6話 予選5戦目
『
少年の目の前から人が消える.少年はゲーム世界に入ったのだ.
「ちくしょう誰がこんなことを」
「分かりましたから落ち着いてください」
ソフォラが少年の前に現れて答える.
「編織 勇時,私はあなたをゲームに招待しに来た」
「ゲーム?面白いのか?」
「あなたを喜ばせることはできるでしょうね」
「…….空清めよ」
「ワインが飲みたくてね」
「なー」
「準備ちうです。何か書いてね。」
「リアルモンクはいってるからまじ強いよ,かかってきな」
「僕,ワクワクしてきましたよ」
「ゲームに参加します」
「それは良かった.名乗り忘れたね.私はソフォラ・レア・ブレストウッド.これからゲームの説明ね」
ソフォラはゲームの説明をする.
』
隣東苑氷志は絶不調である.月に1度の頭髪チェックで,髪を教師に触られたことも,髪を掻き分けて染めてないか頭皮を見られたことも,不合格者として残されて説教を受けたことも,成績が良くて憧れた子に真似されたら困るからしっかりしろと大勢の前で言われたことも,今となっては取るに足らないことだ.
キヨシはフラフラと歩き,学校の好きなスポットで切り株を無言で撫でる.樹齢70年近くある木の切り株は大きかった.
「キヨシくん…」
「…シオリか」
キヨシは尚も切り株を撫でる.
「場所を変えよう.歩きながら話すから」
キヨシはシオリにリードされるままに歩いていく.
「周辺住民から苦情があったんだって.枯葉を片付けないと雨で滑って危ないとか,雨どいが詰まるとか」
「……」
「何も切ることないのにね.雨どいに入らないようなカバーをつけるとか,掃除をこまめにするとか」
「ここの奴らにそんなことはできない.枯葉でクレームがあったら,枯葉が発生する木を戸惑いなく切り倒す.駐車場横のネズミモチは休み明けになったら消えてたし,職員室前のケヤキは鉛筆のように剪定されていた.そういう奴らなんだ…」
2人は校庭の隅に立つ.そこからは学校の周囲の田畑が見える.
「でも,俺のものじゃない.だからどうされたって文句を言う筋合いは無いんだ.俺は,あのブナの下の空間を借りていたに過ぎないんだ」
「景観は皆のものよ」
「ここは学校の私有地だ」
「う…,確かにそうだけど…….システムに欠陥があるんじゃない?」
「…どうであっても,もう遅いんだ.俺は忘れていたんだ,力が無いと自分の世界を守れないということを.不自由なく暮らしていて,その努力を怠ったんだ.万物は流転し,世界の有るべき姿は無く,失わないようにしたいのならば強い力で引き止めなくてはいけない….……,カホがあれほどまでに俺に尽くしていたのは,そのことを分かっていたんだ….(でも俺は怖くて逃げ出した.強く引き止めるには相手への理解とその余裕が要るんだ,そうでなければ相手に逃げられる)」
「何かに思い入れがあると失うときは悲しいものね」
「そんな軽いものじゃない.春過ぎ,冬芽はやっと淡い緑の葉を出し,色づき始める.鳥の鳴き声が増えてくる.夏は大きな緑陰が辺りを覆い,薄暗く落ち着いた気分にさせる空間を作る.風に吹かれてザワザワと葉のこすれる音が聞こえ,風に揺られた枝は何層も波打ち,木漏れ日の作るモザイクは姿を変える.…雨は枝を伝い,幹に流れ,その樹幹流は波紋を描いて根元へ流れる.秋には緑から黄緑へ,黄緑から黄色へ,黄色から褐色へ色を変えつつ,紅葉し,模様のある灰白色の幹と相まって,幻想的な空間を演出する.冬は,残った僅かな茶色の葉をつけ,細くしなやかな枝と力強くも繊細さを欠かさない枝が作り出す光景.その凛とした大樹が鎮座するだけで心が穏やかになるんだ,なってたんだ…」
「キヨシくんにとって大切なものだったのね」
「そうだ,だけど,違う.…そうか,俺は表現力が足りないから,未だにスッキリできない,伝えきれない.…伝えられないのなら世界にいないのと同じだ」
「伝えるのは難しいもの.焦っちゃだめ.私はあなたをちゃんと見て,聞くから,どうか急ぎすぎないで」
「…(気を遣わせてしまった.俺はいつも頼ってばかりだ,情けない.少し落ち着こう.いや,待てよ.シオリは俺を理解しようとするために耳を傾ける.しかし俺は,無様な姿を見せたくないから心の声を出していないこともある.それは彼女に対する裏切りじゃないか?…いや,シオリも全てさらけ出していない.まだその時じゃないんだろう.どちらにせよ,一度離れなければ本質は見えては来ない.)気分転換にゲームに参加してくる」
キヨシはカードをオンにして歩き出す.シオリは何か言いたげだったが,キヨシは気付かずに階段を下りていった.
