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FMゲーム  作者: Ridge
5/11

5話 予選4戦目

 休憩時間,少女は教室の左上あたりにある友人の席の前の席に座って話をする.そこにさらに2人がやってきて窓の柱にもたれる.4人はそこでお喋りする.その様子を周囲の暇な人たちが見る.

「(黒千重さん,俺の席によく座るけど,コレは脈ありじゃないか?)」

 少女は友人の話を聞いて微笑み,ふと壁に掛かっている時計を見る.

「(クロちゃん,こっちを見て笑った?やっぱり俺に気があるのか?)」

 少女は腕を後ろに組んで伸びをする.

「(そんな無防備に…,誘ってる?)」

「お父さんの誕生日,何がいいと思う?」

「ネクタイとか?」

「料理がいいんじゃない?」

「そうね…」

 少女は左腕を胸の下に,右肘を左手の甲の上に乗せて右腕を立てる.親指と人差し指を顎に軽く当て,上を向いて考える.親がウザいと考えている少女にとってはどうにも臨場感のないものであった.

 バサッと紙束が落ちる音がして,少女はその音の先へ目線だけ動かして見る.男子生徒がファイルを落としたようだった.大事でないことを確認した後は,目線を天井に戻す.

「(そんな見下すような視線…,変な気分になっちゃうよ…)」

「んー,祝うということ自体,喜ぶんじゃない?特別用意することもないと思う」

 少女は右手をパッと開きながら答える.

「そお?何かアクションがないと伝わらないと思うよ」

「あー,そうだね.じゃあ…花なんてどうかな?押し花でも」

「なる.花もいいね」

 少女は窓の外を見る.直後に周囲から人が消えた.

「これは…?」

 少女は周囲を見渡す.窓の下から人が浮かんでくる.

「初めまして,黒千重 詩折シオリさん.私は,ソフォラ・レア・ブレストウッド.あなたをゲームに招待しに来たゲームマスター」

「ゲーム?」

 ソフォラは窓をすり抜けて着地し,少女の前に立つ.

「好きに表現できるゲーム.場所は,このゲーム用の世界」

「他の人を誘って.私は帰る」

「あなたは,親が嫌いなんでしょ?特に母親」

「それとゲームに何の関係が?」

「あなたは,母親のようになりたくない.ちやほやされて何でも人任せでやってきた母は,その若さと美貌を失って求心力も失った.そして,何もかもが下手で上手く行かずにイライラして八つ当たりするようになった.感情的で理屈が通じない,対処法はただ,感情が落ち着くのを待つしかない」

「……」

「あなたは,そうはなりたくない.だから自分でやろうとする,しかしつい甘えてしまう.周囲が甘やかすのもあるけどね.そして,あなたは自身が女であることが嫌いだ」

「…そう,そういうことだったわけね」

「母と同じ女だから,あんな風に感情的になってしまうのも納得できてしまう.それが嫌だと思っている.女であるが故に,父親を生理的に拒絶し,母親には同族嫌悪する.それゆえ,家にいるのが辛い.好きでもない男に言い寄られるのが嫌だが,女で固まっていても防げない.彼氏がいれば防げると考えているが,それはつまり女では防げないということの証明」

「…チッ…」

「そしてそれらの考えは,あなたの世界の中での考えでしかない.あなたが表現して,顕在化したものから考えることが出来た結論.そう,問題の本質はそこにはないかもしれない.…表現しなければわかりはしない」

「ゲームにエントリーする…」

「それを待ってました」

 ソフォラはシオリにカードとバッジを渡して説明する.


「おはよう隣東苑」

「ん?朝の補習は終わったのか…?」

 キヨシは森の呼びかけに目を覚まし,周囲を見回す.

「うん,ずっと寝てたけど大丈夫か?…ああ,別にお前の心配をしているわけじゃないから,俺だけ宿題やって,交換で得られるノートが無くなると迷惑なだけだからね」

「…今週まともに寝てない.いつも深夜に例の子から電話を受ける.寂しいだの,死んじゃうだの,今から手を切るだの…」

「電話を夜モードにしたら?」

「そうしたいけど…取り返しのつかないことになりそうだ」

「手に負えないと思っているなら別れちまえよ」

「別れるって言った.でも別れてくれない.…悪いが,もう少し寝かせてくれ」

「ん,分かった」

「(体調が優れないが,これ以上予選を先延ばしにするのは不味いか.昼には目が覚めてくるはず.今日の昼過ぎ予選に参加しよう)」

 昼からは目が覚め,キヨシはカードをオンにした.3階から2階へ降りる階段の途中でゲーム世界に招待される.

 踊り場に降りるとソフォラとシオリが居る.

