしていた.店の向こう側にもモノ・サービスの流れがあるのは当然だよな

…見落としていたよ.節約したいという消費者の需要に沿ったサービスを提供する,そのサービスで儲ける…ということか」

「フフ…,まあ不景気は方便さ.本当か嘘かはどうでもいい」

「えっ…」

「どんどん売りつけてやろうという店ばかりの中で,より顧客の需要に沿っていることをアピールするには,必要最小限のものを売ると宣言すること.そのためには不景気であるという認識があった方がいい」

「騙すのは感心しないな」

「騙すうちに入らないよ.教育課程が変わって学力が下がる,塾に行かないと大変なことになると煽り立てた塾だってあるじゃないか?彼らが騙していないと扱われるのだから,俺たちも騙していることには扱われない.ちょっと大げさな表現さ」

「さっき方便と言っただろう」

「俺にとっては方便.でも上の世代にとっては,浮かれていた時代よりは不景気だと思っているだろうから嘘ではない」

「釈然としないな」

「まあ,仕方の無いことだよ.トランプで14という数字を作るためには2枚以上カードを要する.1枚で済ませたくともできない」

「そういうことにしておこう.何であれ,謎が解けて良かった.じゃあまた」

「また今度」

 2人は再び別方向へ歩き出した.

「隣東苑くん」

「ん?」

 ヒカリはキヨシを呼び止める.

「私もゲームの参加者なんだ,これから駅に行かない?」

「駅?どうして?」

「ここは嫌い,遠くがいい」

「確かに俺もここは嫌いだ.(駅じゃなくてもいいと思うが,シンボルがあるところは,区切られた別の領域って感じがするから遠いという気はする.)そうしよう」

「自己紹介がまだだった.私は澄洲悲狩.よろしく」

 2人は駅前にやってきた.開かずの踏み切りが駅への道を阻む.

「高架化するって私が生まれる前から言われているのに全然進まないね」

「何かあるんだろう.俺たちに知られたくないようなこと」

 電車が通り過ぎ,2列の踏み切りが開く.両方開いているのはおよそ90秒.

「何にせよ迷惑な話ね.折角の特急の止まる駅前なのに不便で危険だから店も人も集まらない,税金で大きな機会費用を失っているに違いないわ」

「まあ,外部不経済もありうるし,正しいか分からないけど.(何が正しいのか分からない.人によって見え方が違う.採用されるのは力を持つ人が選んだものだ.力を持つ人が正しいとも限らないし,説明を聞いて正しく伝わっているとも限らない.…余計なことを考えなくてもいいという点では高校の勉強は楽だ.しかし,それでいいのか?何が正しいのか不安定な社会に投げ出されても,何かに盲信することなく,自分の意思で判断できるようにならなければ駄目じゃないか?いや,これも諸説あるだろう.だったら俺は,自分の考えと同じ思想を持つ大学や職場を選べばいい.そのためには,自分の考えが分からなくてはならないし,教育費もいるし,同じ考えだと相手に伝わるように表現しなければならない.そして何より,俺が選ぶことができるレベルまで実力を引き上げなければならない.)ああ,君の考えを否定しようというわけじゃない」

「私がそんなに狭量に見えた?」

「いいや.ただ,間違って伝わっていないか不安になって付け足した」

「正しく伝えるのは難しいからね.表現を上手くすれば,上手に伝えられるようになるかな?…でも,表に出てしまいたくないものだってある」

「…続きは試合の後にしよう.この辺でどうだ?」

 2人は駅前の小さな和菓子屋の前辺りで立ち止まる.2人はカードをオンにして,ゲーム世界に引き込まれる.

「ではこれより,隣東苑氷志と澄洲悲狩の試合を始める.2人ともバッジを選んで」

 ソフォラが宣言し,キヨシは雲,炎,手,U字を.ヒカリは台形,桜の花,2つの人影,2色の網模様を選んだ.

「では,これに触れて試合開始」

 ソフォラは後ろに下がりつつ消え,2人は宝石に触れた.


 キヨシは雷雲を呼び出してヒカリに雷を落とす.ヒカリはパンタグラフの形をした剣で雷を受け止め,剣先を後ろから左を通って前に向くように両手で回す.キヨシは巨大な手を呼び出して電車をヒカリに投げる.ヒカリはパンタグラフを引っ込めて人形を遠くへ投げる.ヒカリは砂になって消え,人形から出てくる.ヒカリは桜を模した巨大な手裏剣を投げ,キヨシは線路を磁力で持ち上げて壁にした後,ヒカリに向けて飛ばす.ヒカリはドリルを前に飛ばして線路を破壊しつつ,キヨシに飛ばす.キヨシは前方に爆風を起こしてドリルを破壊する.

 キヨシの雲とU字のバッジが変化して,煙の出る栓の着いたU字管に変わる.ヒカリの2つの人影と2色の網模様のバッジは変化して4本のドリルになる.ヒカリは人形を3つ投げ,自分の前にはドリルを呼び出してキヨシに狙いを定めて飛ばす.キヨシがドリルをかわすと,人形からドリルが飛び出して襲い掛かる.キヨシは体を反ってドリルの直撃をかわすが,跳ねられて吹き飛ぶ.キヨシは地面に手を置いて周囲を凍結させ,ヒカリも人形も凍りつかせる.凍ったヒカリの前で爆風を起こしてヒカリを倒す.