階段を歩いている途中でキヨシはゲーム世界に入る.階段を下りた先の廊下に少年がいる.ソフォラが2人の間に現れる.
「ではこれより,編織勇時と隣東苑氷志の試合を始める.2人ともバッジを」
キヨシはギザギザの線,炎,ハンドル,鎌を選ぶ.ユウジは輪,炎,黒猫,羽を選ぶ.
「この宝石に触れたらスタート」
ソフォラは宝石を浮かべて消え,2人は宝石に触れる.
キヨシは2つの鎌を両手の指先に呼び出して回転させてユウジに狙いを定める.ユウジはキヨシの周囲にタイヤを出現させて嵌める.タイヤは腕の下へ何層にも重なり,足が宙に浮く.キヨシはバランスを崩しながらもユウジに鎌を投げる.しかし大きく反れてユウジに当たらない.ユウジは腕の先に鳥を呼び出し,その鳥の口から光線を放つ.キヨシはチェーンソーでタイヤを裂いて脱出し,ユウジの足元から炎の柱を出す.ユウジは右手の平の上で炎を吸い込み握りつぶす.キヨシはチェーンソーで切りかかろうと飛び込むが,ユウジの出した黒豹に噛まれつつ,蹴り飛ばされ倒れた.
「試合終了.編織勇時の勝ち」
ゲーム世界が終了して元の世界に戻る.
「俺の負けか」
「…雑だった.手を抜いたのか?」
「言うじゃないか,手を抜いたんじゃない,心が乱れていたんだ」
「…本選では,本気で戦いたい」
「勝ち残ってればな」
「本当に話に聞いた様子と違う.君の能力である『昇華』も使ってないし….今更だが,アンフェアだから教えておく.俺の能力は『合体』.2つの能力を同格で合体させる.片方がもう片方のおまけということはない.心が乱れているって,どうしたんだ?」
「その話から離れて落ち着きたい.だからゲームに臨んだ」
「映画なんかでよく言う,忙しさで悲しさを忘れてしまうという感じか?」
「まあ,そんな感じの」
「じゃあ俺と話をしよう」
「…(今の状態でシオリの元に戻っても不幸にしそうな気がする.新しい世界,新しい価値観との接触は気分転換にもいいか.)いいよ.で,どんな話を?」
「早速だが,隣東苑は将来何になるか決まっているか?」
「決まってない.探している最中さ.何で?」
「同じような立場でも考えが違うことがあるから」
「なるほど,それで編織はどうなんだ?」
「俺は寺の息子だから,跡を継ぐ」
「ふーん,大変そうだな」
「興味無さそうだな.ゲームをやって気付いたことがある」
「それは?」
「俺はここだ,こういう人だ,と表現して,それを上手く受け取られたら満足する.それまで,何で台詞にこんなに身内ネタを混ぜようとしてたんだろうと冷静になる」
「本当の欲求じゃなかったんじゃないか?」
「そうかもしれないし,そうじゃないかもしれない」
「はっきりしないな」
「まあ,どっちにしても諦めが肝心だよ.振り回されずに本当の姿が見えてくる」
「そういうものかもね」
「ネットの掲示板って使うことある?」
「えっ…(あると答えると距離を取られるか?しかし,ないと答えるのも嘘をつくんも嫌だな.)ちょっとだけ」
「なら説明は不要だね.思ったことがあるんだ」
「ん?」
「匿名の場で,自分の発言したことを後で他の人が同じことを言ったり,引用されると,自分は大きな影響を与えることができる存在なんだと思ってしまう.規模が分からない場のことだし,自分が意識したから目に入ってきている面もあるし,大した影響力はないに違いない」
「影響か….肩書きも何もない匿名なら,存在感は無いはず.しかし,書き込む時はそうは感じない,臨んでいる感じだ.不思議だな」