「これから隣東苑氷志と黒千重詩折の試合を始める.バッジを選んで」

 キヨシは扇,雷,五角形,三日月を選ぶ.シオリは黒猫,円,鎖,魚の鱗を選ぶ.

「ではこの宝石に…」

 ソフォラは後ろに浮かんで姿を消し,2人は宝石に触れて試合が始まる.


 シオリは鎖を3本呼び出してキヨシに向けて放つ.キヨシは正五角形の盾を呼び出して鎖を弾く.シオリの魚の鱗のバッジが暗転し,鎖のバッジも暗転する.鎖は盾をすり抜けてキヨシを突き刺さし,壁に叩きつける.キヨシは雷を起こす.大きな音と光がシオリを警戒させる.シオリは鎖を消して円状のバリアで身を包んで雷撃を受け流し,もう一度鎖でキヨシを貫いて倒す.ゲームが終了する.


「私の勝ちね」

「俺の負けか.(本調子じゃない…けど,いつも全力が出せる人などいない,これも実力のうちか…).使う暇が無かったが,能力は『昇華』.2つ以上のバッジを元の絵柄とは違う解釈を組み合わせたものに変化する」

「私の能力は『反発』,片方のバッジを使用不能にして,もう片方を元とは逆の属性にする.属性が変わるから,同じ盾では防げない」

「そういう訳か…」

「隣東苑くん,私と手を組まない?」

「どういうことだ?」

「隣東苑くんは,元カノを遠ざけたい.私は言い寄ってくる男を遠ざけたい.私達が付き合っているように見せれば解決じゃない?」

「どこで知った?」

「風の噂で」

「…女なんて感情的で自分勝手で,男になれないことで男を憎むだけの生き物だ,その癖寂しいから飼い殺そうとする.もう関りたくない」

「そういう人もいるけど…,全員がそうじゃない.大体,そうやって敵視していたら支配者に都合がいいだけ.あの敵に対抗するために力が要るから,苦しい生活に耐えてね,なんて利用されるだけよ.…あなたは,人の下につくのが嫌いに見えたけど」

「どうして分かる?」

「戦いを見れば分かるもの.場の流れを支配しようという意思と流されているのを嫌う様子が見える」

「……」

 キヨシに衝撃が走る.自分は気付かずに自分でも見つけられなかった心の奥を表現していた.このゲームはそれを可能にする驚き,そしてそれを見つけられるシオリへの驚き.

「そうか…嬉しいな.お前とならそこそこ上手くやれそうだ」

「それオッケーってこと?」

「…そうだよ」

「よろしくね隣東苑くん.それと,私は黒千重詩折.シオリと呼んでね」

「じゃあ俺のことはキヨシと呼んでくれ.よろしくシオリ」

 2人は握手する.

「場所を変えましょ.落ち着いて話がしたい」

「ああ」

 2人は屋上への階段の踊り場へ来た.屋上は立ち入り禁止なので,ここにあえて来る人は少ない.

「もしかして,シオリは自分が女だと強く実感しているのか?」

「そうだけど…何で分かった?」

「男女で争うのは利用されるって考えたんだろ?ということは,男女について考えたことがあるってことだ.だからもしかしたら…と思って」

「当たりだよ.…私は,問題を起こしたくない」

「どうしてだ?誰だってそうだと思うけど,どうにも言葉の重みが違うようだ.(というか,話の繋がりが見えない)」

「私は一生の仕事をしていきたいし,子供も欲しい.そうすると,産休や育休を取れる職場じゃないと駄目でしょ?充実しているとそういうマークが取れるの知ってる?」

「初耳だ」

「ま,後で調べてみてね.職場によるけど,最初の4年くらいで本社や支社,本省,出先機関を回ることもある.出産するならその後の方がいい.仮に4年の大学を卒業して4年の転勤の多い期間を終えると27歳くらい.浪人や転職を加えるともう少し遅くなる.高齢出産は怖いからあんまり遅くしたくない.と,すれば,いい職場を選べるようにならないといけない.それも自分のやりたいことで」

「だから問題を起こしたくないということか」

「うん,でも…」

「ん?」

「そうやって考えると息苦しい.どうにも成らない道理なのか,自分が悪いのか,分からないけど話すと少し楽になる.…もしかしたら,話を相手に聞いてもらうんじゃなくて,自分が表現したことを振り返ることができるからかも」

「なるほど,そうかもしれないね」

「私が喋ってばかりね.キヨシくん,どうぞ」

「そんな気分じゃない…ということを」

「そう.……」

「…あ,そうだ.笠野というゲーム参加者がいるんだが,俺は不思議だったんだ.彼は世代を意識しているようだが,世代で敵対しているような考えじゃなかった.それは,争わずに力を合わせればいいってことを知っていたんだな.普通,Aというチームに入っていると思えば,Aチームが勝ち残るようにそれ以外を倒すものだと考えていた.そういうものばかりではないんだな.色んな人と話すたびに,俺は自分の未熟さを思い知るようだ」