「試合終了.隣東苑氷志の勝ち」

 2人は現実世界に戻る.


「あーあ,惜しかったんだけどね」

「危ないところだった.…俺の固有能力は『昇華』.2つ以上のバッジを元の絵柄とは違う解釈を組み合わせたものに変化する」

「私は『共食』.2つ以上のバッジで1つが,残りを従属した形になる.主観的にだけど,似たものじゃないとできない.おやつでも食べながら話そうよ」

 2人はあんまきを買って,駅前の広場の椅子に座って食べる.

「隣東苑くんは,何か誇れるものはある?」

「んー,考えたこと無いな.数学はそれなりに得意だ」

「私には何もない.勉強が出来るわけでも運動が出来るわけでもない,全てが半端」

「誰だって光る個性はある.気付いていないか,まだ未成熟なだけだ」

「それは隣東苑くんが優れているから.劣った人にはない」

「俺には澄洲さんが劣っているようには思えない」

 ヒカリはキヨシの耳元で囁く.

「…こんなこと言うと,心が弱いって思われるかもしれないけど,この2ヶ月くらい生理が来ていない」

「何?それで,医者はなんて?」

 ヒカリはキヨシの目を見た後に,下へ反らす.

「隣東苑くんに言うのが初めて,親にも言ってない.…理由は分かるよ,ストレスに違いない」

「学校が辛いのか?」

「だって平日は朝早くと放課後に補習,宿題もたくさんあって,…….でも,普通の人は,それに部活もやって,趣味に時間も費やして….人によっては塾に行って….土曜日授業のあった時代は,土曜日にも授業に出て….誰かに言ったら,やっぱりクォーターだから…って言われそう.日本の血も持っているというよりも日本の血が4分の1しかないと考えるものでしょ?私はどこにいたって,常に外側の人間なんだ…」

「(疎外感を感じるのが嫌ということか?しかし,もしかしたら光る個性が無いと考え,自分の生まれに個性を意識しているのだとしたら….まるで呪いだ,他の思考を妨げている.それにしてもどうして俺に,親にも言ったことのないような話をした?)真面目に考えすぎだ.補習なんて適度にサボればいいし,宿題は写せばいい.俺はそうしてる」

「隣東苑くんだから許されているんだよ.私じゃ許されない,何も無いんだから」

「何も無いなんてことがあるか.澄洲さんが気付いていないだけなんだ」

「……」

「(言葉を間違えたか?彼女にとって本当に必要な言葉はきっと違う.下手なことを言う前に探っておこう.)ところで,どうして俺に打ち明けてくれたんだ?」

「どうしてだろうね….どんな私でも受け入れてくれそうな気がした…のかな?変な子も引き寄せられそうだから気をつけてね」

「分かった,用心しておく.…俺は昔はいじめっ子だった,何考えているのか分からない奴をいじめて,周りにも関らせないようにしていた.今となっては悪いことをしたな,と思っている.だから,すぐには拒絶しないようにしている.それが今の俺を作っているのかもしれない」

「意外…でもないね.隣東苑くんも黒千重さんも余裕というか,落ち着きがそんな感じだもの」

「言い訳に聞こえるかもしれないが,社会生物にいじめはあるものだ.自分とは違うものが身近にあるのは怖い.それが力のない子供なら尚更.奇異の目を向けて警戒して,仲間はずれにして,そうやって過ごすのが自然だと思う.それに,幼児や低学年の頃は,社会に適合できるように躾けられる.外れた行動をするのは,社会に適合していないのだから排斥しようというのは,生物として仕方のないことだよ.何とかしたいと思うのなら,無くすのではなく度が過ぎないようにするしかないと思う」

「そうかもね.大きくなったら,受け入れる余裕ができるから」

「子供の頃は,自分を揺らす価値観は受け入れられなかった.いや,受け入れられる幅が広がっただけで,今でもそうかもしれない.昔に比べてそんなことを認めてしまったら自我に関わる,ということはないが,やはり無意識に弾いているものがあるかもしれない.絶対不変の何かが見つかればもっと受け入れられるかもしれない」

「…ゲームの参加者は皆すごいね.私には考えることのできないようなことを考える」

「…….とにかく,自分達と違うものを同じように受け入れるのは無理だと思う.しかしそれは,その面でのことに過ぎない.君は,疎外感を感じて,自分の血を強く意識するようになっているだろう.それが理由で血を個性に感じている節がある.しかし,それを唯一の個性としちゃだめだ,それでは疎外感は消えない.表現して,主張して,個性を見つけて育てるべきだ.国籍に拠らない個性には国籍の壁はなく,個性が作る輪の内に入ることができる」

「偉そうなことを言うのね」

「あっいや…,つい….声のない悲鳴を聞いたら…」

「ありがとう,変に気を遣って当たり障りのないことを言われるよりも良かった」

「俺を逃げ道にしていい.だから隠さずに周りに甘えていい.辛いと言えばいい,態度で示せばいい.最初は上手く行かなくとも,振り返って洗練させれば上手く行くから」

「ありがとう.でも誰にもこんなに優しいと思うと嫉妬しちゃうかも」

「彼女じゃあるまいし,嫉妬してどうする」

「…そうだね.大分楽になったよ.今日はありがとう,またね」

 ヒカリは定期券で改札を通り,駅の中へ入っって見えなくなった.キヨシは何とも言い足りない感じがしたが,仕方がないので家に帰った.

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