「寧ろ目立とうとする.上手い言い回しが思いついた,いいことを思いついた,ここで言わなきゃ,とその時は思う.投稿すると,あれ?大したことないじゃないかって思う.もしかしたら世の中全てこんな感じなのかもしれない」
「何かの主張をした後で,大したことじゃなかったって思う,ということか?」
「そう.俺たちがすごいとその時に思ったことでも,その興奮が冷めれば何ともないかもしれない.こういう一時的な欲求は,大したこと無かっただろうと思い出すことで,自分を突発的なものに支配されずに,次に進めるんじゃないかな」
「なるほど.一期一会だと思っていたが,そんな大したものでもなかった気がする.このゲームの表現でも同じことを感じることがある.繰り返すうちに見えてくるかもしれない」
「あ,そうか.あのゲームもそうなのか.新しいことで頭が一杯だ.じゃあまた」
「ああ,また今度」
2人は別方向に歩き出した.キヨシはシオリに連絡を取ってから校門で待つ.跡からシオリがやってくる.
「(ん?さっきは気付かなかったが,いつもと様子が違うような…)」
「どうしたの?顔をじっと見て」
「(言葉には出ていない.かといって平静を装おうという訳でもない.気付くなよというよりは,気付いて欲しいという感じだ.シオリはタイミングが悪いから言い出せないでいるのか?ならば…)今は落ち着いてきたから大丈夫だよ,寧ろ新しいことを求めているくらいだ」
悩んでいたシオリの顔が明るくなっていった.
「それは良かった.休日の間に作ったんだ」
シオリは梅の水引のキーホルダーをキヨシに渡す.
「丁寧に扱ってね」
「いや,固めた方がいい」
「……」
「ん?」
「そういうのって良くないよ」
「え?」
「キヨシはあまり褒めないよね.そりゃ,私もまだまだかもしれないけど…,何か…,そう.褒めたら相手よりも下になるって思ってそう」
「ごめん.(俺はなぜ,あんなことを…?否定する姿勢で聞いていたら引き出せないじゃないか.…それとも,俺はいつもは上に立っている気分で,余裕がある態度だったのか?傲慢だ,そんなんじゃいけない)…言い訳がましいけど,いつもはこうじゃないんだ.まだ立ち直ってない」
シオリはやっぱり見せるんじゃなかった,と言わんばかりの顔でキーホルダーを見つめる.
「(違う…,そんな言い訳がましい理由じゃない.)俺は嫉妬した.俺にはこんなに細かい作業はできない.こんなに美しい完成度まで続けられない.シオリ,君の言う通り,俺は褒めたら負けと思ってしまった.ごめん」
「嫉妬なんて,私とキヨシくんは敵対しているわけじゃないのに….外と内でいえば内だよ.…私も大人げ無かったよ,いきなり否定されたから頭にきて否定しちゃって….確かに固めるのもアリかもしれないね.でも結構頑丈だよ?」
「あ,ホントだ.…ありがとうシオリ」
「どういたしまして.あ,ちなみに,花言葉とか結びの意味とかはこめてないよ.ただ綺麗だったから.綺麗なものを送りたくて」
「それでいいと思うよ.俺はレンゲソウの花が好きだけど,この発言だって花言葉がどうとか勘ぐられたら,まともに会話ができないから.後,ブナの紅葉というか黄金の…,一旦忘れよう.ありがとうシオリ」
「ふふ,さっきも聞いたよ」
「(伝わっている気がする.そんなに表現幅があったか?いや,言葉だけじゃない,雰囲気も合わさって伝わったのかもしれない.そうだ,当たり前だけど,表現と言うのは言葉だけじゃないんだ.表情も服装も髪型も手振りも皆表現なんだ.気分がいいな,これが理解して貰えたという感触か.彼女の理解者になりたい.焦らず,正確に…)」