「未熟ね…,言われて見れば当たり前のことね.まだ子供だもの.親に守られているから.でも,ウザいと思ってしまう」

「自然なことさ.大人になって独り立ちして,嫌な思い出を忘れて親への感謝が分かる時が来るかもしれない.寧ろ,好きな奴なんていないだろ?」

「私の友達が両親と仲が良くて…別の世界の住人みたい」

「…本当に血が繋がっているのか?」

「この話は止めておこう.話を変えて,属性によって馬鹿にされても無闇に敵対すべきじゃないと思う.若者や外国人を馬鹿にする番組とかだって,大人は大変なんだってことで見なかったことにしよう.馬鹿にされるのは耐えればいい,団結できなくて生活が困窮するのが駄目だから」

「生活が困窮か…,そういや不景気と言われるが,そんな気がしない.親の会社は両方とも好調だ」

「私の家は母が専業主婦で父が会社勤めだけど,私のところも好景気に浮かれてる.人が足りない足りないっていつも言っているし,母は高いバッグや靴をたくさん買うし,本当に不景気?」

「たまたま俺たちの親の勤める業種だけがそうなのかもしれない.どちらにせよ,節約しとけばいいだろう,多分.買い漁って物価を上げて本当に必要な人の手に渡らないという事態は駄目だ」

「そうだね.私達の周りは物が溢れているし,健康に過ごせるし,これ以上贅沢してちゃ罰が当たるよね」

「(ん?そういえば,笠野の家は店をやっていると言っていたが,売れたほうが都合がいいんじゃないのか?実際には,逆の主張だった.…俺は何かを見落としているのか,それとも笠野の勘違いか?ま,後で考えておこう.そんなことより…)フフ…」

「ん?なに?」

「いや,ね.存外,俺たちは相性が良さそうだなと」

「そうね,でもまだ一部だから.分からないよ」

「シオリは将来のことを考えているようだけど,仕事はどんなことを考えているんだ?」

「キヨシくんって繋げて考えるよね.パッと思い浮かぶというわけじゃないんだ」

「そういうものだろ?思いつきだって,意識してないだけで,関連からだと思う」

「んー,そうかもね.ああ,将来の仕事だったね.持続的な社会を作る仕事」

「持続的…3Rとか,そういうの?」

「そういうのも.とりあえず,持続可能な漁業や農業が当面の問題かなと思ってる.それを実践する会社じゃなくて,そうさせるように誘導する仕事」

「どうするんだ?」

「認証ラベルや表彰,補助金と罰金,そういったもので誘導していく.権威があればあるほど,ラベリングや表彰による宣伝効果は大きく,皆が意欲的に取り組むでしょう?でも逆に,賄賂や身内贔屓,非科学的なデータなどで権威が落ちれば形骸化してしまう.歴史がある方が権威があるけど,長いと癒着が起きかねない.難しいものね」

「補助金と罰金は効果あるのか?」

「あるよ.無かったら今頃,この町は黒煙に覆われているんだから.仕組みは,大雑把に言うと…ナッシュ均衡って分かる?」

「倫理政経取ってるから分かる」

「あれで,ナッシュ均衡を目的のところになるように,補助金と罰金で調節する.まあ,そう簡単じゃないんだけどね」

「へえ…そういう仕事もあるのか.物を作ったり,店番したりだけが仕事じゃないんだな」

「需要があって十分に価値がある,採算が取れる.そういうものじゃないと仕事にならないけどね」

「(色々あるんだな.松来さんは,老後に図書館を建てようとしていたようだが,そんなに待たなくとも夢を叶えられるんじゃないか?…夢が見つけられないから,遠い夢を見ようとしているのか?いやいや,それは失礼だ.俺とは違う)」

「キヨシくんは,将来どうするの?」

「分からない…何ができるのか,何をしたいのか,何をしなければならないのか,分からない.話を聞くたびに,世界の広さが分かってきて余計に分からなくなる」

「……」

「ただ…」

「ただ…?」

「表に出せば見えてくるはずだ.すぐに見えなくとも,続ければ奥にあるものが見つかる気がする」

「そうね.私は,すぐに答えが出ると考えていたかもしれない.私も探してみよう」

「(何となく見つかる気がするが….俺は,どう言われたかった?そういうものだと肯定されたかったのか?それとも違うと否定されたかったのか?なぜモヤモヤする.…はっきりしないからか.やる価値がある,やる価値はない,最初から言われれば楽だ,…いや仮に言われても,簡単には受け入れなかったはずだ.…自分でやるしかないのか,違う,自分のことだから自分でやりたいのか!少し見えてきた気がする)」

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